心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2009年02月28日(土) 回復の自己責任

朝/コーヒー・トースト・チーズ・ヨーグルト
昼/フライ盛り合わせ弁当
夕/若鶏のグリル・ライス・野菜サラダ(ガスト)
52.9Kg, 10.9%

朝/コーヒー・レンジでチンする雑炊
昼/チャーシューメン
夕/シルバーの照り焼き・ごはん一膳
53.5Kg, 11.9%

朝/コーヒー・トースト・チーズ・ヨーグルト
昼/スパゲティ(ヨコイ風・粗挽きウィンナー・タマネギ・串カツ)・サラダ

もうずいぶん前の話になりますが、お世話になっている精神科医の先生の「21世紀は自己責任の時代でしょう」という言葉を思い出します。
病気の回復は本人の自己責任、という話です。
ここで病気になった責任と、病気から回復する責任は分けて考えるべきだと思います。

例えばアルコール依存症になった原因は、半分は遺伝(酒が飲める肝臓とビョーキの脳)、半分は環境(酒が溢れる世の中)のせいです。酒のせいでどんなヒドいことをしてきたにしても、「それは(精神の)病気だったから」という言葉で免罪にするしかありません。

でも回復は自己責任です。自分以外の誰かが自分を回復させてくれるわけじゃありません。酒のせいで惨めな暮らしになったとしても、そこでたくましく生きていくのは自分の責任です。

ACは病気ではないと言いますが、ACからの回復も自己責任です。
ACになった原因は「親」でしょう(遺伝もあるかもしれないけど)。「親が悪い」という言葉で、いままで自分がやらかしてきたことを免罪にするしかありません。

でも、AC性からの回復はAC本人の自己責任。親のせいで回復できないという泣き言は聞いてはいられません。親のせいで惨めな暮らしになったとしても、以下ry。

病気全般、インフルエンザでも、うつ病でも、糖尿病でも、同じことでしょう。
でも(依存症を含む)精神病の場合、本人が正気でない、という問題は残るんですけどね。正気で無い人に限って「自分は正気だ」と言い、大丈夫で無い人に限って「俺は大丈夫だ」と言うので困るわけです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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