ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年10月02日(金) いまはもう秋

連日の秋晴れ。しかし降り注ぐ陽射しはまだ夏であった。

朝は涼しく日中との温度差が激しい。

やはり足の痛みはそのせいかもしれないと思う。

今更杖に頼るのも抵抗がありひたすら我慢であった。


朝の道は日に日に秋めいており秋桜も直ぐに満開になりそうだ。

いたどりの花、背高泡立ち草、芒の穂と続く道である。

一番逞しいのはいたどりの花で地面にそのまま咲いていて

アスファルトの隙間からも咲き何とも健気である。

やがては枯れるだろうが沢山の種を残すのに違いない。


峠道を越え一番最初の民家には燃えているような鶏頭の花。

黄花コスモスを追うように秋桜が咲き始めていた。

夏野菜は殆ど猿に食べられてしまった畑には

もう冬野菜の種を蒔いたようである。

決して諦めようとはしない。その意気込みが心強い。



工場の仕事は朝のうちにオイル交換があり

お昼前には平田町のお客さんが車検の車を持って来てくれた。

営業ナンバーで牛乳配達をしており明日中に納車しなければならない。

同僚は例の故障車と格闘していたが後回しにした。

義父はまたエアコン修理である。いったい何台目だろうと思う。

まだ日中は暑いので急がなければならない。

他にも待ってくれているお客さんが二人いてパニックになりそうだ。


経理は今日も火の車となり重量税の精算が出来なかった。

仕方なくまた奥の手を使ったがそろそろそれも限界である。

流石に私も心細くなった。笑う門には福来るであるが苦笑いとなった。

来週には大口の入金がある予定なのでもう少しの辛抱である。


義父と同僚に声を掛けて定時で退社した。

カーブスは大いに気分転換となり楽しくてならない。

しかし足の痛みは変わらず思うように出来なかった。

どんな時もあって良しと思う。とにかく継続は力なのだ。


買い物を終えて4時半に帰宅。

今日はまた義妹の通院日で夫と義弟が付き添っていた。

経過は順調なようだがまた一週間後に行かなければならない。

ペースメーカーの手術日もまだ決まらないのだそうだ。

やはり慎重に経過を診る必要があるのだろう。

貧血が治まった義妹が元気なのが何よりである。


高知市に行くと帰りに須崎市内に寄って「たけざきの玉子焼き」を

義妹が買ってくれるのだが、夫はそれが嬉しくてならないようだ。

高知でも有名な玉子焼きで家族もみな大好きである。

如何にも自分が買ったかのように「お土産」とする夫も愉快であった。

義妹からはガソリン代も貰っており困った兄である。


夕食後また自室の窓から夕焼け空を仰いでいた。

今日は鰯雲だったので一段と綺麗で感動する。

「いまはもう秋誰もいない海」そんな昔の歌を思い出す。

空が海ならば風は波である。何だか詩が書けそうになった。


※以下今朝の詩


    足

  足が痛む
  棒のように固くなり
  踏ん張る事が出来ない

  走り続けた人生であった
  立ち止まれば哀しいことも
  振り払うように駆け抜けた

  大根のような足だったが
  その逞しさが支えてくれる
  転ばないように倒れないように
  どれほど助けてくれたことか

  しかし今はゴールが見えない
  いったい何処に向かっているのか

  転ばぬ先の杖であったが
  その杖を手放してしまった
  前途は明るく道を照らす
  幾らでも歩けるような気がした

  足が痛むどうしようもなく痛む

  駆け抜けた日々が遠ざかって行く


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