SS日記
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名を呼ばれ、榛名は振り向いた。
いつの間に近付いたのか。 背後に見るからに人の良さそうな笑みを浮かべた、少年が立っていた。 恐らく同学年だろう、背格好は榛名とさして変わらない。 眼鏡の奥の瞳が、穏やかに榛名を見つめる。
―誰だっけか
確かに見覚えがあるのだが、榛名は思い出せない。
「阿部君に、会いに行くのかい?」
返事がない事に、別段気を悪くした様子もなく、少年が尋ねた。 阿部が他校生で、何故彼が阿部の事を知っているか等気にならない程自然に。
「―別に。んなんじゃねぇよ」
榛名は拗ねた様に返すと、少年から目を逸らした。
「嘘吐き。今だって、電話しようとしてたんだろう?」
無意識に、手の中の携帯電話を、強く握り締める。
なんなんだ、コイツは。 妙に癪に障る。
「うっせぇ!」
怒鳴り声と共に、未だ笑顔を張りつけたままの、少年の顔を思い切り睨め付ける。
「嫌だな。八つ当たりするなよ」
少年は片眉を軽く上げるだけのリアクリョンを返すと、一歩、榛名に近付いた。
「八つ当たりはいけない。 いけないよ、榛名。何にしてもこの前のはやり過ぎだ。 バラバラにし過ぎて、人かゴミかもわからなかったじゃないか」
― 何 を コイ ツ は 言って るんだ?
この前―あの夜。
件の陸橋下。
光る刃―ナイフ。
人が。 服が。 全てが。
赤く、赤く、染まって。
目眩。 膝から力が抜け落ちて。 少年が、榛名に一歩ずつ近寄る―
ピルルルル
間抜けな、電子音が響いた。
手の中の携帯が、けたたましく自己主張を繰り返している。
我に返った様に、榛名は顔を上げた。
辺りを見回しても、そこにはもう少年の姿は無かった。
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