2005年04月08日(金) |
母はよそ者なれど・・・ |
この町に引っ越してきて、もうすぐ十九年になる。
最初は心配だった。昔からの人達だけの古い地区。
土塀や石塀に囲まれた住宅が並ぶ、曲がりくねった道、 車一台通過できるかどうかの細い道が続く町並み。
当時、小さな工場跡に建った三軒の新築住宅だけが異質な存在だった。 一軒には地元の方が入居、我が家とお隣さんの二件だけが全くのよそ者家族。
でも私には、意外にも住み心地の良い快適な環境だった。 地元の人達は、新参の私達に好意的で親切だった。
なんといっても、同世代の奥さん達(当時は三十代だった)が集まって ペチャクチャと井戸端会議や噂話などに花を咲かせている風景が ここには全くないのが、私には合っていた。
周囲は三世帯同居のお宅ばかりだ。 お嫁さん達はお姑さんの手前、井戸端会議などする暇もないのだろう。
この地域では専業主婦のことを「奥さんは遊んでるの?」などと言う。 皆がみな、大きなお宅の奥さん達も、仕事に行くのが当たり前らしい。 小さな町なのに公立の大きな保育所が八ヶ所もあって、 ゼロ歳児から預かってもらえる。
「かつて紡績と農業が盛んだったこの地域は、女性達は働き者で強い」 と講演会できいたことがあったのを思い出す。
ある意味、私がよそ者だから住み易いのだと思う。 古いしきたりやめんどうな付き合いを強要されることもなく、 地元の人達の噂や話題の対象にすらならないので、とても気楽だった。
でも、小学校二年生からここに来た娘は、親とは少し事情がちがう。 地元の近所の友達がたくさんでき、やれ祭りだ、盆踊りだ、などと すっかり地元民化してしまったようだ。
それでも、小学校時代には毎日のようにいっしょに遊んだ仲間達も 中学、高校、大学と進むうち、それぞれに別の道を歩み始めて、 そのうち親しさも薄れていくものだ。
だから、今でもこの町に住みながら、なおよそ者感覚の母親は不思議に思う。
この地を離れて丸三年、遠い東京で生活をしている娘が、 自分の結婚式に、今はほとんど付き合いの無い昔の友人達を招待すること。
もちろん、今でも親しい友人もいる。 でも、当時からそんなに親しくなかった、 しかも、これからもあまり会うこともないだろう友達の名前もある。 たしかに、同じ地区の友達ではあるが・・・
「なんで? 結婚式に招待する友達って、ほんとうに親しい間柄だけよ。」
「そういうわけにはいかない。この人達だけを外すなんてことはできない。 そんなことをしたら、ここに帰ってこれなくなる」
ええっ!! そういう人間関係、母は苦手だー。
よそ者でいる方がずっと楽なのに・・・
でも考えてみれば、娘はこの町に来て、地元の子供達の仲間に入れてもらい、 とても楽しい子供時代を送ったということだ。
地元感覚が身に付き、母親とは違った価値観で人間関係を大切にする娘、 なんだか世間一般の親子とは逆のような気もするが・・・
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