コバルトの新井素子のシリーズが少々新装版化されているようです。 駅とつながっている本屋さんに寄ったとき、平積みになっている、それはそれはかなりアニメっぽい絵が表紙の「扉を開けて」を発見。なぜか辺りを見回しながら手に取ってみたら、後ろに「以下新装版続刊予定」とかなんとかあってそこに「あたしの中の…」「いつか猫になる日まで」だと。
絵を変えなくちゃ若い女の子が手に取らなくなっているのなら、大いに絵を変える価値あり。ていうか、ローティーンは、読め。中学の頃にはまった昔を思い出しながら、未だにブラック・キャットシリーズがちょぼちょぼ出てると、買っている。
なんで?と考え始めたときにもうその答えには導かれない気もするわけですが、職場で二層のドレッシングの如く浮いているのか考えてみたりするのです。 以前、富士急帰りのバスで、 「うちの職場は男が放っておかないビジンさんと気だてのいい女の子と私が、一応20代女子なんす」 「で、その中で君はどうなってるわけ?」 「…女古館のようになっています」 なんてやりとりがあったのです。 正確には「おしゃれカンケイの古館」のつもりで、「なんとなくマシンガントーク」をたとえてみたわけで。そんときはなんかしっくりこなかったものの、今思えば発した言葉になぞらえた行動になってしまっているのか、その言葉がしっくりくるわけです。
Mステで初めてちゃんとした東京事変の「遭難」を聴きました。「ちゃんとした」というのは東京事変まっただ中の弟が着メロにしていて、それがあまりにも安っちいので「どうなのさ〜東京事変」とか思ってしまっていたのですさ。 申し訳ない。 いいじゃん遭難。ビバ遭難。しかし「輪廻ハイライト」もそうだけど、ジャジー林檎を着メロにするともれなくちゃっちくなる伝説、いまだ継続中。
そしてタッキー&翼の新曲が良すぎる。虚構、ゴージャス。生きる道が見つかったいい男に勝てるものがあるのだろうか、心配になる。
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