悲しくて懐かしいこと
君が貸してくれたマウスに慣れてきた。
数ヶ月ほど前、私のマウスがおかしくなった。
ポインタが、モニター中を走り回る。
私は、不気味さや機械的な不具合より
どうしようもない悲しさを感じた。
彼と付き合っていた頃、何かわからないことがあると
メッセンジャーで尋ねていた。
私を急かさないように、ゆっくりと窓に打たれる彼の指示。
それを見ながら、ゆっくり解決していった。
たまに彼の言葉だけでは、わからないことがあった。
そんなとき彼は
マウスを触ったらダメだよ。
私は自分のPCのモニター上で、動き回るポインタを
見つめていた。
彼が遠隔操作してくれていた。
エクスプローラーを開くポインタ。
ゆっくりぎこちなく、プルダウンを表示していく。
肉体は遠くにいながら、彼の意志がポインタとして
目の前にあった。
彼を感じて嬉しかった。
いつも一緒にいるよ
ずっと一緒にいるよ
ふわふわ揺れるように動くポインタは
頼りなげだったけど、私は幸せだった。
彼と別れてしばらくすると
ポインタが走り回るようになった。
最初は驚いた。
私は何もしていないのに、ファイルが開いたり
突然ソフトが起動したり。
ブラウザが閉じるのはしょっちゅうで。
現実的ではないけれど、私は彼が動かしていると思った。
彼が私のPCを探ろうとしている。
最初に感じたのは怖さ。だけど、思考で抑えこんだ。
ウィルスチェック、スパイウェアの駆除。
他にも思いつく限りのことをした。
走り回るポインタは、瞬間移動するようになった。
左上に現われたと思うと、すぐに消えて右下に出る。
無理やりマウスを動かすと、消えたまま出てこない。
私は子供をあやすように、ポインタが暴れだすと
マウスから手を離し、じっと静観するようになった。
そして、彼を思った。
妄想だとわかりながら
そこにいるのは、あなたでしょう
何か証拠探しをしているの?
何もないよ、何も隠してないよ
そしてだんだん慣れていった。
彼が懐かしく、動き回るのを見ると彼を感じた。
まるで彼がモニターから話しかけているようだった。
俺は、ここにいるよ。
いつも傍にいるよ。
私は悲しかった。
君には現実的なことを言った。
マウスが挙動不審で使えない。
壊れたみたい。
そして、君からマウスを借りた。
もうポインタが暴走することはない。
動き回るポインタを見て、彼を思い出すことはなくなった。
今、壊れてしまったマウスは、引き出しの中にいる。
2004年07月30日(金)
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