mortals note
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「……何が楽しいんだ?」 耳朶の後ろから、唇が首筋を辿っておりる。 「さあ? 当ててみて」 唇を肌に押し当てたまま、からかうような声音が答えた。 声のふるえが生々しく肌に伝わって、皮膚の内側に伝わる。 「気色悪い声出してんじゃねぇよ」 咽喉をそらす。 相手と距離を置こうとしてやったことが逆に、相手の頭を傍に招き入れる悪循環。 ぐっと寄った唇がふたたび、咽喉仏を辿って耳元に這い上がった。 「まったく、ダンナったら素直じゃないんだから」 耳朶に、鈍い痛み。ぴりっと、電気でも走るような。 何が起こったか分からぬうちに、耳の形を辿るように舌が這っていった。 気づいたら、思いっきり相手の腹を足で蹴り上げていた。 「ってぇな! 誰が噛んでいいって言ったよ」 が、相手は何枚も上手で、ひらりと身をかわして飛びのいてしまう。 「だって、してほしくても自分じゃ言わないでしょー」 一糸乱れぬ恰好のまま、降参とばかりに両手を挙げてみせるので、更に憎らしくなった。 「……」 「アラ、図星?」 憮然と押し黙ると、忍は両手を挙げたまま首をかしげてみせた。 そののんきな所作が、更にざらりとこちらの感情を逆撫でしてくれる。 「……呆れてるんだよ」 「ふーん。ま、いいけどね」 口元に不敵な笑みをひらめかせて、佐助は身をかがめる。 後ろに両手を突いて、だらしなく足を放り出して床に座っている、奥州筆頭の左胸に、右手を当てた。 「オマエな……」 着物の合わせ目からするりと滑り込む掌は冷たい。 思わず震えた体は、冷たさに反応したのか、それとも。 「んー? 何?」 忍はむき出しにした鎖骨に噛み付いている。その獣じみた動きを、正宗は隻眼で見下ろした。 泰然と座ったまま、こちらは動いてやる気はない。 「……愉しいのか?」 腹を撫で下ろす手。それを辿る唇。肌に触れる髪の感触。 相手の顔は見えない。 一体どんな顔で、こんなことをしているのやら。 「俺は愉しいですよ」 ふふ、と小さく笑う声が返ってきた。なんだか酔っ払ったように上機嫌だ。 「胡散臭ぇ奴」 「ちょっとそれは酷いんじゃない?」 ため息とともに吐き出せば、がばりと佐助が体を起こした。 無遠慮に伸びた手が、眼帯のあるあたりの髪を梳いた。 「バッ、おま……」 「俺だって一応ちゃんと、傷ついたりもしますヨ」 かといって眼帯をはずしはせずに、その形を指先で辿る。 露骨に局部にふれられるよりも、よっぽどこそばゆい。 「それが! 嘘くせぇって、言ってんだよ! 離せっ!」 「暴れると、強引に押さえ込んじゃいますよ?」 にんまりと緩んだ口元が迫って、そのまま。 噛み付くようにくちづけられた。 眼帯の上から触れる指先や、執拗に歯列を割って滑り込み、歯の裏を辿る舌先の動きに気をとられているうちに。 胸にあったはずの右手が、体重を支えている後ろ手をぱしりと弾いた。 体の重みを支えきれなくなって、気づいたときには。 畳の上に仰向けに転がっていて、真上に楽しそうに笑う胡散臭い顔がある。 「テメェ」 「俺の勝ち?」 ふふん、と勝ち誇った笑いが降ってきた。 何が楽しいのかわからない。 大の字に転がったまま、正宗はのしかかる男を見据える。 「俺は別に不自由してるわけじゃねぇんだぜ」 「そんなのは見れば分かりますってば」 「だったら」 「そっちこそ、人でも呼べば済む話でしょ。すぐにすっ飛んでくるんじゃないの?」 「忍の一匹や二匹、始末するのは簡単だ。人を呼ぶまでもねぇ。何しに来たのか、俺は訊いてんだよ」 「ダンナに会いに」 「ふざけてんのか」 「真面目ですよ俺は、いつだってね」 「武田から何か言付かって来たのか」 「いいえー。ちょっとふらりとね」 半眼になって、正宗は敵方の忍を睨む。 「なんのつもりだ」 「さーァ。……なんだろね」 ふと、苦々しい笑みが佐助の口元に浮かんだように見えた。 自嘲じみた笑いはすぐに消える。 「ま、折角遠路はるばる来たんだから、少しぐらいかまってくれてもいいんじゃないの」 「"ソッチ"は好きじゃねぇ」 「別に、そのまま大の字で転がっててくださいよ。別に寝ててもいいし」 「ハッ、物好きな野郎だぜ」 「ぐーぜん。俺もそう思ってたとこ」 肩をすくめて、あとはもう何も言わなかった。
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「ヤるんなら脱げよ」 大の字に転がって、目をつぶった男が不遜な声でそんなことを言う。 「は?」 思わず真顔で聞き返す。 突然何を言い出すのかと思えば。 「俺は衣擦れすんのが嫌いなんだ」 頭の後ろで指を組み合わせたりして、まったく協力するそぶりは見せない。
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