心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2007年07月01日(日) 週末の過ごし方

地元の美術展に応募した母から無料券をもらったので、市の美術館に行ってきました。
父が死んでから、絵手紙や墨絵を趣味としていた母ですが、ここ数年は油絵を描いています。最初の頃は、キャンバス全面に絵の具が載っていれば完成という程度だったので、高校の美術部でちょっと油絵を描いていた僕も偉そうなアドバイスをしていたりしました。しかし先生に付いて描いているだけあって次第に上達し、今年はついに80号の大作であります。ステーションワゴンの荷室に載せるのに苦労しました。
応募しても落選すれば、搬入日の夕方には持って帰らなければなりませんが、先生が加筆してあるだけあって、いままで落ちたのは一度だけです。搬入から展示会死までは一週間。

素人の作品ばかりであっても、静かな美術館で絵を見ていると、心が落ち着いてきます。入賞する作品には、やはり他と違う輝きのようなものを感じます。CR兄貴やたま姉のように美術館にでかける「ずく」は僕にはありませんが、絵は好きです。とくに油絵は。あいにくパソコン用のメガネをかけたまま外出してしまったので、離れて絵を見ることができず「妙に近いところから絵を見ている人」になってしまいました。
最初は感動していた子供たちも、絵の多さに飽きてしまったようで、おばあちゃんの絵を見つけるとほっとしていました。

常設展示の草間彌生も見てきました。この人は精神を病んで子供の頃から幻覚を見ていたそうです。無限の模様の繰り返しは、ひょっとしたら見えていた幻覚をそのまま二次元に描き写したものなのかも知れない、などと考えました。

週末にVisioで図を描いていたのですが、いきなりWindowsがハングして再起動したら、三晩かけて描いたファイルがエラーで開けなくなってしまいました。あまりに頭に来たので、脈絡はないのですが、電器店にビデオカードとキーボードを買いに行ってしまいました。買い物によるストレス発散ですね。

自宅のパソコンのキーボードは2〜3年が寿命です。一方会社のパソコンのキーボードが壊れたことはありません。・・・会社であんまり仕事してないんじゃないか・・てことはなくて、コンピューター・プログラムを書く作業は実はそれほど打鍵数は多くないため、キーボードの寿命が長くなります。自宅ではプログラムを書かずに文章ばかり書いているので、どうしても打鍵数が多くなります。高いキーボードを買っても寿命が短いと切ないですから、PFUでも東プレでもなく、ダイヤテックの8千円ほどのヤツにしました。


2007年06月30日(土) また一つ年を取る

毎年6月の終わりになると、年を一つ取ることになっています。
小学校の頃、誕生日の絵日記にこたつが描いてあったことがあります。梅雨の夜は意外と肌寒く、それは冬の寒さとは違うものの、暑さに慣れた肌が暖房を欲しがるのは、現在でも変わりません。

28才の時に自殺未遂をして初めて精神科のご厄介になりました。翌年初めての精神病院への入院を経験します。31才でアルコール依存症の診断を受け、半年後に初めてAAのミーティングに出席しました。その1年後、32才の時にやっと酒が止まりました。

当時、AAグループを始めた頃の悩みの一つは、自分が若造(わかぞう)であることでした。若いということは、説得力がないということです。いや、僕が説得力がないのは若さ以外の問題だったのでしょうが、当時は自分の若さに責任をなすりつけるしかできなかったのです。
AA以外のところでも、若造と思われることは自分のコンプレックスの一つであり、左手の薬指に結婚指輪をしていたのも、妻への愛情ゆえではなく、俺は結婚している一人前だよと誇示するのが目的でした。中身に自信がなく、外面にこだわっていたわけです。

AAの会場にやってくる人も、病院メッセージの会場の患者さんも、年上のおじさんたちが圧倒的に多く、僕は若造のメッセージが届かないと嘆いてばかりいました。そんな時に、経験の長いメンバーが

「心配しなくても、ひいらぎが10年のソーバーを重ねる頃には、おじさんたちにもメッセージが伝わるようになるよ」

という言葉をかけてくれました。

考えてみれば、あれから10年以上確実に経っているわけですが、自分が説得力を身につけたかどうかは分かりません。ともかく、もう薬指に指輪はしていません。説得力があろうがなかろうが、自分の実力以上は発揮できないし、メッセージを受け取るも受け取らないも「相手の問題」と開き直って続けています。
それは、10年分の若さが失われたかわりに、10年分のふてぶてしさが身に付けただけかも知れません。まだまだ僕はひよっこで、成果ばかりを求めてしまいます。


2007年06月29日(金) 自分的解釈

AAのプログラム(12ステップ)のなかには、自分一人でできるものと、相手がいないとできないものがあります。もちろん、どのステップもスポンサーと一緒にやった方が良いという話はとりあえずおいておきましょう。

一人でできるもの:ステップ1・4・8。
相手が要るもの:ステップ2・3・5・6・7・9・10・11・12。

無力を認めるステップ1、過去および現在の自分の状態を表にするステップ4、埋め合わせの予定を立てるステップ8。これは自分が主体的に行うステップです。

ステップ5では、どうしても人間の相手に話すことが求められます。ステップ9も、傷つけた人に償いをするわけですから人間相手の話です。ステップ12は「霊的な目覚めを伝える」相手が必要です。

他のステップに求められている「相手」は、人間ではないですね。自分より強い力、自分で理解できる神ってやつです。
ステップ2で「信じる」ためには、信じる相手が必要です。いつまでも二本足(つまり人間)を神様代わりに信じていてはいけないと言われます。その二本足には自分も含まれています。信じたからには、ステップ3で「指図どおりにやってみる」わけですが、指図を受ける相手が要ります。

ステップ5では、4で作った表を人間の相手に話すわけですが、その他に神に対しても認めなさいと言って。ですから、ここに来るまでには「自分の信じられる神様」を用意しておかないと、ここからの道のりが厳しくなります。
ステップ6・7は、「性格上の欠点を神に取り除いてもらう」となっていますから、自分のダメな点を直してくれる存在が要ります。AAスポンサーに言われるままにステップ4・5は済ませたけれど、その先の6・7に進めないでいる人は、二本足の神様を信じたままなんでしょう。ステップ4・5が、ずーっとやってこなかった掃除をまとめてやった大掃除だとすれば、ステップ10は日頃の掃除と年末の大掃除でしょうか。5で必要だった人間の相手と神様がここでも必要です。ステップ11では「導きを求める」わけですが、もちろん導いてくれる相手が必要です。

こんなふうに、AAの回復のプログラムをやっていくには、どうしても相手として神さまが要るようにできていると考えています。

熱心に宗教に取り組んでいるAAメンバーもいますが、その宗教の神様(あるいは仏様)が自分の酒を止めてくれるとは信じていなかったりして、それじゃあAAにも宗教にも熱心だとて、ステップ2ができているとは言えないんじゃないかと思ったりします。

まあ、あくまでひいらぎ的なステップの解釈ということで。


2007年06月28日(木) ゲーム中毒

僕が大学生の頃は、ゲームアーケード(ゲームセンター)は24時間営業という店も珍しくありませんでした。風俗営業法の改正で、深夜12時以降の営業が禁止され、都条例などで午後6時以降は小中学生の入店が禁止され・・とだんだん厳しくなってゆきました。ただ、その意図するところはゲーム中毒の予防ではなく、子供が夜どおし遊んじゃうような風俗びん乱の防止でした。

当時は初代ファミコンが流行りだした時期でしたし、パソコンのゲームも表現力が上がってきた頃で、ゲームにはまり出す人間も珍しくありませんでした。今日みたいな暑いある日、学生会館で「今週は暑い日ばかりだったね」という会話を交わしていたら、後輩が「え?そうだったんですか?」と真顔で聞いてきました。

僕は当時はまったく料理をしませんでしたし、洗濯も入浴も銭湯に行く必要がありましたから、何にはまりこんでいても外出しない生活を一週間も続けることはできませんでした。ところが彼の場合、風呂付きのアパートに洗濯機と冷蔵庫という恵まれた環境に加え、自分で料理する「まめ」さがあったために、一週間外に出ずにゲームにどっぷりはまりこむことが可能になり、おまけに部屋は冷暖房完備なので、外が暑いか寒いかも気にならなかったという事情です。

おたくというのは、自分がどんなに並はずれてバカで極端に走るかを自慢する部分があるので、当時はそんな話も「良くある話」と気にとめませんでした。そのうち僕もアルコールにどっぷりはまりこんでしまい、何週間も(時には何ヶ月も)風呂に行かない生活をすることになります。もっとも、アル中の場合には定期的に酒を調達する必要があるので、外出しないってわけにもいきません。

昨今、ネット依存症あるいは、コンピューター依存症などという言葉ができていますが、もっとも中毒性を感じさせるのはオンラインゲームです。
ゲームの仮想世界の中の登場人物が、コンピューターの繰る幻影などではなく、意志を持った別のプレイヤーであるとき、しかもそれが退屈な現実ではなく剣と魔法、あるいは宇宙船を得物に戦う世界であるとき。化粧や服では大して変化のない自分の外見を、自由に美しくも醜くもできるとき、リアル世界での経歴や境遇や性別や経済状態から離れて、なりたい自分を演じられるとき・・・人はこちら側に帰ってくるのが本当に嫌になるようです。

人と協力したり敵対したり、友達になったり裏切ったり、愛し合ったり別れたり、そんなことは現実世界でやればいいことだと思うのですが。

アメリカ精神医学会の精神疾患分類(DSM)にネット中毒(あるいはゲーム中毒)を追加しようとする動きがあるようです。
DSMではいろいろな「依存症」が別々のところに分類されています。アルコールや薬物は「薬物依存(Substance Dependence)」という大分類。食べる関係は摂食障害(Eating Disorders)という大分類です。
その他の依存症は「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」という大分類に入れられています。この中にある項目を挙げてみると、間欠性爆発性障害(いわゆる暴力癖)、窃盗癖、放火癖、病的賭博、抜毛癖、特定不能とあります。おそらく買い物依存は特定不能に分類されてきたのでしょう。ゲーム中毒はここに新たな項目として加えることになりそうです。
わざわざそれを新しい項目にする意図は、診断基準をはっきりさせて病名として確立することで、医療保険の支払いが確実に行われるようにしたいという願いであるようです。

ちなみにDSMには、hoism(中毒)とか addiction という言葉は出てきません。


2007年06月27日(水) 予備の原稿

むかーし、アルコール中毒の治療に「嫌酒療法」というのがあったそうです。
患者に抗酒剤を飲んでもらい、医師看護婦立ち会いのもとで、酒を少量飲んでもらいます。当然心臓ばくばく、顔は真っ赤っか、気分はゲロゲロとなります。これを一度だけでなく、入院中に定期的に繰り返しやると、酒を見ただけで気分が悪くなるようになる、まるでパブロフの犬です。
これで酒が嫌いになってくれると期待されたんですが、退院後半年か1年で飲んでしまうケースが大半だったそうです。条件反射が消えちゃうのでしょうか。まあ人間には知能もありますからね。それでも半年か1年は効果があったとも言えます。

いま嫌酒療法をやる病院はないでしょうが、繰り返しでなく一度だけ同じことをやる病院は結構あるようです。「飲酒テスト」などと呼ばれています。抗酒剤を飲みながら酒を飲むとどうなるか、退院前に体験してもらうことで、無用な再飲酒や救急車騒ぎを防げると期待があるようです。
実際、抗酒剤というのは救急の現場では大変評判の悪い薬で、同じ患者が何度も同じ騒ぎを起こすものだから、精神病院側に処方しないように申し入れがあったりするそうです。

抗酒剤服用なんてお構いなしに酒を飲んでしまう末期的患者には、精神病院としても「危なくて抗酒剤は処方できない」わけで、「俺は抗酒剤は出してもらっていない」と威張る人にはため息をつくしかありません。

「飲酒テスト」には実はもう一つ「裏の期待」があるとされています。嫌酒療法と同じで、酒を嫌いになってもらう期待がこもっているというのです。繰り返しやっても半年の効果しかない療法をなぜ(一回だけ)するのか? それには病院の都合もあって、2ヶ月も3ヶ月も入院した患者が、退院後すぐに飲んでしまうと、精神病院への入院を決断し、経済的負担もしている家族の方が「入院なんて意味なくね」とげんなりしてしまいます。たとえ数ヶ月であっても飲まない期間があった方が、その後の治療につながるんだそうです。たった一回の飲酒テストでも、退院時には「懲りた」と言っている人が多いことからも、それはうかがえます。

僕ですか? ええ、自主的に1回やりました。外泊の時の電車の中で。


2007年06月26日(火) 家族の否認

携帯電話にリマインダーのメールが入ったのが午後7時25分でした。
どうやら1時間前に設定してあるはずのリマインダーが、間違って5分前の設定になっていたようです。こんな時間に仲間のバースディ・ミーティングを思い出しても、もう遅いです。もう女神湖を過ぎて峠にさしかかっていましたから、それから引き返しても高速のインターまで45分。たぶん、会場に着く頃には終わっているでしょう。
素直に諦めて、当初の目的地であるミーティング会場へ向かうことにしました。

そこへ向かうときには、どうしても途中で何台かの車を追い越すはめになります。そうでなければ、荷物満載でノロノロ走るトラックの背後にずっとくっついて行くしかありません。もし同乗者がいれば、振り回されてゲロゲロに酔うでしょう。

いつ行っても2〜3人でやっている会場ですが、今夜は年配の男性が奥様と連れだって来られてました。20年の仲間のバースディに行けなかったのは残念ですが、初めてAAに来た人と話をすることの方が、今夜の僕に求められていたことだったのでしょう。20年の人に21年の日がやってくる可能性と、今夜の人に1年が来る確率には違いがあるのですから、きっと仲間も許してくれることでしょう。

僕は十数年前、アルコール依存症の専門病院を探して自ら入院し、そこで依存症という診断をもらいました。それまでは「あくまでうつ病の人が一時的に過度の飲酒をしただけ」ってことでしたから、ずいぶんな違いです。
そのとき母は、「お前はうち(の家系)からアル中を出すつもりか!」と言って僕を責めました。ただでさえ近所に困り者の息子として知られているのに、この上さらに恥ずかしい病名まで付けようとするのかと。
それまで母は、台無しになった僕の人生をマトモに修正しようと、様々な努力を行い、そしてその努力がすべて無に帰して来たわけです。その徒労感、絶望、憤懣を「依存症などという病名」によって免罪にしたくはない、という気持ちもあったでしょう。

僕本人もいずれは正常に飲めるようになって、酒のことで小言を言われなくなる予定でいましたし、病気だとか断酒という話は断固拒否でした。アルコール依存症は否認の病気と言うように、僕本人の否認がまず頑固にありました。
その上でさらに、母の「この人はたまたまお酒を飲み過ぎているだけで、気持ちを入れ替えれば真人間に戻るはず」という強固な家族の否認がありました。
この二つの否認が絡み合って、病気の治療という解決を遅らせていたのは確かです。

僕の母が演じたような役回りは、同じく母や父、あるいは妻、夫、時には息子や娘が演じることになります。最初に否認が解けるのが家族以外の関係者、次が家族、最後が本人と言われていました。最近もこれが当てはまるのかは知りません。
逆に回復は、本人・家族・その他の順番だと言われおり、本人が結構お気楽になった後でも、家族が憤懣の感情を解くにはまだ時間がかかるのが普通のようです。これは今でも変わらないようです。


2007年06月25日(月) ナルトレキソン

3年ほど前でしたか、アメリカでナルトレキソン(Naltrexone)というアルコール依存症の治療薬が、FDAの承認を得たというニュースがありました。商品名Trexan。地検前の実験では効果的という結果が出ていたので、ついに飲む依存症治療薬の登場かと(一部で)騒がれたのですが、人間に対する治験の結果は芳しくなかったようです。

アルコール依存症者を二群に分け、片方にはナルトレキソンを、もう一方には偽薬を投与してみたところ、結果に差はなかったと報じられていました。ちなみに、両群ともAAに通うという条件であります。

もとは薬物依存の治療薬のようで、オピオイド拮抗薬です。素人ながら解説すると、脳の中のアヘン受容体にアヘンより先にくっついてしまうので、後からアヘンが入ってきても受容体にくっつかないので「気持ちよくならない」という仕組みです。気持ちよくならないので麻薬を使う気が失せるわけで、酔いたい願望が消える薬というのは誤解でしょう。アルコール依存に対する作用は解明されていませんが、基本は「酒を飲んでも気持ちよくならない」ということにつきるようです。

あなたは酔わない酒が好きでしょうか?
酔えなくても酒が飲めるなら満足するというのなら、ノン・アルコール(低アルコール)のビールを飲んで満足できるはずです。でも、あんなもので満足できるはずもなく、かえってアルコール入りのビールが飲みたくなって、再飲酒の引き金になったという話しか聞きません(僕も経験あります)。
国破れてサンガリアあたりから、子供向けの清酒っぽいジュースとか、ワインぽいジュースとか出てますから、試してみればいいでしょう。スリップしても知りませんけど。

もう一つは、人間の場合は動物実験と違って知能が働くため、「この薬を飲んでるから酔えないんだ」と知っていれば、ナルトレキソンを飲まずに酔っぱらうほうを選ぶのは簡単だからです。これは、シアナミドやジスルフィラム(商品名はシアナマイド、ノックビン)という抗酒剤の服用と同じことが起きるでしょう。。

とは言え、「気持ちよくならない」という効果は他の依存症でも効果は発揮して、性依存症に使うと性衝動が抑えられたり、ニコチン依存に使うと禁煙後の肥満が予防できたり、はたまたネット依存症に効果があったとか・・・。
アルコールでも、前向きに断酒しようとする人であれば、初期のスリップがひどくならないという効果ぐらいはありそうな予感はします。

自主的に飲んでくれない重篤な依存症患者には、ナルトレキソンを体内に12週間分インプラントする治療法もできたみたいです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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