『待つ』ということをやめてしまえたら。 どんなに楽だろうか・・と思う時がある。
千年ほどの昔から。女というもの。身を焦がすほど待ちわびていたらしく。 蜻蛉のごときひと。「かう長らへ、今日になりにけるも、あさましう」とか。
暮れ果てた日より。『待つ』ことから解き放されたとすれば・・ もう焦がす身もなく。あとは老いて死にゆくばかりかもしれぬ。
私は『待つ』ことが嫌い。待っている自分が嫌い。
だから。待っていると感じたら即、身震いをしてそれを振り払う。
だけど。その絡みつくようなものに。最後のところで縛られるから。
それは切れそうで切れない糸のようで。暴れればぎゅっと締め付けられて。
たまらなく痛いのだ・・・。
今ここにない『こと』をしかと受け止めることは難しい。
からっぽならば。どうやってそれを確かめればいいのだろう。
望まないこと願わないこと。まして祈りもしない『こと』は。
それが。ことの葉の最後のひとひらならば。
夜風に浚われて。はるか遠い場所で眠ってしまいたいものだ。
|