小ネタ日記ex

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喪失の日(デス種/ルナマリア)(最終話後)。
2007年04月29日(日)

 世界で何が失われたのだろう。









 長い長い一日が終わった。
 艦長が不在となったミネルバへ帰投したルナマリアを迎えたのは馴染みの整備士だった。機体からラダーで着床しながら、ルナマリアは努めて朗らかに笑った。
「ただいま」
「お帰り、ルナマリア」
 ルナマリアからは父親ほどの年齢に当たる整備士は、ルナマリアと同じ考えであったのかもしれない。穏やかに笑い返した。その顔に滲む疲労に似たものに気づかない振りをしながら、ルナマリアはフェイスメットを外す。
「機体異常なし。後は艦の修復だけでしょ? 終わったらプラントに戻れるわね」
「ああ、そうだな。お疲れさん、ゆっくり休んでくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ。あとよろしくね」
 これまでと大差ない会話。それでも、やけに広くなったモビルスーツデッキに響く声の空々しさは消しきれない。ふと、ルナマリアは目を細めて高い天井を仰いだ。
「…広くなっちゃったわね、ここ」
 かつては三体のモビルスーツを収容し、ザフト軍のエースを複数擁した艦。ミネルバとは、地球の伝説でいう女神の名だ。しかしその初代艦長だった女性も今は亡い。
 そしてルナマリアの同期生も、彼の白いモビルスーツも、二度とこの艦には戻らない。
「慣れないな」
 短く整備士が呟いた。ルナマリアよりも軍歴が長い彼は、整備した機体とそのパイロットが戻らない事実をいくつも見てきたに違いない。その歴戦の士ですらそう思うのなら、ルナマリアにはきっと一生慣れないのに違いない。けれどこれは慣れ不慣れの問題でもないのかもしれない。
 感傷を吹き飛ばすように、ルナマリアは快活さが見えるよう、口角を吊り上げた。
「でも、今やれることをやりましょう。そうでしょ?」
「…ああ、そうだな。ほら、早く着替えて食事でもしておいで。一人じゃ大変なんだから」
「はーい」
 まるで肉親のように優しげな響きで言われ、ルナマリアは明るく返事をしてから踵を返した。
 慣れない? ちがう、そんなのじゃない。
 ここにいない。二度と会えない。その意味がまだよくわからない。
 何度も笑いながら歩いた狭い通路を歩き、ロッカールームへ向かう。パイロット用のそこを使っているのは今はルナマリアしかいない。三人いたパイロットのうち、一人は戦死、一人は体調不良で医務室で眠ったままだ。
 最早無意識ですら出来るパイロットスーツから制服への着脱を終わらせ、赤い軍服の襟元を調える。髪をブラシで梳き、鏡をのぞけばいつも通りの『ルナマリア・ホーク』の出来上がりだ。
「…あ、そっか。シンのところに行かないと」
 茫漠した思いで、ルナマリアはそうひとりごちた。
 潜めた声、それが空疎にロッカールームに響く。パイロットの数に見合わない二桁の数の細長いロッカーが並ぶ部屋。なぜ、ここにはこんなにロッカーを並べたのだろう。
 そのときふと、自分がシャワーも浴びていないことに気がついた。
「ああもう、なんで私着替えてんのかしら」
 ぶつぶつ言いながら、ルナマリアは赤い上着の合わせを解く。袖を引き抜き、ハンガーに掛けようとして、突然手が止まった。

『全く、お前は考え無しで物事を進めるから、後で困るんだ』

 冷淡な声。耳の奥、心の底からよみがる。
 レイ。
 淡い金髪の友人。戦死したと聞いたのはほんの数日前で、それ以来ルナマリアはレイに会っていない。
 ルナマリアは制服の袖にもう一度腕を通した。シャワーなんて後でもいい。いまは、早くシンに会わなければいけない。シンは高熱を出してここ二日ベッドを離れられない。早く行かなければ。
 シンに会わなければ。
 頭の芯が茫としたまま、ルナマリアは出入り口へとふらりと脚を向ける。
 モビルスーツに乗っている間は何も考えない。ただ計器を見つめ、トリガーを握り、上下左右に広がる宇宙空間だけを思っていればいい。そこには自分しかいない。
 けれどこうして機体を降り、生身の自分になってしまうと先日までの戦いを思い出さずにはいられない。再び会えた人たちのことや、いなくなってしまった人たちのことを。
 疲れているのかもしれないと、ルナマリアは頭の一部分に残っている冷めたところで思う。落ち着いて今後のことを考えられないほど疲れているのかもしれない。戦争は終着を迎えつつあるというのに、その先の未来を何も夢見ることができないでいる。
 シンと一緒にプラントに帰る。
 そばにいると約束したシンと、一緒にプラントへ戻る。
 それだけを思っていればいいはずだというのに、それすら億劫になりつつある。
「ルナマリア」
 呼ばれ、顔を上げれば顔見知りの看護兵が微笑んで医務室の前に立っていた。
 反射的に快活な笑顔を作り、ルナマリアは片手を上げた。
「お疲れ様。シンの様子、どう?」
「熱は随分下がってるけど、体中に打ち身があるから、今日一日はこっちに泊まったほうがいいわね。会ってくんでしょう?」
「そうね、そうするわ」
「先生もいないから、ごゆっくり」
「ありがと」
 滑舌の良い口調が、遠くから響くようだった。それが自分の声であることがルナマリアには信じられない。声と体は、脳の支配下にあるはずだというのに唇も脚も勝手に動く。
 開閉ボタンを押し、静かな医務室に入ると奥のベッドに黒髪の彼が横たわっているのが見えた。
「シン、調子どう?」
 軍用ブーツで歩み寄る。戸惑いのない歩調。背筋を伸ばしたルナマリアは、あまり動けないシンが首を動かしてこちらを向くのを見た。
「…ルナ」
「熱下がったんでしょう? 早くこっちに戻ってきなさいよ。エースパイロットの名が泣くわよ」
「…きっついなぁ」
 はは、と弱弱しく真紅の目が苦笑する。
 頬骨のあたりに青い痣が残っている。大破した機体を思えば、生き残っているシンはやはり悪運が強いのだろう。しかし戦場ではそれすらも実力だ。生きて帰って来れば、新に人員を補給せずに済む。兵士が生きることは人材の喪失を防ぐことでもあるのだ。
「ごめんルナ、すぐ戻るから」
 それだけははっきりとシンが言った。起き上がることが出来ない身体で、ルナマリアを見上げたまま。ルナマリアは目元で笑い、そっと手を伸ばした。
「無理はしちゃダメよ。もう戦況は落ち着いてるんだし、ゆっくり休みなさい」
「さっきと言ってること違んですけどー」
「あんたがあんまり情けないからよ」
 指先でシンの整えられていない黒髪を撫ぜる。地肌に触れると伝わるぬくもり。確かにシンが生きているという証拠だ。
「ルナは?」
 ふと、シンが真剣な顔でルナマリアを見た。
「え?」
「ルナは、大丈夫?」
「大丈夫よ。怪我もしてないし、ちゃんと元気よ。あたしを誰だと思ってるの」
「そうだけどさ」
 心配になるよ。
 妙に大人びた顔で続けられ、ルナマリアは一瞬言葉を見失った。しかしややあって腰をかがめ、寝台のシンと視線を同じくしながら「ばかねぇ」と言って微笑んだ。
「あたしは大丈夫。ね?」
 軽く、ほんのわずか触れるようにシンの瞼に口付ける。母親がぐずる子どもにするようなキス。微笑を絶やさないときのルナマリアに、シンが安心することを知っている。
 こういうときにルナマリアは自分が女であることを実感する。この人のためなら、姉にでも母にでもなれるという実感。守られる快感と守れる幸福を感じさせてくれる人。
「また来るから、おとなしくしてるのよ」
 至近距離で微笑めば、シンは素直にうなずく。
 その様子に満足感を覚えながら、ルナマリアは立ち上がる。じゃあね、と手を振って笑った後は、もう振り返らなかった。
 今度こそシャワーを浴びなければ。
 大体、好きな人に会いに行くのに汗臭い格好でも構わないなんて、そっちのほうがおかしいんじゃない? ルナマリアの脳裏で奇妙な声がする。まるで背後に他の人がいるようだ。
 シンから離れてしまうと、また思考が止まってしまう。霧がかった凪の海の中、たった一人でいるような感覚。シャワールームへ行かなければ。
 行ってどうするの? 誰かいるの? いないでしょう。また声がする。
 人の気配がない通路を足音を響かせながら歩く。かつん、かつ ん、と。足元がふらついていることにルナマリア自身は気づかない。
 誰もいない。
 誰かいる。
 誰がいない?




「レイ」




 声が聞こえ、ルナマリアは立ち止まった。
 誰の声だろう。そう考え、数秒経ってその声は自分で言ったものだと気づく。


「レイ」


 どこにいるのだろう。
 そういえば艦に戻ってきてから会っていない。
 早くシンの容態が落ち着いたことを伝えなければいけないのに。

「レイ」

 会わなければならない。シンに、会わせなければ。
 シンもきっとレイに会いたいはずだ。水と油のように違う二人だけれど、士官学校時代から仲が良かった。とても良かった。
 過去形?
 ぽたりと水滴が落ち、ルナマリアの心に波紋が広がる。
 そうだった、彼は、もう。
 瞬間、膝から力が抜けた。
「レイ」
 彼はもう、いないのだ。
 通路に崩れ落ちながら、ルナマリアには何も見えない世界が広がっていた。茫漠とした穴が急速にふさがっていく。現実で塗り込められていく。
 レイ。
 彼はもう。
「…いや」
 右手で赤い髪を握り締め、冷たい壁に身を預ける。
 この身に触れるものは、何も変わっていないのに。
「いや…!」
 髪を握りこんだ手ごと、かぶりを振る。埋めようとしてくる事実を振り払うように、ゆるゆると。駄々を捏ねる子どもと同じ仕草で。
 シンが言った「大丈夫」の意味を、涙と一緒に思い知る。
「いやぁ…!」
 いなくなるなんて、そんなはずなかったのに。
 レイ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 狂える慟哭が、世界の果てから押し寄せる。









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 没入り復活連続です。
 最終話後に書いたものの、「どーよこれ」的なストップが入りました。自分で。女の人の悲鳴はそれだけで凶器、というのを思いながらつらつらと書いた覚えが。
 シンとレイとルナマリーの三角関係にもならないような、友情と愛情ごっちゃまぜのバランスが好きでした。最終的にシンルナで落ち着きましたが、それでもマリーはレイのことも好きだったんじゃないかな、と。
 ただマリーは世話の焼けるシンのほうに傾いただけじゃないかな、とか。レイを失った後、泣くのはシンで、狂うのはマリーかな、とか。
 そういうのがごっちゃになって、こういう感じになりました。

 没作品は結構残してありまして、ときどきネタがないときにひっくり返しては再利用できないか考えます。

 没時代にはなかったものとして、今回追加したのはルナマリーのシンへの瞼キス。どうもこの二人って、唇キスよりも瞼とか額とか頭のてっぺんとか、そういうイメージがあります。
 世のシンルナがどんなものかは全然知らないのですが、私の中のこの二人はどこまでも姉弟カップル。




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