プープーの罠
2006年12月24日(日)

同じものを見るということ

クリスマス
らしからぬ、そこそこにあたたかな日。

この日はトールさん達と若松河田に展覧会を見に行く
ことになっていて、聞いていたメンツは6人、
個々の名前はいちいち聞かなかったけど
人数から想定して、その中に八木君がいる確率を計る。

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螺子さんは二人で呑んだ以来、連絡はなく、
多分、別の、クリスマスを一緒に過ごせる人を見つけたのだろう。
さらに誘われたところで、誘いに乗る気はなかった
けれど、誘われなかったことに、また静かに幻滅する。

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待ち合わせの時間を計算して、ぴったりに着き、
トールさんに電話するとまだ移動中、
そこで初めてメンツを確認するタイミングとなります。

 先にSが着いてる筈だから

Sとは、イギリス人である。
結局6人の筈が、3人になったそうで、
トールさんは遅刻中、Sはもう着いていて、もう一人は私、
八木君はいない ということであり、
しかも、私は今、Sと二人きりだ。
私は英語が話せないのである。

トールさんが来るまでSと鉢合わせないようにしよう
と思った瞬間にSに見つかった。
つたない英語で、ポツリポツリと話してみる。
会話はできないので、今日は、寒いです、とか、
そういう 身のない ことだけ。

そんな状態だが、Sとは4年来の知り合いになる。
初めて会って一緒に作品を作った時から、
彼は徐々に日本語を覚えていったけれど、
私は一向に変わってはいない。
いい機会だから英語を理解しよう、と思うことは思うけれど
コミュニケーションをはかろうという気がまるでなく、
彼に何かを聞きたいという好奇心や探究心もこれといって
ない からだろうと思う。


遅れてきたトールさんと合流し、3人で広い館内を見回る。
前にこの美術館に来た時の私は一人で、
早稲田君とケンカした次の日だった。
展示物の変わった壁を眺めながら、体内が苦い味を再現する。

この展示会を見るのは4回目だというトールさん、
「この絵が僕の人生を変えたのですよ。」
と一枚の絵を教えてくれた。
私には抽象的すぎて感じるものがなかったけれど、
これが一人の男の人生を変えたのか。

帰り際、沿線の違うSと別れて、トールさんと鳥を食べる。
クリスマスですしね、なんて言いながらも彼は
日曜日のクリスマスに、予定もなく美術館に付き合える私
に対して、ヤボなことは決して聞かない。

新年会、どこでしましょうねぇ、なんて言って鳥を食べながら、
私は、新年会なら八木君は来るかしら、などと考える。


不意にメール着信があり、
私の本日の予定はこれにて終了、
この後ディナーの約束があるでもなし、
シングルの友達とケーキを食べる会があるでもなし、
強引にでも思い当たるフシは螺子さんくらいしかなく、
果たしてそのメールの相手は八木君だった。

『今日のM-1楽しみ。』

色気のない独り言のような内容に
思わずブッと吹き出して笑い、
トールさんに彼氏ですか?と言われて
いいえ、八木さんからテレビの話です。
と応える。

その流れでトールさんとお笑いの話をしながら電車に乗り、別れ、
家に着いて私は、テレビを点けてM-1を見ながら、
八木君と素人審査を送り合う。
結果は予想通りだった。

私がお笑いに傾倒していたのは八木君と仲良くなった頃が最後で、
もうほとんど興味は失っていたけれど、
クリスマスの日に一人で家にいる八木君が
お笑いなんかのメールをする相手に
私を選んだ
これはなかなか素敵なことだ。

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「プープーの罠」 written by 浅田

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