プープーの罠
2007年12月07日(金)

k o e ...

会社にいた頃から個人でちょこちょこと受けていて
いまだに細々と続いている仕事があり、

その打ち合わせの予定があったが
 ついでに飲みに行きましょうか
という話になり、
いざ行ってみれば20人ばかしの忘年会
になっていた。
打ち合わせはなかった。

打ち合わせの度に雑談の延長で
誰かしらの名前と活躍は聞いていて
そんな姿の見えなかった同業者が
一同に介している。

業界的にさして珍しいことではないが
その中で私だけが女性、
さしたる実績のない身としては
それだけで他の大勢と差別化され名前を覚えてもらいやすい
というのはありがたい。

しかしてそうなると自ずと
コンパニオン
或いは
ホステス
のごとくあちこちから
隣においでと引っ張り回されることになる。

お酌くらいならまだしも
手を握られたり抱きつかれたりの
セクハラみたいなこともあるし同時に
女性が混ざっていることを
完全に無視
してランパブに一緒に連れていかれ
下着姿の女の子がしらっと冷めた目で
話相手をしてくれたこともある。

お酒が入った上での
恋愛感情が微塵もないセクハラ
というのは別段気にも止まらず、
そういうもの
だと私は許容している。

シルエットが女であれば
あとは誰もその内側なんて見てはいないのだ。

 「浅田さん次はこっちに座ってください。」

呼ばれて挨拶をして名刺交換、
呼ばれて挨拶をして名刺交換。

中身の詰まった話もできない私なので
引っ張り回されて腰を据えられない状況
というのもまたありがたい。

それでも最低限
顔と名前は覚えようとしてみるも、

流行のせいかやたら皆様
メ ガ ネ 男 子 風情で、
かろうじて最近のオシャレメガネの多様化でデザインは様々、
メガネのカタチで区別を付けるしかなく
しかしそれって

停車中の車を目印に道順を覚える

のごとく、メガネを変えられたらもう分からない。
…まぁ、二度目の再会があるとも思えないが。


何度目かの
呼ばれて挨拶をして名刺交換。

相手の名刺の名前をじっと見て
いたら
 よろしくお願いします
と発せられた相手の声が

八木君、

はっとして顔をあげると
八木君ではない人が
私の名刺をじっと見ている。

 僕の名前と一字違いですね
とその人マサダさんは言い
続けて
 僕のうちの近所ですね
と、私の家の近くにあるらしき
おすすめのご飯やさんを三軒ほど挙げた。

真顔ですらすらとなめらかに話す顔をじっと見る。
"僕"のイントネーションが
"朴訥"の ボク だ。

八木君がアテレコしてるみたいだ。

しげしげと眺めてみると
おっとりした目 なんかも どこ
となく八木君に似てる
ような気もしてくる。

生まれ変わりのようだ

なんて、
八木君は死んではいないし
マサダさんの方が八木君より一つ年上なのですが。

トイレに立って戻ろうとしたら
また別の席に座らせられ
また名刺交換から繰り返す。

 どんなお仕事をされてるんですか?

と聞かれれば
 今はフリーランス
と名乗りつつもニートに限りなく近く、
これと言ったトピックはない
ので最近まで代理店にいた
ということを話せば

 あぁタカハシヒデオくんがいるところですね

などと大概は名前が出てくる案配。
タカハシヒデオは業界のランドマークなのである。

初めて興味のある話題、
 タカハシヒデオと一緒に仕事したことがあるのですか?
と聞きかけたところで
また呼ばれて席を移動した。惜しい。

今度の人はすでにできあがっていて
いきなり下の名前で呼ばれ
運命だの愛してるだの言い出す。

 浅田さん
 はい

斜め後ろからの八木君の声に顔を向けると

 そいつ、うちの会社のやつなんですが、
 いつもそんな感じなので相手にしなくていいですよ


などとにこりとして言う。
やはり八木君の声で。

隣が部下のせいか
こちらを気には掛けてくれている様子で、
たびたび声をかけてくる。
周囲の呼びかけはしれっとすべて無視していたけれど
八木君の声には律儀にいちいち顔を向けた。

そんなことをしているうちに終電を逃し、
タクシーで帰る人はぱらぱらと帰って行ったが
無職の身としてはタクシーより始発まで飲んだ方が
コストパフォーマンスがよい。

半分ほど残った有志と
朝までやっている居酒屋チェーン店に入り、
閉店で追い出されるまで飲む。

みんな歩いて帰れる距離らしく
私は家が近所のマサダさんと駅に向かい
始発の時刻を調べる。

 あと10分ですね

と振り返ったら思ったよりだいぶ高い位置に顔があった。
185センチメートルくらいあるのかしら
と、しげしげと見上げていたら
不意にマサダさんの目が優しく笑んで

 あなたかわいいわね

と言った。
私は物凄く狼狽えた。

八木君はかつて私のことを

 あなた

と呼んでいた。

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「プープーの罠」 written by 浅田

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