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木津未来会議の日記
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2005年07月05日(火) 教科書

来年度、中学校で使用される教科書が新しく変わります。今年が教科書採択の年であり、今、まさに検定に合格した本の中から選ばれようとしている時です。

さて、わが子の通う中学校でも、検定合格本の展示があり、先日行ってきました。話題の本をじっくりと見比べる時間がなかったので、今日精華町図書館に常設コーナーがあるということで行って来ました。

「扶桑社」の歴史教科書と現在わが子が使用している大阪書籍の歴史教科書とを見比べました。見比べるとあまりの違いに絶句することが何度もありました。手にとって、直接見比べて初めて、いろんなことが見えてきました。

言葉の言い回しが、実に叙情的。資料に、民話や読み物コラムを多用されている。最も、疑問に感じたのが、大日本帝国憲法と日本国憲法の発布の記述の違い。

そのまま引用します。
1989年2月11日、大日本帝国憲法が発令された。この日は、前夜からの雪で、東京市中は一面の銀世界となったが、祝砲が轟き、山車が練り歩き、仮装行列がくり出し、祝賀行事一色と化した。

そして、憲法を称賛した内外の声として聞きしにまさる良憲法と続きます。

一方、日本国憲法はというと、占領下の日本と日本国憲法の項目の中に記載されています。

GHQは、大日本帝国憲法の改正を求めた。日本側では、すでに大正デモクラシーの経験があり、憲法に多少の修正をほどこすだけで民主化は可能だと考えていた。しかし、GHQは1946年2月、わずか約一週間でみずから作成した憲法草案を日本政府に示して、憲法の根本的な改正を強くせまった。
政府はGHQが示した憲法草案の内容に衝撃を受けたが、それを拒否した場合、天皇の地位がおびやかされるおそれがあるので、やむをえず受け入れた。GHQの草案にもとづいて政府は憲法案をつくり、帝国議会の審議を経て、1946年11月3日、日本国憲法が公布された。

いかがですか?

大日本国憲法は、いい憲法、日本国憲法は押し付けられた憲法と対比していますね。

私は、この教科書を採択することには、絶対反対です。


木津未来会議