今日は、Nちゃんのお勤めしている高校の生徒達、数名を招いて 忘年会?パーティーが催された。 みんなで楽しくぱ〜〜っとっていうのもあるし、 なにより神様の愛を分かち合いたいという目的であった。 私は賛美の奉仕で呼んでいただいた。
ところが、生徒達はいろんな事情で来る事が出来なかった。 せっかく用意をしたのだが(ご馳走、プレゼントなど) 普通ならここで、がっかりして じゃあ、仕方ないから、みんなで食べて帰ろうという 事になるのだが、 この人たちはそうではなかった。 私が感動したのは、これからだった。
もちろん、招いた人たちが来ないというのは それがどんな状況であれ、悲しいものだ。 でも、彼らは、祈って、 子供達に神様がどう語っているか聞こう、と言った。 そして一人一人の子供達のために一枚ずつ紙を用意し それに、そこにいたメンバー全員が 神様から聞いた、励ましのメッセージを 時間をかけて書いたのである。
私も、また、そこにいたほとんどのメンバー達も 実際にその高校生達に会った事もなかった。 でも、会った事もない子供達一人一人に 神様がどう語っているか、必死で耳を傾けたのである。
一人一人、不思議に書くことが違っていた。 ある子供には私はこう書いた。 God has a special way for you。 神様は君に素晴らしいご計画があるよ。それを信じて 進んでいこうね。 また、ある子にはこう書いた。 あなたはとても神様に愛されている。 そしてこの愛をたくさんの人に分かち合うように 神様は励ましていると思うよ。
時間をかけて、心を注いで、 みんなは、書いた。
その後、生徒達の前で歌うはずだった歌、3曲を 私は歌った。はらっちさんが、その曲に合わせた 素敵なパワーポイント(映像と歌詞)を作って下さって、 歌と一緒にそれも映した。 生徒達はそこにいなかったけれど、 そこにいるような不思議な気持ちで歌っていた。
その後、淳平が用意した、メッセージの時に 一緒に観るはずだった「パッション」の ダイジェストも一緒に観た。 その時、私の中に心からイエス様の愛があふれてきた。 そしてイエス様を愛する愛があふれてきた。 涙が止まらなかった。
生徒達を神様は心から愛している。 そして今日のこの祈りや賛美や、 いろんな事は必ず生徒達の心に届く、 今日のこのことは決して無駄じゃないんだ。 そう確信した。 私達が感じた痛みも、イエス様が十字架の上で 味わった苦しみに比べたら、なんでもないこと。 むしろ、その苦しみを少しでも共に分かち合える事は なんて素晴らしいんだろう。 そこにいた全員がそう感じていた。
パッションを観た後、 私達一人一人に神さまがどう語っているか 聞くと言う時間も、持った。 私が感じたのは、 イエス様は、私の働きではなくて イエス様の働きを手伝ってくれないか?と聞いて下さっていた ことであった。 今まで私は自分があまりにもマイペースな事、思うように 仕事が進まないことにストレスを感じたり、 そんな自分が嫌になったりする事が多かった。 でも、そうじゃない。 私の働きじゃない。 イエス様の御声に耳を傾け、主が私にどう語っているか そして、主が言われた事を私はやればいいんだ。 そして、その時、いろんな葛藤があるかもしれない。 苦しみがあるかもしれない。 でも、その苦しみもイエス様は十字架で負って下さったんだ。 私はイエス様の後についていけばいいんだ。そう感じた。 そして、仕事の結果も主にお任せすればいいんだ。 人の評価や、自分自身の評価に恐れることはない。 私はただ、主に従っていけばそれでいいんだ。 そんな気持ちになった。
今日のパーティーもみんなは、主に従って開いた。 でも、その結果も主の御手にある。 そして、今日蒔いた種は、必ず大きな実を結ぶ。 私はそう感じる事が出来た。
なにより、こんなに素敵な仲間達と こうして時間を過ごせた事が私にとって収穫だった。 今日私をここに招いて下さった皆様と神様に 心から感謝しよう。
|