心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2009年06月30日(火) ハートをつなごう、つづき

NHKの番組「ハートをつなごう」の摂食障害の二日目。
女性の本人の人が、自助グループへ行ってみたものの、メンバーが語る内容が自分よりずっと激しい症状でどん引きしてしまった、という体験を話していました。

AAでも同じことはしょっちゅう起きている気がします。
以前、禁煙外来に行ったとき、内科の先生が「明らかにアルコール依存で肝臓を壊して入院している人で、家族も困っているというので断酒会を勧めてみたのだが、ナタで鶏の首を切り落とした話などを聞いてきて、続けて通うことを拒絶されてしまった」と話していたことも思い出します。

確かに自助グループでは、(自業自得とはいえ)自分がいかに酷い有様になったか、という話が語られます。人間らしくない生活という程度の話ならまだしも、人を騙したとか、物や金を盗んだとか、人間性を欠いていく過程が語られます。

そういう話はビギナーを遠ざけるから良くない、と言いたいわけではありません。必要な話だと思います。大切なことは「話す態度」なのだと思います。

「正直な自己開示」であるべきものが、「露悪趣味」や「病気自慢」になっていやしないだろうか? と思うのです。

回復には底付きが必要です。けれど、底付きとは、社会的地位や金銭や家族や若さを失ってぼろぼろになることを意味しません。アル中さんはいつだって底付き可能です。「下り坂に加速がついていて自分じゃ止められない」と気がつけばいいだけの話です。

「自分はこんなに酷い有様になった。というのも、自分が意固地で人の話に耳を傾けるだけの素直さを欠いていたからだ。だからあなたは、いろいろなものを失う前に、率直さを取り戻した方がいい」

という思いやりの態度が必要なのだと思います。

ある女性の比較的若いメンバーは、自分は若くしてAAにつながって回復したためにジジババ連中の嫉妬を受ける、と嘆いていました。

僕も自分の中の嫉妬心に気をつけなければなりませんね。「飲みたければ、飲みたいだけ飲んでみればいい」と言いたくなる気持ちの陰に、嫉妬心が潜んでいないかとか。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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