ユミコのメモ箱
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2005年12月17日(土) 余白の芸術

訳あって出身某美術予備校でインタビューを受けた後、ああここは浦和だわと思いついて、うらわ美術館『挿絵本のたのしみ−近代西洋の彩り』展を急遽観る。
さっと流して観るつもりが、これがなかなか面白かった。機会があったらまた観てもいいかも、っていうくらい。2月19日まで。


その後、予定通り(予定より大幅に遅れて)横浜美術館へ。
『李禹燠−余白の芸術』展を観る。
気になっていたけれどまあどっちでもいいや、なんて思っていたこの展覧会。会期終了間近になって、やっぱり観ておかないとと思い今日に至るが、予想をはるかに上回る興味深い展覧会であった。観てよかった。23日まで。

作品はもとより、作家がこの展覧会を機に書き下ろし展覧会場の壁面に点々と掲示された断章形式のエッセイが、よかった。
ことばそのものは少し曖昧で分かりにくいところもあるのに、ものすご〜く共感できる文章であった。
私の中で、作品はそれほど好きでは無いのに、なにか気になる作家であった所以は、ここにあったのかと納得した。
2000円の図録の『補』として、これらテキストと今回の展覧会場風景のみが掲載された小冊子(500円)を購入。


作品そのものというよりも、その作品が生み出す空間と自分(もしくは他者)というものに、私は興味がある。それはエンデ(『鏡のなかの鏡の中のワタシ』展)の頃からきっとそうなのである。エンデ著『はてしない物語』がそうであるように。

でも絵画にしろ作品とはみな、少なからずそういうものなんじゃないかな、と思う。
そう感じさせてくれる作品が好きだし、そういうモノを作りたいと思う。


それからミュージアム・ショップで、絵本『洞熊学校を卒業した三人』(宮沢賢治 作/李禹燠 絵画・装丁)も購入。
他に『蛙のゴム靴』『どんぐりと山猫』(共に宮沢賢治 作/李禹燠 絵画・装丁)もあったが、この2冊は別バージョンで持っているし、『洞熊学校・・』の絵が一番よかったので。


そのミュージアム・ショップにて、おもしろかったこと。

3姉妹(8歳・6歳・4歳、と予想)とその両親が、私とちょうど同じ頃ショップに居合わせた。みなさん上品なお召し物で、女の子たちもたいへんお行儀が良くきれいなお顔立ち。

そのうちの次女とパパが、美術書籍のコーナーで物色中。
次女は黙って1冊の小さな画集の中の1枚の絵に、熱心に見入っている。
なにをそんなに一生懸命みているんだろう・・と私は興味が湧いて覗いてみると・・ぎょぎょ!
私は同じ本を手に取り、そのページを確かめてみる。フラ・アンジェリコの絵である。タイトルは残念ながら忘れてしまったのだが、高い建物の窓という窓から血まみれになった大勢の人たちが顔や腕を出している絵である。

その画集のタイトルは『悪魔』。古典から近代まで、いろいろな画家の『悪魔』の絵が載っている画集だ。ひょええ〜〜〜。

そんな娘にパパは一生懸命「ほら、これはどうだ?パパが学生のとき流行ったんだよ。おもしろいでしょ?」と、キース・ヘリングを薦めている。だが娘は残念ながらキース・ヘリングに見向きもしない。

パパは「なにもさあ、『悪魔』じゃなくたっていいじゃない。ほら、こっちもあるのにさあ・・」と、『悪魔』の隣に並んだ『天使』という同シリーズの画集を手に取る。「こっちは?」

次女、天使に全く興味無し。

ついでにそんな妹が気になる長女までもが、『悪魔』に手をのばす。
妹の持っている『悪魔』を横取りしようとしてもめ出したので、私の『悪魔』を譲る。『悪魔』に夢中の姉妹。

「さ、どれにするの?決まった?」と三女の手を引きながら、ママ登場。
どうやら、なにか気に入ったものをひとつずつ買ってもらえる、という家族イベントらしい。

長女と三女はすでになにやらミュージアム・グッズを決定済み。
問題の次女は、『悪魔』がお気に入り。
ことの成りゆきをガックリした表情でママに伝えるパパ。

さあ、次女は『悪魔』を永遠に手中に納めることを、はたして許してもらえたのかっ!?



私が親ならどうするか・・・考えながら横浜を後にしたのだった。


佐藤由美子 |HomePage