ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年06月06日(木) やっぱ病気じゃない人はすごいや 「仲間が飲んでしまった」という事態には、なんとなく「馴れて」きてしまったのでしょうか、それほどショックを受けることはなくなりました。飲んでしまうのは、やっぱり何かが足りなかったせいでしょうし、もし僕がのんだら、「やっぱり何かが足りなかった」ということなのでしょう。というか、足りないのが常で、だからミーティングに行くのかな。
それはともかく、ソブラエティを保っているにも関わらず、他の病気に罹っている仲間を見たり、その状態を伝聞で聞いたりすると、胸がぎゅうっと苦しくなるのです。そのお見舞いにも行けないのが今の自分です。
「そのうち、あんたも動けなくなる時期がくるからね」
フットワークの重くなったスポンサーに、辛らつな言葉を並べた挙句に、貰った言葉がこれです。ここまで見透かされていると、脱帽というか何と言うか。
「神様は、年々ハードルを高くしてくるからね」「は〜い」
スピリチュアルに病気で無い人は、この状態をしらふで乗り切っていけるんだよね。すごいよね。
2002年06月04日(火) ワールドカップ 結局ワールドカップは観戦しませんでした。 ドローですか。
「たったひとつの冴えないやりかた」のタイトル画像が表示されなくなってしまいました。いままで外部からの画像の参照を許してくれた JANIS も、ついにそれを禁止してしまったってわけですね。「さるさる日記」ぐらいお金を払おうとも思っているのですが、払ってもタイトル画像も置かせてもらえないんじゃねぇ・・・、と考えてしまうのです。ともかく、タイトルは文字に戻しました。
ちなみにこれは「自分の日記サイト」ですが、IEの「制限つきサイト」(つまりセキュリティの面で信用できないサイト)に入れてあります。IEの場合、ツール(T)メニューから、インターネット オプション(O)...を選び、ダイアログの中から「セキュリティ」タブを選び、「制限つきサイト」のアイコンを選択してから、「サイト(S)...」ボタンを押します。
www2.diary.ne.jp と入力して、追加(A)ボタンを押して、OK。OK。
何が起こるかは・・・
2002年06月03日(月) 頭が痛くて吐きっぽい うーむ。体調が悪いです。
土曜日は早起きする必要があったのに、金曜の晩も結果的にはいつもどおりの夜更かしとなってしまいました。土曜の朝起きたときには、疲れは取れておらず、お腹は空き、そんな状態に腹を立てていました。 たぶん、仲間に「一緒に山梨へ行こう」という約束をしていなかったら、「体調が悪いから休み」という決定を下していたかもしれません。疲れたけれど、行っただけの価値はありました。 たしかに、車のハンドルを握っていたのは僕ですが、別の意味では、彼につれていかれたとも言えます。
土曜の晩も、早く寝ればいいのに、効率が悪いのにいろいろ片付けようとして、夜更かししてしまいました。日曜日は昼まで寝た挙句、外出から帰ったらまた寝たのですが、NOVAのレッスンがあるので、夕方からまた起きて活動しました。さすがに月曜の朝起きたときには、「これは車を運転しないほうがいいな」という判断を下さざるを得ませんでした。それでも、「AAのイベントに行ったせいで、仕事休んだ」とは言われたくないんで、午後に目を覚ましたんで、会社には顔を出しました。 誰が悪いわけでもなく、自分の自己管理のふがいなさ
の問題です。
でも、山梨には行って良かったです。 スピーカーの話には、自分の過去の忘れていたひとコマを思い出させてくれるきっかけをもらいましたし、全体サービスの関係では、いろいろと提案ももらいましたし。
しかし・・・、もはや若くはないなぁ。
2002年05月30日(木) 運の良い一日 なんだかよく解らないけれど、素晴らしく運の良い一日でした。
朝起きたときには、午前中の意味の無いセールスの来訪への応対、そして午後に来るであろう「良い結果以外の解答は聞きたくない」顧客を失望させるレポートと、沈痛な打開策の模索会議が続くんじゃないかと予想していました。おまけに、夜の病院でのミーティングは収集が付かない状態になって・・・・。ま、ウツの人間の朝の頭の中はこんなものです。
出社してみて、午後の来客の担当者が病欠したので、変わりに会議に出るようにという指示が・・・。(逃げやがったな)と思いましたとも。ところが・・・・。あら不思議、病欠した彼のアイデアで、午後の顧客の問題はほぼ完全にクリアーになり、「時間をかけていただいただけの成果はありましたね」と感謝される始末です。
(実は何にもしてなくて、二日前から慌ててやったてたんだけどね)。
午前中のセールスマンとも、意外な商談の展開に双方ともびっくり。僕の抱えていた懸案も、少し明るい展望を見せ始めました。
夕方もすんなりと会社を抜け出せて、病院でのミーティングは、妙に人数が少なくて拍子抜けしました。いちどにドバっと入院患者さんが増えたから、減るときも急激なのかな。実家に寄れば母は元気で、もらって帰った米を、妻は「ちょうど良いタイミング」と喜んでくれました。「土曜日はAAで一日山梨に行くんだけど」と伝えても、ぶつぶつ文句は言われずにすみました。
そんな日も、たまにはあるんですね。
2002年05月28日(火) 看板 AAの丸い看板が届きました。
よかった。
2002年05月27日(月) ああ、イライラ。 仕事がトラブル続きで参ってしまいます。だいたい、金曜の夕方にトラブルなんて報告しないで欲しい。土曜日も出勤して、打てる手は打ち、あとは結果が出るのを待つだけ・・・。日曜日もまるまる空いているし、月曜日は比較的ヒマなはずだったのに・・・・。まさか、午後になって、数十本も電話をかける羽目になるなんて。
しかもそれが「誠意を見せるため」だけの姿勢なんですから、何をかいわんや。技術陣ではなくて、営業の連中が考えることは、よく理解できません。
「心の家路」も、そろそろネタが底をついてます。1月に始める前に、用意しておいた原稿類は、今回の「参考図書」でお仕舞いです。今後の更新は、新規に文章を書く必要があるので、まあ当分新味のある更新はないでしょう。
それはともかく、ボランティアとして引き受けたことに手が回らないのは困ったものです。単純作業なのに・・・。(でも、ぜったい盛り返してみせるかんね)と意気込みだけは強いのですが、日常の中で気持ちが空回り。
2002年05月25日(土) 「ベニスに死す」 すっかり外してしまいましたね。僕のビデオテープにも「ベニスに死す」が録画されていました(しかも尻切れトンボで)。メールを受け取ったときの「今夜」が、金曜の晩を示すと即断してしまったのが、勘違いの元でした。僕がメールを読める環境ならば、YahooのTV欄でも、NHKの番組表でも見ることができるわけなんで、念のために確認しておけばよかったのですが・・・・。
Yahoo で見ると、木曜の晩でした。早とちりのメールを受信されてしまった方はごめんなさい。
アーサー・C・クラーク(2001年宇宙の旅の作者)が小説の中で、「自分に興味のある主題を登録しておくと、それに関するデータを重点的に集めて、自分オリジナルの新聞を作る機構」が登場します。いま、21世紀になって、似たような機能を実現するソフトウェアはすでに出現しています。ならば、Yahoo TVとか、各TV局のサイトを巡回して、「自分の見たい映画」がスケジュールされていたら教えてくれるサービスとかあればいいのにね。でも、映画のタイトルなんて、うろ覚えのが多いからあいまい検索とか、俳優や監督で検索できるデータベースも備えないとだめかな。
2002年05月24日(金) マイ・ネーム・イズ・ジョー 今夜のNHK衛星第2で、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」が放映されると、仲間から連絡を受けました。公開されたときは、朝刊紙にも評論が掲載されるほど話題になりましたが、残念ながら見ることはできませんでした。もちろん、タイトルの由来は、主人公がAAのミーティングで、My name is Joe. I'm an alcoholic. と言うところから来ているわけです。「誠実に生きようと努力しますが、思い通りにならない日々を描きます」という注釈も、見る興味をそそります。いつもなら、残業(フレックスなので残業とは言わないけど)の時間帯に重なるんですが、今日はNOVAの日なので、早めに切り上げて帰っても、文句は出ません。
念のため、VHSとHi-8の両方に録画予約をいれるとしましょう。アルコホリズム関係で有名な映画というと、「酒とバラの日々」・「失われた週末」・「男が女を愛する時」などが挙げられるんでしょうが、僕が見たことのあるのは「酒とバラの日々」だけです。
ビデオを借りて、夫婦で見たこともあるのですが、妻は・・・・途中で寝てました。
2002年05月22日(水) GSM (といっても携帯電話じゃないよ) 代議員の登録用紙の「副」のところに、自分の住所氏名電話番号を書いて、新しい代議員に渡しました。彼が「正」のところに自分のぶんを書いてオフィスに送れば、役割は交代です。昨年1月に第2会場を閉めた僕らのグループでは、ミーティング場チェアマン=グループチェアマンです。今回の交代は、チェアマンの交代も含んでいるので、グループのサービス活動としては「12&12の管理人」以外の役目は無くなったわけです。個人的にやってきた広報活動についても、新代議員と意見交換しながらのものになるでしょう。後は、地区委員会の書記の役目があるだけです。
地区委員会でも、ずっと何かしらの議決権を持ってきた僕も、これで「グループのビジネスで1票」を持つだけの「普通のAAメンバー」になれたわけです。ポットのお湯を全部捨てて買える週が続く頃から、およそ1年半。バースディを迎える仲間も増えてきました。そうした仲間たちのみんなが、グループのレベルでのサービスに関心を持ってもらえているワケじゃないですが、ステップ・伝統・サービスの大切さを、「ゆっくりと、あせらずに」訴えていきたいと思います。
2002年05月21日(火) ニュートラル いつも行っているクリニックの待合室では、たいてい週刊朝日を読んでいるのですが、今回はふと目にとまった新聞?を手にして見ました。「かがり火」とタイトルされたそれは、全断連が発行している新聞でした。1965年に、アメリカの州知事が東京を訪問した際に、東京で講演したことなどが書かれています。もちろん、当時は全断連の発足以前ですから、記事は日本禁酒同盟からの提供となっていますが、この州知事がAAメンバーであることを明かしている点が、目をひきました。彼は後に上院議員ととなり、いわゆるヒューズ法の成立に関与するわけです。
日本でも、超党派で「アルコール議員連盟」というものが存在して、役人さんやら、全断連のかたがたやらが「アルコール基本法」の議員立法へ尽力される様子が書かれています。頭が下がります。この法律について、僕が賛成か、反対か・・・。あくまでも、ここでは僕はAAのひとりのメンバーとしての存在ですから、伝統10に従いまして「外部の問題には意見を持ちません」と言うほかはありません。長文のほうには、「特に政治や・・・問題には立ち入らない」と書かれてますしね。一部100円と書かれていましたが、「どうぞ持っていって」と言われましたので、ありがたく無料でいただきました。
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