心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年11月06日(木) WSM報告書到着

先日、JSOからワールドサービスミーティング(WSM)の報告書が届きました。グループのぶんと僕のぶん各1冊であります。添付の書類には「代金」として千円と記されていて、「ビジネスミーティングにお計りのうえ、グループの良心に基づいてご送金ください」と丁寧に書かれてあります。というわけで、実際には請求書と同じぐらいの効力をもった振込み書も2枚届けられたわけです。
今日になって、さらにもう一冊届けられました。「またかよ」と思っていたら、こちらは翻訳ボランティアのお礼ぶんで振込み書はついていませんでした。僕は他の人にぐらべれば3分の1ぐらいの分量しかしていないのに、恐縮であります。でも、自分の努力の結果が印刷物に反映されるというのは嬉しいものです。実際この報告書に目を通す人がどれだけいるかは知りませんが・・・。少なくとも日本の評議会報告書よりは面白いかもしれない。

僕も全部読んだりはしないのですが、中には面白いところもあります。
ほとんどすべての国で、アルコール以外の問題を持つ人の参加が増えているそうです。いくつかの国のグループでは、焦点をアルコールの問題に絞るということについて、とても厳格な考え方を持っているという報告があります。しかし、ミーティングフォーマット(形式)については、あくまでもグループの良心によって決定されるべきだという指摘もあります。
ここでも、AAの単一の目的を維持するのと同時に、アルコール以外の問題についても拒否一辺倒ではない柔軟な対応が必要とされていることが示唆されています。

(SARSの嵐がやっと吹き止んだ)7月に香港でアジア・オセアニアサービスミーティング(AOSM)が行われていて、すでに報告書も届いているそうです。これには17人のボランティアの応募があったそうです。僕らの共同体の財産は常に「経験の分かち合い」なので、他国のAAの実情を知ることができるようにする、というのもひとつのメッセージ活動と言っていいでしょう。日本のAAの出版は、つねにメンバーたちの第12ステップの実践によって維持されているのです。


2003年11月05日(水) ワールドカップ本戦

結局ワールドカップ本戦で、日本は一勝もできなかったというわけです。ラグビーの話ですけど。みんなこっちのフットボールのほうには興味がないみたいなのです。ルールがサッカーよりずっと複雑なのが原因なのかもしれません。しかもしょっちゅうルール改正されるし。という僕も、決勝トーナメントまで見ようとは思わないので、半端なラグビーファンにすぎません。

台湾での仕事が終わった後は、残務などはいろいろ残っているのですが、大きな仕事は入っていません。こうなっちゃうとすっかり気持ちが緩んでしまって、仕事に身が入りません。まさしく燃え尽きちゃった感覚です。でも、こういう動と静があるからこそ、忙しい時期のストレスに耐えられるのでしょうね。この時期にヒマだと、ボーナスが出るかまた心配しないといけませんけど。

しばらくは、この中だるみの状態に身を任せ、心身ともに弛緩させて休めていきます。


2003年11月04日(火) 場所代

2年前に、この日記をはじめた頃には、インターネットにアクセスできるAAメンバーなんて「多く見積もってせいぜい100人ぐらいじゃないか」と話し合っていた覚えがあります。そんな限られたコミュニケーション手段にエネルギーを割くなんて、無駄ではないかという議論があったわけです。

あれから時代はすっかり変わりました。パソコンの普及率はそれほど変わっていないと思うのですが、ネット接続者は増えたでしょう。接続業者が、ADSLモデムを無理に押し付けるような強引な勧誘をやったりして、契約者を増やしたのも貢献しているかもしれません(モラルとしてどうかとは思うけど)。
AAのJSOも、セントラルオフィスのいくつかもウェブサイトを持つようになって、メンバーのサービス実務も電子メールでの連絡が当たり前のようになりました。

『心の家路』もそろそろリニューアルの時期かなと思っています。コンテンツを変更する時間も心の余裕もないので、レイアウトなどを変更する程度でしょう。それでもホームページのインデックスは、かなり変更したいと思っています。コンテンツのほうは「90の道具」を最後まで走りきるというのを優先にして、「AAとは何か」という素朴な疑問に答えられるようなものも加えていきたいです。「長野県内のAA情報」を片隅に追いやって、Yahooの地域カテゴリから脱出したいという目論見もあります(野望とも言う)。

ieji.org のドメイン名は維持料を9年間ぶん払っておきました(ディスカウントがあったから)。「場所」じゃなくて「住所」にお金がかかるというのは不思議な話であります。「場所」のほうは、1年分の場所代の催促が来たので払っておきました。独自ドメインに移ってから、もう一年が経つのですね。はやいなぁ〜と嘆息するのでした。


2003年11月03日(月) 雨は夜更け過ぎに雪に変わったりはまだしないよ

雪雨の季節のために洗車と撥水剤塗布をやったとたんに雨が降ってしまいました。せっかく洗った車を汚しながらミーティングへ行ってきました。テーマはビッグブックの中から「毎日の執行猶予」。

ミーティングの後で雑談。「松本のOAは?」と言われたので、あれはOAでもNABAでもないらしいよ、という話をしました。実際のところ僕は門外漢なので、情報は持っていないのです。男性だし、摂食障害も持ってないし(否認か?)。
僕よりもずっとソブラエティも長いし、いろいろなことにコミットしている仲間の話を聞いて、いろいろと参考になりました。怒りや憎しみや問題行動を抱えている人は、それによって生き延びているのだということ。そうでなければ死んでしまうこと。以前読んだ本の内容とちょっと似ているような気がしました。

三日間はあっという間に過ぎ去ってしまった気がします。台湾から帰ったときは62Kgあった体重が、2.5Kg減ってしまいました。太りすぎると食欲が減るのは、ホメオスタシスなのか、それともエゴがエスを支配しているのか。体重計に乗って数字が小さくなっていると、わずかながらも喜びがあります。これは病的なのか病的でないのか。

なんだか、フィリップ・K・ディックの小説のように自問自答したりしています。


2003年11月02日(日) 洗車PCエロマンガ

土曜日は洗車しました。一年ぶりぐらいでしょうか。入梅前と冬に入る前の11月の年2回車を洗う習慣です。雨や雪のシーズンの前に、ガラスに撥水剤を塗るのです。まずスポンジで車を洗って、雑巾で拭いて、油膜除去剤でガラスをいったんきれいにしてから、撥水剤を塗ります。今回はまめにワックスまでかけてしまいました。今年は入梅前の洗車をさぼったおかげで、1年ぶりのワックスがけになりました。前回のワックスは跡形もありませんでした。銀色の車は、ワックスをかけてもちっとも輝いてはくれません。何のためにワックスをかけているのか、自分でも意味を見出せません。

ミーティングの帰りの夜道が雨だったりすると、結構神経をすり減らします。雨のドライブをすこしでも楽にして、危険を減らすために、ガラスのメンテナンスだけは欠かせません。

夕方からまたPCが起動しなくなってしまいました。復旧に朝まで時間を取られて、日曜日は昼まで寝ていました。午後はAAの資料作り。「なぜ私はひいらぎなどと名乗って、挙句にこんなことに時間を費やしているのか? それより外へ行って子供達と遊んだほうが良いのではないか?」という疑問が心の中に湧きあがってきたのですが、睡眠不足の頭痛の中に消えていきました。

PCのパーツの値段を調べてみると、秋葉原で2万8千円。地元だと3万5千円ぐらいです。完全に壊れてしまう前に代替品を用意したほうがいいのかどうか・・こちらも頭の痛い話です。

陽気婢(ようきひ)というペンネームのマンガ家の本をまとめ読みしました。最近では(美少女系)エロマンガばっかり描いている人です。話も面白いし絵もきれいなんだけど、やっぱり男女が親しくなって数コマ後にはセックスが始まっているというのは、エロマンガの抱える宿命かも。
美少女エロというジャンルは、たいして努力もしていない男の前に、可愛い女が現れて、ひょんなことから二人は親しくなってしまい・・・しかも彼女は実はそうとうエッチである(場合によっては処女なのに妙に積極的なのだ)という「男の煩悩全開」の話が半分以上なんです。だから商業的価値が発生するのだろうけど。
版で押したように同じ話を読んでいて飽きはしないか、と思うこともあるんだけど、現実にありえないものこそ「夢」として楽しめるものなんですよ。でも世の中には夢と現実の区別があいまいな人も多くて困ってしまうのだな。


2003年10月31日(金) 眠気吹っ飛ぶ

毎夕毎夕眠いです。夕食を食べてさっそく寝ようとしたら、妻から「風呂に入ってから寝てくれ」と言われたので、しかたなく風呂に入り、すると中途半端に眠気が取れてしまったので、パソコンを起動して何かしようとしたら・・・・電源は入るのですが、起動しません。何度リセットしても、電源を入れなおしてみても、起動しないものはしません。BIOS画面すら出ずに、HDDのアクセスランプがつきっぱなしです。

そういえば、最近起動時にキーボード関係の意味不明なエラーを出していることがあったので、気にしていたのですが、まさか故障の前兆とは・・・あちこちいじりまわし、CMOSメモリクリアという技で復活できたのはめでたしめでたしなのですが・・・、根本の原因は不明のままです。また、いつ調子が悪くなるか不安です。

さて、「AAも原書で読めば感じるところがあるのか」という話を掲示板のほうで頂きました。

僕なりにお答えしましょう。「あんまりないです」

日本語にまだ訳されていないものに接することができる、という点では確かに利点がありますが、重要なものはほとんど日本語に訳されています。そして、すでに訳されているもので、翻訳の質が極端に悪いというのはそうありません。確かに日本語として読みにくいものはあります。それは、翻訳に必要なのが英語の読解能力+日本語の記述能力だからであり、両方を兼ね備えたAAメンバーってのは数が限られているからです。僕も前者の能力についてはそこそこだと思っていますが(うぬぼれ?)、後者の能力については自信はまったく持っていません。

あえて、日本語訳の質が悪いAAの本を挙げてみるなら「12の概念」が読みにくさでは最悪。次が「成年に達する」。いずれもあんまり売れない本です。数がはける本は、何らかの形で翻訳の改訂が行われますから、質も少しづつ向上していきます。今の出版局は、誤字脱字・誤訳超訳をまめに直していく方針のようです。

そんなわけなので、僕が日本語のAAの本で理解できない部分を、原書であたってみても、やっぱり理解できないケースがほとんどです。それは自分がまだその段階まで成長していないからだと思っています。もちろん翻訳の質に疑問を感じる場合もあるのですが、(富山出張のときにやってみたように)自分なりの翻訳を考えてみても、単に自分に読みやすくなるだけで、質が向上するというわけでもありません。
ただ、これからやってくる人のためにも、もっと全般に読みやすい本にしていくべきだとは思っています。

さて、「翻訳されていないもの」に接することができる幸せは存在します。ただ、それを自分ひとりの恩恵にしておいたら、何にもならないというのがステップの教えるところです。なので、呻吟しながらそれを翻訳して、恥ずかしながらもインターネットに公開したりしているというわけです。人々がそれを恩恵として感じてくださるかどうかは、僕の問題ではなくて受け取り手の問題だと考えることにしています。でも、フィードバックはいつでも歓迎です。


2003年10月30日(木) 老舗はえらそうだ

Wally P.のBack to Basics(B2B)とHow to Listen to Godという本が手に入りました。B2Bのほうはすでに日本語訳があるのですが、いちおう原文も押さえておきたいという理由と「安かったから」という理由で買ってしまいました。ちなみにB2Bは、ニューヨークのAAのGSOから「改訂の提案」を受けて第2版となっています。

実は台湾に行く前に注文して、でかける直前に届いていたのですが、いそがしさにまぎれて忘れていた次第です。注文して3日後ぐらいに届いたので、びっくりしてしまいました。送料も$9.50とお安くなっております。いつも最低一週間は待たせるくせに、$40以上送料を取る某社とはえらい違いであります(もっと安いポスタルサービスを使えよ! だいたいあそこは「船便」を指定しても航空便で送ってくるし、ぶうぶう。どうせ買ったって、すぐ読むわけじゃねーんだから、何ヶ月先に届いても同じなんだよ!)

仕事がヒマになってきたので、勤務中にも関わらず「こころの科学」とか読んでいます。「依存性のない物質の乱用や、行為の繰り返しに対しては依存症という言葉は使えない」 どこで線を引くか、かなり明確なので納得してしまいました。

ところで前の段落で、ひとつしか例を挙げてないのに「〜とか」という言葉を使ってしまいました。けれど、最近はNHKのアナウンサーも原稿を読まずにしゃべっているときには使っているので、もはや日本語として定着したということでしょう。日本語IMEが「ら抜き言葉」を平然と変換してくれる時代です。「正しい日本語」なんてものがあるとは信じないけれど、時代とともに言葉も代わっていくことを実感します。

最近は、夕方眠くて1〜3時間ぐらい寝てしまうこともしばしばです。そのぶん夜更かしして、睡眠不足でまた夕方眠いという悪循環です。


2003年10月29日(水) 道程

誉められても素直に喜べない自分がいます。疑心と誤ったプライドが原因でしょうね。

相手は本心から誉めているのか、それともからかっているだけなのか。それから、いちいち儀礼的な賞賛に舞い上がっていて「単純な人物」と思われたくないという意識もあります。ほめる・けなすで簡単にコントロールされたくないという反発もあるかもしれません。

Keep it simple というのがAAのスローガンです。ま、AAの独占物ではありませんが。さらに、Keep it simple, stupid の頭文字をとって KISS という略語にしたりします。「単純にしろよ、この間抜け野郎!」というわけです。

感情も単純でありたいですね。ようするにバカでありたいということでもあります。変に屈折したくない。でも、ひねくれ者の自分がいます。

「率直に行こう、率直に。気取るのは良くないことなのだ」とドン・キホーテも言っています。

他から「バカにされたくない」というプライドが、プラスの方向に働いて成長できる自分であるならば、今ごろ大成功して安泰な生活をしているはずです。毎日に呻吟して生きている現実が、「バカにされたくない」というプライドがマイナスにしかならない自分を証明しています。
どう思われたって、僕は僕であり、僕は僕でしかないのだ。

でも自分ひとりでは「そんな僕で十分なのだ」という自己肯定ができないのです。ミーティングに行き、話を聞き、自分の話をすることで、かろうじて社会生活を営めるだけの自己肯定を手に入れているのです。

ところがミーティングに行くには車を維持したり、ミーティングそのものを維持するためにお金を出したり、つまり先立つものはお金なのです。そして、お金を手に入れるためには働かなくてはならないので、(しかたなく)働いているというわけです。
働くことに喜びを感じないわけではないけれど、「労働は社会への奉仕の機会」と思えるほど成長も回復もしていないのです。だから、いやいや働いている部分があるのです。「奉仕の機会」と思えるには、まだまだ長い道程が必要なようです。


2003年10月28日(火) トレードオフ

日本人の顔は丸いですね。みんな「たまご」のような形状をしていて、やっぱり民族差ってものがあるんだなぁーと実感します。

午前中は精神科医受診。僕はパキシルからノリトレンへの移行をしていると思っていたのですが、一向にパキシルを切らないので、そこを聞いてみました。「副作用はあるだろうが、やっぱりパキシルは捨てがたい」と言い、両剤併用を続ける方針だそうでした。僕としてもパキシルを毎日2錠飲んでいた頃に比べれば、今は副作用も減っているので、どうしてもどうしても他のものへ転換したい、というほどでもありません。このまま続けることになりました。でも、パキシル+ノリトレン≒トレドミンという選択肢はないものかなぁ。
自律制御を失ってしまった僕の脳内物質バランスは、医者との緊密な連携プレーによって、かろうじて社会生活を維持できるレベルに保たれているのです。

市内で一番大きな本屋さんへ寄って、20日発売のマンガ雑誌をやっと入手しました。ついでに、朝刊の一面の下に広告の出ていた「こころの科学」の「拒食と過食」特集号を買いました。さらにTOEICの受験雑誌もあったので買ってしまいました。

断酒会の会報「かがり火」を読んで思ったのですが、「これからは多剤乱用者が増える」という予言は当たるでしょうね。アメリカではすでに都市部を中心に、若年層のアルコホーリクの中で、純粋にアルコールだけが問題の人の割合は低下しつつあるという報告があります。日本の社会現象もアメリカの後追いをしている部分があります。エクスタシー(バツ)の流行は田舎にも及んでいます。非合法ドラッグで行き詰まった人々は、合法なドラッグであるアルコールへの依存へと簡単に転換します。そうした若者達がたくさんAAにたどり着いたときに、「ここはAAなんだからなるべく薬物の話をしないでくれ」とは言えなくなるでしょう。

ファミレスの10%割引券が手元にあったので、家族全員で食事に行きました。子供はふたりともりんご病にかかっているのですが、ほっぺが真っ赤になっている頃には、もう伝染力はないのだとか。

スキャナーが新しくなったので、新聞記事を追加してみました。(たぶんそんな面倒なことは誰もしないだろうけど)拡大画像を以前の記事と比べていただくと判ると思うのですが、ずいぶんキレイにスキャンできるようになりました。画像処理技術の進歩でしょうね。カラーの画像でも、色バランスが向上しています。

記事の内容ですが、なまじアディクションに通じているぶんだけ、お酒をたくさん飲むからアルコール依存症だろうという思い込みが激しくなりがちなんですが、うつ病の症状のケースもあるのです。当然酒をやめても、問題はまったく解決しません。当然飲みつづければ、依存症を合併することになるのですが、アルコールのケアだけでなく、うつ病の適切なケアもしていく必要があります。せっかくお酒も止まって、生活も再建途上だったのに、自殺で亡くなってしまったAAの仲間がいました。僕はもっと力になれたはずでしたが・・・。

明日からまた仕事です。行きたくありません。
うつ病と腰痛は似ているところがあります。古い話なんで例えも古いのですが、「腰痛の人の治療は、腰に負担をかけないことが大原則だ。しかし、患者にも生活がある。薪を割らなくちゃ燃料がない人に、薪を割るなと言うのは意味がない」。
働かなくても収入があって家族全員が健やかに生きていけるなら、僕は仕事なんかすぐ止めちゃうでしょうね。でも、僕にはAAが必要で、ホームグループまでの道程も長いのです。結局、僕はうつ病とアルコール依存症のふたつの治療のトレードオフの中で生きているわけです。できるなら生涯働きたいと思う心もあるしね。


2003年10月27日(月) 自分の一部

「あなた自身が意識しているかどうかはわからないが、『心の家路』のひいらぎは、実際のひいらぎが見せたい自分だけを見せているにすぎない」と、実際のひいらぎを知る人に言われたことがあります。

否定できないところがきついなぁ。別にウソをでっち上げて書いていることはない(と思う)けれど、ある種の情報を隠したり、情報をあいまいにして別の可能性へと推測を誘導したりすることは、無意識にせよ、意識的にせよやってることは認めないわけにはいきません。ま、『心の家路』は道楽でやってることですから、許してください。

今日は18日発売の雑誌を買いに本屋さんへ行きました。おもにLinuxやUnix(りなっくすやゆにっくす)の雑誌を買っていたのですが、今月から一冊だけに絞ることにしました。なぜかというと、たくさん買っても読まないからです。なぜ今までたくさん買っていたかというと、「今は読んでいるヒマはないけど、いつか必ず読んで全部知識にしてやるかんな」という(自分に対して)見栄っ張りな部分があって買っており、その結果が本棚を占領したり、読まずに捨てられたりしていたわけです。
もっとお金を有効に使おう、と思って技術書のコーナーに向ったのですが、なぜか『ホームページアクセスアップの鉄則』とかを買ってしまいました。道楽にも金がかかるもんですね。

出張手当が支給されたので、さっそく電器屋に浪費に行きました。イメージスキャナーの新モデルが安かったので思わず購入しました。「他店より安くします」という宣伝文句どおり、近くの電器屋さんよりちょっとお得な値段になっていたのも敗因であります。ついでに会員カードに溜まった二千数百円相当のポイントも使うことにしました。そんなわけで、支払額が暗算できない状態で言われた額をレジで支払い、すこし思案しました。レシートを見つつ、

「あの、これ売り場には9,800円て出てましたけど、10,800円で打たれてますが・・・」

まず値段の確認が行われまして、そしていったん返金、どっかに電話してPOSのデータ修正の依頼、そして修正された値段で再度購入、という手続きが済むまで十数分、レジの前で立ち尽くしていました。AAミーティングが始まる時間も迫ってくるし「もう買うのやめて帰っちゃおうかな」とも思ったのですが、もう保証書にハンコがついてあるし、たぶん9,800円というのも先週末の特別価格のPOPを取り忘れただけなんだろうな・・・とか思案しながら、待っていました。

明日は代休。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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