「このあいだ、〇〇でごはん食べてたでしょ」
職場のエレベーターで一緒になった理学療法士さんに言われた。たしかに一週間前、その店でお昼を食べたけど……もしかしていたの?
「だったら声かけてくれたらよかったのに!」
「だって、休みの日に仕事場の人間には会いたくないだろうなーと思って」
いやいや、見られていることに気づかずにいるほうがよっぽどイヤである。ひとりでものを食べているときの無防備な姿を知り合いに見られるのははずかしい。彼女は私がなにを注文したかも知っていたけれど、そうやって一方的に“観察”されている状況もあまり気分のいいものじゃない。
ところで食べ姿といえば、石破茂首相がまたヤフーニュースで話題になっていた。
今度はおにぎりだという。おにぎりにケチをつけられる食べ方なんかあるのか?と思い見てみたら、衝撃映像だった。ウケ狙いでやっているのかと思ったほどで、うっかり笑ってしまったではないか。
前回、「国辱もの」とまで言われたから食べ方には気をつけているだろうに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。
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数年前に撮影された食事シーンの動画がXに投稿され、大ブーイングを浴びたのがひと月ほど前のこと。
箸が持てる持てないというレベルではない。あんな茶碗の持ち方をする人を私は初めて見た。人差し指を茶碗のふちに引っかけて持ち上げるのだ。そして両手には一本ずつ箸を持ち、つつくようにして焼き魚の身をほぐす。
子どもでも「なんて行儀の悪い!」ときつく叱られるにちがいないこんな食べ方をこの歳までよく続けてこられたものだ。
食事中に肘をついてはいけないと躾けられなかったんだろうか。この食べ姿を見て、妻はなんとも思わないんだろうか。いままで側近の誰ひとり進言してくれなかったんだろうか。
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動画についていた「一緒にメシに行った人がこの食べ方だったらドン引きする」というコメントを読み、友人がお見合いをしたときの話を思い出した。
写真やプロフィールを見てはりきって出かけたのに、後日訊いたら断ったという。
ホテルのレストランで、彼が幼児がスプーンを掴むようにナイフを持つことに驚いた。当然うまく切れない。最終的にフォークで引きちぎられた肉片と飛び散ったソースで汚れた皿を見て、「この人、ムリかも……」がよぎったところに迎え舌が決定打となり、断りの返事を入れたらしい。
これを聞いて、「手先が不器用でも中身はいい人だったかもしれないのに」と男性に同情する声もあった。
しかし、その歳まで生きていたらふつうは知っていること、誰もが自然にマスターすることがすっぽり抜け落ちていたら、私は「どんな生活してきたんだろ……」といぶかしく思う。器用不器用の問題ではない気がする。
石破さんについても、「政治家としての仕事をしてくれれば、食べ方なんかどうだっていい」という意見をちらほら見かけたけれど、政治の手腕とそれは無関係だろうか。
一般市民ならマナーがなっていなくても損をするのはその人だけだが、石破さんは一国の総理。晩餐会を開くこともあるだろう。そのとき、お箸の国のトップがバッテン箸というのは恥ずべきことだと思う。敬意を表して日本の食事作法を予習してきた招待客のほうがきれいな持ち方をしている、なんてことはあってはならないのだ。
新内閣発足後に官邸で撮影されたひな壇写真でも、石破さんは丈の長すぎるよれよれのズボンを履いていて、「だらし内閣」「みっとも内閣」と揶揄された。
各国首脳と対等に渡り合うには身につけておくべき知性や品格というものがあるはず。日本の代表という立場にふさわしい身だしなみや立ち居振る舞いをすることもれっきとした職務ではないか。
グルメ番組の食レポはもちろん、食べ物関係のCMでも個性的な箸使いをしているタレントさんを見かける。
「手元に注目されると商品の印象が薄くなるので、撮影のときだけ直してください」
と注文はつかないんだなあ。ちゃんと箸を持てる人を起用しよう、とはならないところをみると、いまどき箸の持ち方くらいで視聴者はとやかく言わないんだろう。
にもかかわらず石破さんが炎上するのは、箸だけでなく合わせ技だからか。
逆に、その所作で評価を上げる人もいる。
ずいぶん前であるが、市川海老蔵(現・市川團十郎白猿)さんが暴力事件の謝罪会見のときに水を飲む姿が惚れ惚れするほど美しくて、びっくりしたことがある。私の中で良い印象はまったくない人だったが、茶道の御点前のようにグラスの下にそっと手を添える仕草がとても優雅で、「品」を感じた。
お辞儀についても、礼儀作法の専門家が「表情や姿勢、指先まで神経が行き届いていて、まさに完璧。あの若さであれだけの振る舞いのできる方はめったにいない」と舌を巻き、別の専門家は「海老蔵さんの動作がいちいち美しく、(謝罪の)気持ちが伝わってこなかった」という不思議なダメ出しをしたほどである。マナーのプロも“見惚れた”ということだろう。
お見合いの相手にこんなふうに水を飲まれたら、ドキッとすること間違いない。
加点までもらえずとも減点はされない食べ姿でありたいと思う私である。