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彼の歌姫(ボーカロイドシリーズ/初音ミクとマスター代理)(その他)。
2011年02月06日(日)
そして彼女のマスター代理。
正しく手に入れたものならば、大事にする。 けれど真っ当な手段以外で手に入れたものほど、思い入れがなくなってしまう。 「信じらんない!」 彼の前にいる、青緑の髪の少女はそうして『真っ当ではない』方法で手に入れた妖精だった。 まだ幼さが残るふっくらした頬を赤くして、少女はぶるぶると肩を振るわせて怒る。 「信じらんない! 信じらんない!」 「そう連呼すんなよ」 肘掛けのついた椅子に座った彼は、彼女の怒りの視線から逃れるため、くるりとスツールを回した。 黒いスチール机の上には、一週間前にやっと手に入れた新しいPC端末。合わせて買ったスピーカーもプリンターも、まだ真新しい。 そしてその机の下には、もうほぼ用無しになっている前のHDDが放置されていた。 「信じられない! 最低! ばか!」 「ミク、うるさい。仮にも俺はマスターや」 「違うわ! あんたなんか、マスターじゃない!」 高い声を張り上げ続ける少女は、泣き出さないのが不思議なほどだった。興奮にうるんだ大きな目とはっきりと開かれた桜色の唇。 「マスターだっていうなら、新しい端末買ったらちゃんと私をインストールしてよ!」 「前のに入れたままでもいいんやろ?」 「よくない! ちゃんと私を使って!」 「…ワガママな」 あのな、とそのきんきんに張り上げた声にそろそろ耐えかね、彼はまたくるりと彼女を見やる。 床に仁王立ちした小柄な彼の歌姫と、座った彼とはだいたい目線が近くなる。己の余裕を見せるように、青年は足を組み替え、黒い前髪の間の目をすっと細めた。 「お前は俺のもん。俺がどの端末にインストールしとこうが、俺の勝手」 ゆっくりと言い聞かせるように告げ、手を伸ばして少女の顎に触れる。 彼の手を彼女は厭わなかったが、大きな瞳はこの尊大な言いぐさを許す気はなさそうだった。 いま彼の前にいる少女は電子の歌姫、初音ミク。業界を風靡したといっても過言ではない、人工の音声ソフトウェアが具現化したものだ。 彼はこの歌姫を、幾百万に近い偶然から手に入れた。 ただし、『真っ当ではない』手段で。 「違法コピーして手に入れたあんたが、マスターを名乗るなんておかしいわ!」 「だけど事実、お前は俺から離れられない。俺がアンインストールしない限りは、俺の歌姫。お前たちの中では、そういう定理なんやろ?」 俺から離れていけない限りは、お前は俺のもの。 細い顎を先でくすぐり、睥睨すると、ツインテールの少女はさらに激昂した。 「犯罪者!」 「人間、多かれ少なかれこんぐらいのことやっとる」 オリジナルからの違法コピー。それをネットの世界に流用。違法ダウンロード。 正規の方法で『初音ミク』を購入しても、せいぜい幾万ぐらいの金銭がかかる程度だ。音楽家のCDや、映画のDVDはもっと安い。けれど小金を惜しむのが人の世の常。そうして多くの人が、ささやかな軽犯罪に手を染め、それが常態化する。 皆やっているから、といういいわけを彼はしない。ただ、 「タダで手に入るものをわざわざ金出したくない」 というケチな性分が、罪悪感を上回っただけだ。 「ばか! 最低! ろくでなし!」 「それは褒め言葉か?」 「違うに決まってるでしょ!」 「じゃあミクは、俺のこと嫌い?」 気弱な声を出して、顎に触れた手をそっと下ろす。 少女がとっさに唖然とした顔をした。 「嫌い?」 たたみかけると、ミクは困ったように視線をさまよわせ、しょんぼりとうつむいた。 「…きらい、じゃ…ない」 「そーか」 ならよかった。そう言って、小さな手を取ると、彼は自分のもう片方の手でぽんぽんと叩いた。 彼女たちボーカロイドは、この世で一体だけが具現化できるそうだ。どのインストールのタイミングで、具現化ボーカロイドを手に入れられるかはわからない。すべては運が左右する。 そしてインストールした人間は『マスター』と呼ばれ、具現化した彼らを近くに置くこととなる。迷惑極まりないと思えば、アンインストールすれば彼女は目の前から消える。 逆にいえば、端末を変えようが、明確な意志でアンインストールしなければ彼女は彼のそばを離れられないのだ。 そして感情面豊かに開発された『初音ミク』の最大の魅力、マスターの歌姫になることに全力を尽くす、というプログラミングは『マスターを嫌いになれない』というものであった。 違法インストールの結果現在のマスターと歌姫という関係に至った彼の『初音ミク』は、不平不満は慣らしても、彼がどんなこと、何をしようとも決して彼を嫌いになることはないのだ。 それは幸福なことでもあり、不変のものへのおそろしさを彼に伝えた。 「嫌われないなら、俺は何でもいいなぁ」 はは、と笑い、彼はまた新しい端末のほうへ向き直る。 ミクがきゅっと拳を握る気配をみせた。 「…じゃあ私は、そのHDDが壊れるまで、使われずにここにいるだけなの?」 豊かな感情をふるえる声に変化させた少女の空気。 ふっと彼は息を吐いた。 「そんな寂しそうな声すんなって。じき、こっちにもインストールするから」 「じきって、いつ」 「さあ…、インストールCDが見つかったら?」 背を向けたまま肩をすくめた青年を、ミクは大きな目を丸くして見つめた。 まさか、と少女はつぶやいた。 「あんた、私のインストールCDどっかになくしちゃったんでしょ!」 「まあ、そうともいうなー」 「ばか! 信じらんない! だからいつもお掃除してって言ってるのに!」 「そのうち見つかる」 「そんな根拠どこから来るのよ! やだもうー!」 大して広くない1Kの住まいは、男一人所帯の散らかりっぷりである。 新しい機器を導入したものの、初音ミクをインストールできなかったのは根源となるインストールCDがいずこかに紛れてしまったからだ。 「俺、整理整頓って文字ないの」 「持ちなさいよばかぁ!!」 椅子の背ごしに、ミクの拳が彼の肩をぽかぽかと叩く。 「あーイイ感じ、ミクもーちょい力入れて」 「肩叩き代わりにしないで!」 ちゃんと歌わせて! 澄んだ高い声で自分の役目を訴える少女に、青年はいい加減な態度のままどこか楽しそうに笑った。
********************* 初音ミクを売るクリ●トン側からすればユーザーとは、正規に購入してインストールした人のはず。 でも現実、違法コピーで使ってる人も多いわけで。
初音ミクが、違法CDからのインストールデータだったなら、マスター(本来は購入して使用するユーザー)とは正常な関係であるのか。 …という疑問から発生した、私の初音ミクとマスター妄想。
そして、そういや私のミクさんは、前のPCから今のPCに移行してないな…ということから、今回マスターを書いてみました。 私的ボカロ設定が前に携帯日記のほうにあったんですが、消してしまったので、どこかにおいてあるコピーを探してみます。
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