心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年01月04日(日) カウンタ

ホームページの最下段に設置してあるアクセスカウンター。
これはお手製ではなくて、レンタルです。
たしか昨年末には23,000ぐらいだったはずですが、15,000ぐらいに戻ってしまいました。

どうやらサーバーのハードディスクが飛んだらしく、おまけにバックアップのHDDまで壊れてしまい、古い古いデータしか残っていなかったというのだから、お粗末な限りです。しかし、無料で借りているのだから文句を言えたものではありません。
僕は仕事でパソコンの高信頼化に取り組んだことがありますが、部品点数が増えるぶんだけ故障もふえて、結果的に信頼性が上がったのか、下がったのか判断しかねる場合もしばしばです。
市販のパソコンの値段はひところに比べれば半額ぐらいに下がったけど、信頼性のほうも下がっちゃったのではないかと思われます。メーカーのほうも他社より高ければ売れないわけで、安かろう悪かろうの部品を使うのも背に腹は変えられないといったところでしょう。

他山の石として、自分のところもバックアップを取ることにしました。半年振りにテープドライブを持ち出しましたが、テープ1本に6時間ぐらいかかります。その間PCを使わないのはもったいないので・・・と操作していると、途中でハングアップさせること数回。現在4回目のバックアップやり直し中です。

明日から労働だ。何が嫌だといって、朝のミーティングで「一年の目標」を言わなければならないのが嫌です。工場勤めしていたときにも感じたんだけど、僕は「強いられた自発性」というものが一番に嫌いです。あーやだやだ。
AAの献金だって「自発的な献金」であるはずのなのに、予算とか決まってるとなんだかなぁ、と思ってみたり、唸ってみたり。


2004年01月03日(土) 自らが無力であるからこそ

昨日の電話の番号へかけ直してみました。亡くなっていたのは、妻の手話サークルの友人だと判明しました。自殺であったそうです。

交通事故死の3倍以上の人口が、毎年自殺で失われていく。なのにそれに対する対策が十分に行われているとは思えません。昔の研究ではアルコール依存症者の死因のトップが自殺で、次が事故、内臓疾患はその後で、一番多かったのは「不明」でした。最近では依存症は研究対象として人気がないというお話なので、こうした研究が今も続けられているかは知りません。

1998年から自殺が急増したことは新聞などでも報じられています。増えたのは男性で、50〜64才の年齢層だとか。やっぱり背景に長引く不景気の影響があるのでしょうか。大都市では実数は多いのですが、人口比で見ると実は田舎のほうが多いのです。都市部のほうが、なんだかんだ言っても仕事があるからなのかもしれません。

犯罪も増えています。先日も妻が車を文化センターの駐車場に止めている間に、車内を物色されました(ロックはしてあったそうですが)。もっとも窓ガラスを割られなかったぶんだけ幸運であったのかもしれません。

新聞はそんなことは書かないだろうけど、今後は経済的中流層が崩れて、貧富の差が広がっていくでしょう。僕は真ん中の線より上には行けないでしょう。年収も百万円以上減りました。変わらず暮らしていけるのは車のローンが終わったからに過ぎません。数年後に今の会社が存続しているかわかりません。

まあ、経済的不安の無い人なんてこの世の中に一握りしかいないでしょう。安定を得ようとシャカリキに働いてみたって、一度転んだランナーは先頭には立てないものです。名を成さず、財も成さず、たいして人の役にも立たず、世の中にうずもれて生きていきたいものです。
ただ、挫折に対して強くありたいです。自らが無力であるからこそ、なおさらに。

正月早々、暗い話ばかりですまんす。


2004年01月02日(金) 謎の年賀非礼

二日目の夕食まで実家で頂いて、帰ってくると留守電が一件残っていました。
年老いたしわがれた男の声で「年賀状ありがとうございました。が、○○は昨年3月に死にました。亡くなりましたんでよろしくおねがいします」という内容でした。
内容からして、妻はすっかり僕の範疇だと決め付けています。僕もたぶんAAの誰かだろうと察しました。誰がいつ死んでもまったく不思議じゃないギョーカイ?に生きているのですから。(誰か飲んで死んだかな。でも○○なんて名前に覚えがないなぁ)・・・。

番号通知された電話番号は市内の番号です。亡くなった方の名前は言っているものの、苗字は名乗っていません。こちらからかけ直すには遅すぎる時間であります。住所録をあたってみても、それらしい番号は見当たりません。

こちらが出した年賀状は宛名書きは全部プリンターでやったので、○○という名前を探してみましたが見当たりません。考えてみると、電話があったのは一般用の電話番号です。僕はAA用に別の番号を用意していて、AA仲間に教える番号も、年賀状に載せた番号もAA用番号のはずです。

ところがかかってきた電話は一般用の回線へです。僕は今年は市内へはAA以外で年賀状を出してはいません。妻にも心当たりが無いというし、念のため義父母に聞いてみても知らないと言われました。なにかの間違いなのでしょうか・・・。
僕は数年前から電話帳への掲載は止めています(おかげで電話セールスがすっかり減りました)。わざわざ古い電話帳を引いたのならいざ知らず、僕の名前と電話番号を、相手はどうやって知ったのでしょう?

謎は解けないままなのですが、どうやらどこかのアル中が酒を飲んで死んだと決まったわけでもなさそうです。そういえば、以前より「飲んで死んだ」という話を聞かなくなりました。それは以前はよほど末期でないと医療や自助グループにつながらなかったのが、最近では早期介入・早期治療が当たり前になってきたからでしょう。酒を止めるのはそれだけ難しくなくなったはずです。退院後2年の断酒率の統計を取ったら、きっと1980年台よりずっと向上しているでしょう。
だが、何年酒を止めていようと、一杯飲んだらぶり返してしまうのがこの病気です。何年も、十何年も人生を謳歌した後に、再び酒につかまって自助グループに戻ってくるという話が、日本のAAには相対的に数が少ないだけです。あと10年、20年後には、もっと幅広い経験談が語られることになるでしょう。


2004年01月01日(木) 元日

紅白歌合戦も見飽きて、おなかもくちくなったので、パソコンのある部屋に移動して、すこしいろいろやっているうちに日付が変わってしまいました。「世界で一番の花」も見れなかったし、女子十二楽坊も見れませんでした。

僕は婿養子なので、元日は義父母と(妻と子供と)一緒に過ごすことになります。夕方までに実家に移動して、そして夜は近くの病院の病院メッセージに参加するでしょう。実家で丸一日を過ごしたら、2日の夜にはウチに戻ってくる予定です。

新年だからといって、特別に抱負を語ることも無く、今年も24時間の生き方を続けていきたいと思います。

今年も三が日特別表紙を用意しました。年賀状も同じ写真を使っております。


2003年12月31日(水) 大晦日

月に2〜3回しか更新の無いサイトを、毎日訪れてくれる人というのは、おそらくは雑記を読んでくれているのだろうと察しています。今年もだいぶサボった日もあったけれど、なるべく毎日雑記を書くように心がけました。たぶん書くのをサボる日々が続けば、もう二度と書くことはなくなってしまい。サイトの更新意欲もなくなって、ほったらかしにされ、そしてサーバーのレンタル期限が終了すると同時に『心の家路』も存在を止めてしまうだろう・・という崩壊の構図が見て取れるからです。

AAミーティングへの出席も同じようなもので、「もうやめた」という決意で来なくなる人というのは多分少数派なんでしょう。2〜3回なにかの都合で行けない(行かない)ことが続いてしまうと、そのままなんとなく通うのを止めてしまう人が多いのじゃないかな。

サイトを維持しているのは、もうひとつ理由があって、エンジニアとしての技量を広げようという欲と楽しみがあります。今年は掲示板を設置しようとcgiの本を何冊か買ってきたのに、結局やらずじまいでした。携帯電話から見られるようにしようという計画もあるのだけれど、いつになったら実現するのか見当もつきません。

来年もきっとこの愚にもつかない雑記を書き続けていくでしょう。今年一年どうもありがとうございました。来年もぜひよろしくお願いします。


2003年12月30日(火) レコード

1000円のケーブルを交換すると、パソコンは無事に青ざめなくなりました。ヨドバシで買った安いDVD-ROMドライブは不用品になってしまいました。やれやれ。ついでに言うと(値段は秘密だけど)CD-RWドライブも買い換えてしまいました。
物欲の人に金を持たせるとロクなことはないですな。

LPプレーヤーが無事届いております。中国製ですげー安っぽい感じであり、アームを動かす仕組みがプラスチックの歯車で安っぽい動作音がしたり・・・。でもきちんと動くから不思議です。機械は単純明快なのが一番ですね。
問題は、レコードクリーナーがなくて、ほこりの多いレコードだとスクラッチノイズが激しいことでしょうか。

80年代、LPレコードがCDに置き換わっていく頃のことです。30cm45回転シングル盤というのが流行り、しかもシングルとアルバムではアレンジが違うという、小賢しい販売促進策が始まった時代でした。アルバムのほうは後日CDが発売されるのですが、シングルのほうはCD再発売がないものも多かったです。十数年ぶりでそういう音源を聞いていたりします。

アルコールで失った年月を取り戻したいという気持ちが心の奥に眠っているのかもしれません。そういえば、AAのメンバーは年齢よりも若く見える人が多いですね。「酒のせいで人生経験が切り取られてるからだよ」とは口の悪い仲間の言葉。


2003年12月29日(月) 細い道

世の中の誰も彼もと一緒に仲良くやることはできない。
この冷徹な事実に、僕は目をそむけてばかりいるのです。

みんなに気に入られたい。みんなと仲良くやりたい。みんなに歓迎して欲しい。

これがひっくり返ると・・・

どうして僕のことが気に入らないのか?
どうして僕と仲良くしてくれないのか?
どうして僕のことを歓迎してくれないのか?

そんなことが心のどこかに引っかかって消えてくれません。ある場合には僕は尊大に出てみる。逆にみんなに気に入られようと一生懸命がんばってみたりする。でも、事態はちっとも変わってくれない。悩みはいっそう深くなるばかりです。

誰にでも気に入られ、誰とでも仲良くなれ、誰からも歓迎される・・・そんな自分が世の中のどこかにいるような気がしてならない。その幻想をいつも追いかけている。

そんな超人のような理想を自分に押し付けるなんて、なんてわがままで、なんて傲慢なんだろう。もし他人から「完全無欠の自分を目指せ」なんて言われたら、僕はそいつを蹴っ飛ばすに違いない。でも、自分で自分に押し付けるぶんには、まったく気にならない当然のことだと勘違いしてしまうのです。

僕のことが視界に入っていない人もいる。僕は人に嫌われることもある。僕と係わり合いになりたくないと思っている人もいる。それだけのことなのに、何日も何年も落ち込んでみたりする。

人は励まされる必要がある。それは真実なんだけど、いつも優しい言葉ばかり探して投げつけているのは、相手にも自分にもプラスにならない。甘い言葉をかけてくれる人に、もっともっとと甘えていけば、いつかはしっぺ返しを食らうのは当たり前のこと。

傲慢の岩山と、自己憐憫の沼の間の、謙虚という細い道が私たちの歩むべき道だと先達は言いました。だがその道は余りにも細く、左足は沼に浸かり、右足は斜面にかかったまま、僕はずるずると歩いているのです。


2003年12月28日(日) Enjoy Life

深夜、寝ようと思って居間へ行ったら妻がテレビをつけっぱなしのまま寝てしまったので、スイッチを切る前にチャンネルを回してみました。アニメ専門チャンネルで、サイボーグが活躍する映画をやっていたので、思わず見入ってしまいました。終わって時計を見ると、午前3時になってしまいました。
エンドクレジットの最後に「押井 守」の文字を見たときには、ああやっぱりそうだったのかとうなずいてしまいました。アニメのタイトルは「攻殻機動隊」というやつです。ヲタクとしては一線を退いて長いけれど、その気持ちが消えてなくなったわけではないですな。

相変わらずWindowsが青ざめるので、原因を考えてみました。そういえばAAの用で東京へ行ったとき、新宿の西口の○ドバシカメラで「一番安いDVD-ROMドライブ」を買ったんだっけと思い出しました。やっぱり安物買いの銭失いというやつでしょうか、名も知らぬメーカーよりもやっぱ国産品だよね〜と、近所に買いに行きました。

買いました。

症状は変わりませんでした。

落ち込みました。

原因は古いケーブルにあると気がついたときにはもう夜になっていました。余計な7000円の出費にどよ〜んと落ち込んでおりました。
年賀状作成完了。休暇を楽しんでおります。


2003年12月27日(土) Windowsが青ざめる

早朝から昼まで6時間睡眠。

グループの会計処理をしました。この6ヶ月の献金を全部数え、JSOとセントラルオフィスに半分ずつ分けました。郵便局へ向かう途中で、ふと地区委員会への配分を忘れていたことに気づき、家へいったん帰って3分の1ずつに配分しなおして、また出かけました。
歳末の郵便局は、年賀状を出しにくる人だとか、僕のように年末の支払いを済ませる人だとかで混み合っていました。

なんとなくパソコンの調子が悪いです。こうして文章を書いている途中にも、突然「ブツ」という音とともに真っ青な画面に変わってしまいます(これをWindowsが青ざめると言います)。今日は何度リセットボタンを殴りつけたことでしょうか。

新種のウィルスが流行っているのか、メールを受信するたびにアンチウィルスが反応します。ウィルスといえば、今年はインフルエンザはどうなんでしょうね。酒を止めた後に一回インフルエンザにかかったことがありました。高熱が出て、手足が振るえ、汗がびっしょり、寝ていてもうなされてばかり・・・。でもアルコールの禁断症状に比べれば、たいしたことはなかったかな。逆に言うと、毎日がインフルエンザより酷い症状で、よくもまあ飲みながら生きていたものだなぁ、と過去を振り返ってつくづく思います。ああ、あの頃には戻りたくない。

最後の入院のときに、酒歴発表というのをやったのですが、掃除をしていたら、その手書き原稿が出てきてしまいました。あの頃の感じ方は、今とはだいぶ違うと思う部分もあるのですが、ちっとも変わっていない部分もあります。
面白いから、「心の家路」に収録しようとタイプしていたら、Windowsが青ざめました。もう、今日はやめやめ。


2003年12月26日(金) 大掃除

朝から会社の大掃除。窓拭きおよび床掃除。
リストラなどで人数が半分近くに減ってしまい、しかも今日も実務で社外に出ている人間がいるという状態で、完全に手不足なので、完全に手抜きな掃除でありました。
かかってくる電話の数だけはいつもと変わりありません。年末が押し迫っても営業という職業の人たちは、日々と変わりないようです。製造業の人たちは、今週は祝日があったこともあって、明日土曜までの営業のところが多いようです。サービス業の方たちは年末年始も関係ないといったところでしょうか。
欧米の会社のサポートサービスからは、もう一週間も前に「クリスマス休暇に入ります」というメールが届いています。旧正月の中華文化圏は年末年始は関係ないはずなのですが、輸出企業は輸出先(つまり日本など)が休みになってしまえば、開店休業状態だそうです。

年末調整でいくばくかの現金を頂きました。これが僕のAA活動の原資の一部となるわけです(ほかのことにも使うけど)。ふつうのオトーサンだったら、パチンコだとか競馬だとかに使ったりするのでしょうか? 僕はパチンコはやりません。あまりにも分が悪いからです。競馬で勝つには強力なデータマイニングが必要なようです。
以前、競馬を職業としている人たちに会ったことがありますが、彼らにとって競馬はギャンブルではなく、成果を出さなければならない「仕事」でした。リスクを最小限に抑える彼らの買い方は、ギャンブルというよりビジネスなのでしょう。彼らはそれで妻子を養い、確定申告もし、健康保険税も払っているのですから。

掃除のせいで早くも筋肉痛が起こり、キーボードをたたくのがつらいです。

リンク集に、れいさんの アルコール依存症者のつぶやきを追加しました。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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