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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年04月20日(火) 混む 午前中休みを頂くことにしました。
仕事に行く前に医者に寄らねばならないのですが、この先生もだんだん人気が出てきたようで、待合室が混み合うようになりました。以前は「患者さんを5分待たせることなんて、めったにないんじゃないのかな」と笑っておられましたし、事実30分も待つなんてことは(初診の人でもいないかぎり)珍しいことでした。
信頼している人が評価されることは嬉しいことですが、待ち時間が長くなるのはあまり嬉しくありません。時間短縮の単純な戦略は、朝早く起きて、クリニックが混みあう前に診てもらうことです。ですが、今朝はそのために早起きするのがとてもしんどかったのです。
「義父の手の治療のために、病院に連れて行くんで、午前中休ませてください」
我ながら「平気で嘘をつける」人間だなぁと思います。実際に義父に付き添っているのは妻でした。彼女が戻ってきて、まだ布団の中にいる僕を発見し、会社には電話したのか? ご飯は食べたのか? ときいてきたので、両方にYesと答えると放っておいてくれました。
10時半に再度起床。診察室の混み具合は「一冊の週刊誌のなかから気に入った記事を読みきるだけの待ち時間」という、僕にとってちょうどいい程度でした。
半日しか仕事をしていないのに、3日分ぐらい進んでしまいました。ある程度創造性の必要な仕事なので、そういうこともあります。単純に身体の疲れが取れたから、心や頭のコンディションが良くなったのかもしれません。
「PAGE FAULT ON NON PAGED AREA」の原因は、USB関係の故障と判明しました。
2004年04月19日(月) ハード・ラック・ディ コンビニで朝刊を買ってみましたが、載っていませんでした。年に一回あるかないかの殺人事件。バスが衝突して小学生たちが怪我。それに、会場近くの駐屯地でやっていた自衛隊祭りの賛成反対。ニュースに事欠かない日曜日だったようです(悪いニュースは良いニュースを駆逐する?)。
夕方から雨になりました。土曜に久しぶりに洗車したばかりだというのにです。
昨日と同じ公民館で、今夜は普通のAAミーティングでした。新しい人が誰か来ないかと、密かに期待していたのですが、その願いは裏切られました。まあ、そんなものでしょう。すぐに報われると期待しても仕方ないし、報われないからといっていじけても仕方ありません。
いつものメンバーがあらかた揃えば、それでよいでしょう。皆の顔が輝いているように見えたのは、昨日のスピーカーズのおかげでしょうか。
「あ、いけね。レンタルDVD返すのに、持ってくるの忘れちゃった」
延滞料って妙に高いんだよねー、などと仲間と話したあと、家にいったん戻って返しに行きました。実は借りたのは先々週の土曜であり、返却期限は先週土曜まであったのに、今日までだと勘違いしていたおかげで、延滞料300円×2枚×2日=1,200円を請求されてしまいました。
Windowsが起動時に「PAGE FAULT ON NON PAGED AREA」という呪文を吐いて青ざめるようになってしまいました。きっとWindows Updateでインストールしたデバイスドライバのせいに違いありません。でも、どうやって戻したら良いのか分かりません。
2004年04月18日(日) オープンスピーカーズ無事終了 朝8時半に会場に着いたときには、もうかなりの人が集まってくれていました。みんなで準備。
僕は長野のオープンスピーカーズやステップセミナーには、毎年出ているわけではありません。理由は農繁期(種まき・田植え)と重なる日程になることがあるからです。だからスピーカーミーティングの運営には慣れていません。他にも緊張した人はいるでしょうが、僕が一番?緊張してテンパっていました。
人数は数えていませんが、県内からも県外からも予想以上にたくさんの仲間が集まってくれました。それに、会場の後ろのほうに何組か家族とおぼしき皆さんもいらっしゃいました。やっぱりメディアの力は偉大だなと思います。なかなか「自ら足を運んで」くださる人は少ないのです。
まさに「わらをもすがる」気持ちで来られたのかもしれませんが、AAがその答えとなっているかどうかは僕には分かりません。ビル・Wが書き残したように「AAはアルコールの問題に対する唯一の解決でもなければ、最善の解決でもない」わけです。でももし、誰かがAAを選び取ってくれたのなら、仲間が増えて私たちはもっと安全になるわけです。
今回の会場は全館禁煙で、タバコを吸うには一階の渡り廊下まで移動しないといけませんでした。以前の見慣れた光景、会場の一歩外に出ると、廊下はタバコを吸う人たちで溢れ、空気は真っ白、というのにはお目にかかりませんでした。喫煙所はAAメンバーの社交場でもあるのですが、そこまで行くのが面倒でスピーカーの話を(以前より)たくさん聞いた人も多かったのではないかと思います。
課題も残ったけれど、ともかく今回は終わりました。ほっとしています。地元紙が取材に来られたので、明日の朝刊に載るでしょう(タブロイドサイズのやつね)。仲間の力で成し遂げたイベントという感じでいっぱいです。
帰宅後、疲れて寝てしまいました。夜、二人の娘と久しぶりに一緒に風呂に入りました。
「僕もだんだん<AA人>になっていくなぁ」と言ったら、仲間に「良かったじゃないか」と言われました。AAはひょっとしたら壮大な虚構かもしれません。けど、一生ばれない「永遠の嘘をついてくれ」るのならば、だまされてみるのも悪くないかも。
2004年04月17日(土) 種まき 実家へ稲の種まきに行きました。田植えのときに使う苗を育てるために、でっかいトレイみたいなのに土を盛り、その上に発芽した籾を撒いて、また土を薄くかぶせ、そして水と温度管理を適当に行えば、3週間後には植えられる苗に育ちます。
もちろん苗の状態で農協から購入することもできますし、籾の状態でも買うことはできます。でも買えば金がかかりますから、手作業をすることで購入資金を節約しているわけです。
籾を発芽させるのはそれほど難しい技術ではなく、単に籾殻のまま水につけておけば良いだけです。が・・・母が雑に籾を選んだせいでしょうか、今年は2割ぐらいの米が発芽しないまま残ってしまいました。
発芽しない米は、殻が取れてお米(玄米)になってしまいました。それが籾の間に点々と散らばっているのです。それを箸代わりの竹串2本でつまんで取り除くという、気の遠くなるような作業が待っていました。「なんでこんなことになるんだ。農協で籾を買ってくりゃいいじゃないか」と電話をしてみたのですが、残念ながら売り切れでした。
それでも夕方には作業も終わりです。兄は自室で昼からビールを飲んでばかり・・・、休みだからといって昼から酒を飲む習慣は「いかがなものか」と思うのですが、そんなことは母からも義姉からも甥や姪からも言われているでしょうから、重ねて言うことはしないことにしています。
僕は今年の秋は、ラウンドアップやら新潟やらで、稲刈り・脱穀とも逃げ出す予定でいますから、春のうちに恩を売っておいたほうが得策です。
義父(これは我が家のほう)が竹を鎌で切っていて、間違えて自分の左手を切ってしまったのが、確か一週間前です。救急病院で筋肉を縫い合わせてもらったのは良いのですが、今度は「親指が外側に曲がらない」そうで、手術して入院となりました。妻はそちらにかかりきりです。
でも子供たちは、種まき後に母がお風呂に入れてくれましたし、夕食も途中の吉野家で豚皿を買ってきて先ほど済ませました。布団もひいたし、あとは歯磨きをさせればOKというところ。
2004年04月16日(金) やめられない理由 朝刊も夕刊もコンビニで買ってみましたが、記事は載っていませんでした。明日でしょうか。
もはや僕にできることは、当日朝遅れないように、きちんと起きて会場に向かうことぐらいでしょうか。そして仲間と「一緒にやること」です。
AAのイベントは人数がたくさん集まれば成功というわけでもありません。盛り上がれば成功というわけでもないし、会場献金がたくさん集まって黒字になれば成功というわけではありません。もちろん、人数は多い方が良いし、にぎやかな方が良いし、赤字にならないに越したことはありません。でも逆に考えると、これを達成すれば成功という基準はないのです。
一回限りのイベントが地元のAAを大きく変えてくれるわけではありません。そのことは経験的に分かっています。でも、何もしないでいると、自助グループというのは尻すぼみに衰退してしまいます。苦労して(?)何かをなし遂げて、わずかばかりの成果を得るのです。その積み重ねでなんとか現状維持+αを遂げているのでしょう。
すごく効率の悪いやり方にハマっている気がしないでもありません。でも、もっと効率の良い方法があったら「教えて欲しい!」と叫びたいぐらいです。
もっとよい方法があったならば、依存症の治療法はもっと昔に確立されて、病気に苦しむ本人も家族も、もっとずっと数が少なかったに違いありません。でも、そうはならなかったし、今もなっていません。だから、効率が悪かろうが既知の手段を取るのです。
もしAAで誰も助からなかったら、とっくにAAには見切りをつけていたでしょう。でも、全体に比べればわずかな数ではありますが、助かる人間がいるのです(自分も含めて)。その助かった喜びは、イラクから救出された3人の喜びに勝るとも劣りません。
「くだんねー」「つまんねー」「もー飽きた」と不平ばかり並べながらも、僕がAAをやめられないのは、そこに理由があるのでしょう。
2004年04月15日(木) 可換なもの 僕の住んでいるところから西を見ると、3000メートル級の山が立ち並んでいます。真冬にその山に登ろうという人間の気が知れませんが、「そこに山があるからだ」と言われれば、そうなのかなと納得してしまいます。
一冬にいったい何人が入山するのか知りませんが、毎冬たいてい遭難する人がいます。登るからには自己責任なのですが、だからといって遭難した人間を放っておくわけにもいきません。県警のヘリも飛ぶし、民間のヘリもチャーターされます。捜索隊が雇われて入山します。指が何本か無くなっていても、生きて帰ってくれば万事オールライです。人の命は金には替えられません。
イラクの3人の命も、金で買えたのならそれで良かったではないかと思います。例えその原資が税金であったとしても(うがち過ぎか?)。
仕事中に今度は全県版のローカル紙から電話がありました。オープンスピーカーズの予告記事を書いてくれるということでした。質問されたのは「事前申し込みは要るのか」「途中で話をする一人は病院のスタッフなのか」「問い合わせ先は東京のセントラルオフィスでよいのか」でした。
AAのイベントは(宿泊しない限り)事前申し込みは不要なのが普通なので、わざわざそのことを断ったりしなかったのですが、世の中ではたとえ参加無料でも、参加の申し込みが必要なイベントが多いってことなのでしょうか。
オープンスピーカーズミーティングと呼びながら、実際には参加者の九十数%がAAメンバーという実態は、ぜんぜん「オープン」でないのでないか? という素朴な疑問に端を発して、新聞への予告記事という方向へ今回は走ってみました。オフィスの電話が鳴りっぱなし、というわけでもなさそうです。
さて、当日ふたを開けてみて、実際どれくらいの人が「初めてAAにやってきた」人なのでしょうか? 答えは3日後です。
(病院や保健所へのお知らせはいつもどおりやっていますよ)
2004年04月14日(水) 正直と馬鹿正直 先日のことですが、ホームグループのミーティング会場を借りている公民館の隣の村役場から電話がかかってきました。もちろん勤務中の電話が歓迎であるはずもないのですが、これも7章に書かれている12番目のステップの一部だと思って諦めるようにしています。ステップのなかで自分に都合の良いところだけを受け入れていれば楽なのでしょうが、どうもそれでは前進しないようなのです。
先月、公民館の利用料減免申請書を提出したのですが、それには団体の名簿をつけなくてはいけませんでした。そんなものは作りようがないので僕の住所と名前だけを書いて、あとは会の規約上名簿を作成も公開もできませんと書いておきました。ところが、それでは規則上よろしくないというのです。
AAのことを紹介するパンフレットを同時に出しておいたので、こちらの事情もある程度分かっている様子でした。こちらも無理を通そうとは思いませんから、「減免は通らなくても、公民館さえ使わせてもらえれば、有料になってもかまわないのですが」と言ってみたものの、それでも納得していただけません。
「村の在住者が5人以上参加している必要があるのです」と言われました。
昨年はそんなことは言われなかったのですが、規則は変わるものだし文句を言ってみても仕方ありません。
「村の在住者もいるとは思いますが、こちらとしては確かめようもありません」
そう、人口7千人の村に5人もAAメンバーがいるわけがありません。
「口頭でかまいませんので、5人以上いると言っていただけると、私も上司に説明しやすいのですが・・・」
僕は一瞬躊躇しました。「はい」と言えば、それはおそらくは嘘になるでしょう。でも「いいえ」と答えれば相手は困ったことになるでしょう。都会の市役所と、田舎の村役場では、いろいろと事情も違います。余計な変化が起きるのは好ましくありません。
「正直と馬鹿正直は違う」
という先人の言葉を思い出して、「おそらく5人はいるんじゃないでしょうか」と答えておきました。
前回も、前々回も参加者は二人でした。「またひとつ嘘をついてしまったな」と思ったものですが、その思いすらすぐに忘れてしまい、ここ数日、そんなことがあっとことすら思い出せないでいました。
5人の村民が名簿に名前を書いて提出できるまでグループが成長すれば、こんな悩みはなくなるのでしょうが、それはだいぶ未来の話になるでしょう。
2004年04月13日(火) ひみつ資金 「毎年この時期になると調子が悪くて」と春も夏も、秋も冬も言っているような気がします。薬を飲まないとうつが悪化します。でも飲むと眠くなります。眠気・だるさというのは典型的な副作用なので心配はしていません。しかし、飲んでも飲まなくても、あまり結果は変わっていないような気もします。
仕事を午前中休みをもらいまして、寝ていたら少し楽になりました。身体の疲れは心の疲れ、心の疲れは身体の疲れ、なのかもしれません。
毎月給料から数千円を天引きして、積み立てをしています。以前は「社員旅行積み立て」と呼ばれていたものですが、誰も社員旅行に行きたくないという理由で毎年4月に払い戻されます。音沙汰がないので、経理に催促してみたら「すっかり忘れていた」そうであります。ともかく今週中には現金を手にできそうです。
この積立金払い戻し・年末調整の払い戻し、このふたつは時期が来れば期待できる「ひみつ資金」であります。でも身につかないで、使っちゃうんですけどね。
2004年04月12日(月) 紙の新聞 仲間の2年のバースディミーティング。女性なので花束をプレゼント。
普段花など買わないので、どれを買ったらいいのか悩んでしまいました。チューリップにカスミソウにミニバラ。ラッピングに時間がかかったのは、選定に無理があったせいでしょうか。おかげで、ジャスコの入り口の花屋前で10分以上立ち尽くす羽目になりました。
しかたなく花を眺めていましたが、ラベルが張ってないと何という名前の花なのか分かりません。
そう言えば父は園芸が好きでした。花き農家をやっていれば幸せだったのかもしれません。富山のチューリップ祭りに行きたいと願いながら果たせなかった父。なぜかアメリカとフランスには行った父。今度はフランスの田舎を訪ねたいと、ラジオのフランス語講座を聞いていたっけ。でも、耳が悪くなって、聞き取れずに苦労していたようでした。好きだったクラシック音楽も聴かなくなって・・・。
「本は年老いてからでも読めるが、音楽は老いてからでは楽しめん。心しておけよ」
先週の日経新聞の夕刊に女性のAAの記事が載ったのだとか。事前にセントラルオフィスから話を聞いて知っていたのですが、長野県には地元紙以外に夕刊はありません。全県そうなのかどうかは知りませんが、ともかく僕の住んでいるところでは、夕刊を読みたかったらローカル紙を取るしかありません。
全国紙の朝刊も、締め切りが一番早い版が割り当てられていて、プロ野球の結果とかも、試合が9時半ころまで続いていると、途中経過までしか載りません。
ニュースはネット上で朝日と産経のサイトを読んでいます。なのになぜ紙の新聞を読んでいるのか? 閲覧性の良さ、雑報の類、テレビ欄あたりに必要性を感じているのかもしれません。世の中を総覧的に見るには、やっぱり紙の新聞が一番なのかな。
ちなみに僕が新聞を読むのは夜10時ぐらい。24時間前のニュースを読んでいることになります。
2004年04月11日(日) いかなる論争にも参加せず、賛成も反対もしない サマーワの安全も、邦人3人の身柄も金で買っているのではないかと、疑り深く考えてしまうひいらぎであります。
ま、そんなことはともかく。
2月に保険証の切り替えがあって、新しい保険証を貰いました。いままで慣れ親しんだ三つ折のものではなく、家族一人ひとりにクレジットカード大のプラスチックカードが配られました。もちろん7才と5才の子供にも一枚ずつです。
今までは家族に一枚だった保険証。家族が別居して暮らすために、遠隔地保険証?というのが発行してもらえて、これが単身赴任やら就学学生やらの必要を満たしていたわけです。でも、これは保険証の筆頭者(本人てやつ)の申請がないと発行してもらえません。
でも世の中には筆頭者の意に沿わずに別居するケースもたくさんあるわけです。つまり、別居だとか、DVが原因で脱出したケースとか。こういう場合には、飛び出したほうは保険証が使えなくなるわけなので、病気になったときにとても不便だったわけですが、それもこれで解消ですね。
健康保健でこれができるなら、なんで納税者番号制度は実現できないのかなぁ。貧乏人のわずかな定期預金の、さらにわずかなスズメの涙ほどの利息からも、きっちり税金を取られてしまうのはなぜなんだろう。均等課税の消費税と違って、所得に対する税なのに。やっぱり、公にできない所得の多い人が政治をやっているからかな。
まあ、政治にまつわる話は置いておくとして、今日は来週やるオープンスピーカーズの横断幕を作りました(紙だけど)。長尺印刷のできるプリンターなんて日ごろは欲しいとは思わないのですが、A4版の紙を張り合わせていると、面倒くささにため息がでました。
「ひいらぎ」の名前を使うのもあとひと月になりました。バースディの日がきたら、ニックネームはファーストネームを使うようにする予定です。
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