「悪徳の栄え」サドを再読。とんでもない作品だと以前は途中で投げ出したけどフランス文学の土台ができた今は、楽しめる。悪徳も美徳も荊の道なら、悪徳の道を進もうではないかなんてくだりは、ぞくぞくする。悪徳、美徳つながりで、三島「美徳のよろめき」を再読。美徳の不幸はいかなるものかを考えさせられる。美徳の鎧をかぶった節子は、悪徳である愛の証の後、自然の定理か、戒めかのように何度も身ごもる。痛みの代価に幸せを感じるなんて、カトリックみたいだ。ある意味、殉教小説のよう。