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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2006年05月11日(木) 重い一日 布団の中で寝ていたかったのですが、客先で打ち合わせがあるので、仕方なく仕事に出ました。打ち合わせをすませて、ラーメン屋で昼食をとり、和田峠を越えて会社に着くと、もう2時でした。
4月は忙しかったし、疲れていたけれど、なんだか調子が良かったのです。特に下旬なんかは、仕事の合間に昔の話をさらっと雑記に書き、ブログツールをインストールしてデザインを変え、ちょこまか更新もしていました。
自分でも「飛ばしすぎだな」と思ってもいました。そういう時は、いずれ反動が来るのであります。
案の定、ゴールデンウィーク明けから低調な立ち上がりを見せております。午後も遅くなってやっと仕事に取りかかれている程度でしょうか。もはや僕の周囲にいる人間には、僕が「こつこつ毎日仕事をこなしていく勤勉家」ではなく、「気分にむらがあって、やる気が出ない限りさぼり続けるタイプ」であることは、ばれているのであります。
母親にはときどき「お前は人生を遊んで暮らしている」と言われます。
母に言わせれば、僕のAAも「遊んでいる」うちに入るのであります。そりゃ、酒を飲まずに生きていくにはAAが必要だってのは分かるけれど、面白くなかったらやらないだろう、と言うのであります。ばれたか。
「仕事がない」と嘆くのは、実は自分の好きな仕事しかやりたがらないせいであって、たとえば工場で生産ラインについたり、炎天下でコンクリートをこねる商売があったとしても、お前は絶対やりたがらないのだ、と断ざれるのであります。
「仕事が辛い」というのは、単に興味を引く仕事が回ってこない不満ではないかと。
さすが母親、よく分かってらっしゃる。
遊んでいるという言葉は語弊があるけれど、やりがいのある人生でないとツマラナイという、我が儘が僕の本質であります。
うつが酷い時、しかも無理に仕事をしないといけない時、「俺、酒をやめて本当に楽になっているのかな。あのまま飲んでいても大して違いはなかったのかも」と思う時があります。
しかしまあ、飲んでいた頃どんなに素晴らしいことが起ったとしても、それはいずれ崩れ去っていく頂きでした。
今はしんどくても、いずれ楽になる時が来ると、経験が教えてくれています。
AAという自助グループのすみっこで、自分が主役にならずに、understudy を役割としてこそこそやっていきたいと思います(が、きっと自我が邪魔をすることでしょう)。
いつもありがとうございます。
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