◆サイトは閉鎖しました。が◆
天竜



 残暑見舞い短編 2

「彼と彼の夏の側」

ガキの頃から夏が大嫌いだった。
理由? 理由は何だったろう。小学生にあがった途端、無理やり通わされた学習塾の夏期講習、クーラーで冷え切った部屋の中でほとんど一日中机にしがみ付いていた時間、シャーペンが紙と机を引っかく音と、講師のやたらノリのいい喋り方や叱咤や誉め言葉、こめかみが痛くなるそんな感覚。それが――何年経っても消えない不快感として夏という季節にこびりついているのだろう。
勉強が嫌いだったわけではない。教育熱心な母親がうざかったわけでもない。少なくともそのおかげで名の通った大学にも進学できたし、希望していた企業にも就職することができた。同僚はいい奴ばかりだし、仕事も面白い。残業続きで肉体的にも精神的にもへとへとになるときもあるが、それに見合った給料も支払われる。文句はない。
隣で眠る恋人を起こさないように狭いベッドを抜け出し、俺は煙草を持って裸足のままバルコニーに出た。時刻は午前四時、まだ夜の帳は上がっていない。しかしこのガラクタのような街が溜め込んだ熱気はこんな時間でも膨張を続け、頬に当たる風はねっとりと湿気ていた。
煙草を咥え、火を点ける。吸い込んだ紫煙は、外気と同じくらい生ぬるかった。
夜気に背中を預けて部屋の中に目を向けると、暑さのせいか、寝苦しそうに寝返りをうつ啓太の姿が見えた。パンツ一枚、それさえも辛うじて腰に引っ掛かっている程度。恋人のその間抜けた格好に思わず口許が緩む。
付き合い始めて三年が経つ。よくもまあそんなに長続きしたものだと、我ながら感心することがある。それは俺の努力ではなく、間違いなく啓太の辛抱と我慢の結果であり、愛想をつかされないことが奇跡に近いのだと充分に自覚している。
「掴み所がない」「裏表がありそう」「怖い。冷たそう」他人から見た俺の第一印象は、だいたいがそんな感じだ。細くてきつい目つきのせいもあるが、それ以上に乏しい表情がそういったイメージを周囲に植え付けているのだと思う。
中学、高校と一流大学に入ることだけを目標に、今思えばバカじゃないかと思うほどに勉強した俺が初めて恋愛らしい恋愛をしたのは、無事希望した大学に入って受験地獄から脱出した後だった。相手はサークルのコンパで知り合った子で、一年間付き合った。キスからセックスまで一通りして、女の子という存在の中身を知って、肌に触れる心地よさや一緒にいる安心感も覚え、それなりに充実した時間を過ごしたと思う。
別れた原因は、今でもよく解らない。彼女が俺という男に飽きたのかもしれないし、俺が彼女との関係に怠惰を覚えたのかもしれない。気が付けば一週間会わないことが普通になり、二週間電話しないことが普通になり、やがて一ヶ月音沙汰がなくなり、別れたのだと納得した。淋しいとか、悲しいとか、そういった感情は驚くほどなかった。
それから何人かの子と付き合ったが、せいぜい三ヶ月、持って半年という周期で女の子との関係は大学在学中続いていった。どの子ともそれなりにうまくやれていたが、気が付くと連絡を怠って相手を怒らせ、そして別れるというパターンが多かった。別れる際、やはり未練を残すような相手はいなかった。そんな四年間を過ごし終わり、俺は自分に何かが欠けているんだということに薄々気付くようなった。

短くなった煙草をバルコニーのコンクリートでもみ消し、俺は部屋に戻った。
電気料が掛かるからクーラーは絶対に入れないと意地を張る啓太の額にじっとりと汗が滲んでいるのを見て、俺は停止していた扇風機のタイマーをもう一度セットしなおした。ゆっくりと回転を始めた羽に煽られ、啓太の前髪がふわふわと揺れる。そんな啓太を跨いで、俺はベッドの空いていたスペースに寝転んだ。目の前にある啓太の肩甲骨が、トリケラトプスの骨格を思い出させた。起こさない程度に軽く齧ると、汗の味がした。俺が啓太に出会うまで知らなかった、夏の匂いだった。

社会人になって二年目の頃、大学時代の友人からバーベキューに誘われた。かなりの大人数だと聞いて、たまには仕事のことを忘れ、学生気分に戻って羽目を外すのも悪くないと参加したそこで、俺は初めて啓太と出会った。彼は彼の友人の誘いで半ば強引に連れてこられたらしく、最初はどこか居心地の悪そうな顔をしていた。
しかし、いざバーベキューが始まると、野菜の切り方から肉の焼き方、カレーの作り方や食器の並べ方まで仲間に指示しながら忙しなく動き回り、その都度、周囲のやつらとふざけ合ったり笑い転げたりしながら楽しそうに過ごしているのがひどく印象に残った。
俺から声を掛けたのは、そろそろお開きになるという時間帯だった。
「この後、なんか予定ある?」
まるで女の子をデートに誘うような言い種になり、後々啓太にからかわれたりしたのだが、その時は他にいい文句が見つからなかったのだから仕方ない。
「え、別にないけど……」
啓太は突然初対面の男に声を掛けられ面食らった顔をしていたが、俺の名前を訊いたあと、「周一は家どこ?」と気さくな態度で接してくれた。
結局、その後は二人で居酒屋に寄って朝方近くまで飲んだ。気が合った。久しぶりによく笑った気がした。
「周一は笑うとイメージ違うねぇ」そう言って笑う啓太もすでに出来上がっていて、昼間のバーベキューの日焼けプラス、お酒のせいで頬も耳も首筋も指先までもが真っ赤だった。
「ほら、人はギャップに弱いって言うじゃない。僕が女の子だったら、間違いなくお持ち帰りされちゃうもんね」
「して欲しいのか?」
「してくれんの?」
けらけら笑う啓太を眺めながら、俺は同じ男でも啓太くらい色白なら抱けるかもしれないとぼんやりと思った。それを口にすると、啓太の表情があからさまに強張った。互いの顔を無言で見つめ合った数秒。その瞬間、俺達は何かを得、何かをごまかした。子供でもなく、大人にもなりきっていない俺達には、多分、それだけで充分だったのだ。

「――周ちゃん、暑くて眠れんの?」
いつの間にか目を覚ましていた啓太が肩越しにこっちを振り返っていた。俺は「いや」と言って首を振る。啓太は何か言いたげな表情を浮かべたが、結局無言のまま再び枕の顔を埋めた。すぐに寝息が聞こえ始める。
俺はきっと、言葉が少ないのだと思う。伝えたいことが伝えられないのはまだいい。俺の場合はきっと、伝えなければならないことさえ伝えられていないのだ。
過保護な母親の監視が行き届かない啓太のアパートはひどく居心地がいい。それ以上に、啓太が側にいるということになぜかとても安心する。わざわざ口にすることはないから、啓太はきっとただ部屋でごろごろしている俺に不満が鬱積しているだろうし、呆れてもいるだろう。
あの夏。ただ机に向かって数式を解き続けていた時間に俺が失ってしまったものが何なのか、俺はこの三年間で嫌というほど思い知った。
愛想を尽かされるも時間の問題だ。それも、充分に分かっている。

窓の外を見ると、少しずつ夜空の根元が白んできた。
首を振る扇風機が、街が目覚めるにはまだ早いと小さく口笛を吹く。
俺は夏の匂いがする啓太の隣で、嫌悪を飼いならしながら眠りについた。



身体を揺さぶられて目を覚ました。
「周ちゃん、もうお昼」不機嫌そうな声が頭上から聞こえる。「せっかくの休みなのにさぁ、半日潰れちゃったじゃん」
俺はあくびをかみ殺しながらベッドから起き上がり、そのまま便所に行き、洗面所で顔を洗い、無精ひげの伸び具合を確認し、部屋へと戻った。盆休みも今日で終わりだ。
「腹減った。何か食うもんある?」
「それしか言うことないわけ」ぶつくさ文句を言いながら、それでも啓太は冷蔵庫を漁り始める。野菜が少ないなぁとか、シーチキンがカピカピしちゃってるとか、チャーハンでいいかなぁとか、寝起きの俺がいつも以上にしゃべらない分、啓太はせっせと冷蔵庫と会話する。
ふと、寝る前に心臓の周囲を駆け巡っていた自己嫌悪が自己主張を始めたため、俺は重い腰を上げ、しゃがみ込んでいた啓太の襟首を掴んで冷蔵庫から引き離した。
「しゃぁない、今日は俺が作ってやる、昼飯」
「どうしたの周ちゃん、暑さで脳みそ溶けた?」
この連休中に何十回と言い合った冗談を口にした啓太は、それでもちょっと嬉しそうに頬を持ち上げる。俺は腰を折り、笑みの形で止まっていた啓太の唇に軽く口付けた。
「ヒゲ、剃んなよ」啓太が笑う。もし今、啓太に別れ話を持ち出されたら俺は、またあの頃の俺に戻ってしまうだろうと思う。夏が嫌いでどうしようもなかったあの頃に。
もう一度、今度は時間をかけてキスをした。
啓太の額に、汗が滲んでいた。
舐めると、夏の味がした。
彼が側にいる夏だけは、俺にとって失ったものを取り戻せる時間になる。

「――セックスしてからにしよっか、昼飯」啓太が言う。
俺が笑うと、啓太も少し照れくさそうに笑った。
もう少しだけと、俺は思う。
もう少しだけ、彼と夏の側にいさせて欲しいと。
秋までには、どうしようもなく好きだと伝えられるように努力して変わるから。
きっと――きっと、多分。

<了>

2006年08月21日(月)



 残暑見舞い短編

「夏少年」

捕まえたカブトムシを入れた虫かごの匂い、頭上から一斉に降り注ぐ蝉の声、田んぼの畦道を流れる水路にゴム草履のまま入るときの冷たさと、足首を痒くする泥や尖った草葉、ばあちゃんが縁側でゆっくりと扇ぐうちわの風、日陰と日向の境目、入道雲の形――。
二十年前の僕の夏は、『少年時代』なんていう映画の風景をそのまま具現化したかのような田舎の典型的な夏だった。

二十年後の僕の夏――。
いい加減、新鮮味も好奇心も、さらには愛情さえも薄れてきているのではないかと疑いたくなる時がある、付き合って三年目の恋人がズボンに手を突っ込み、ぼりぼりとケツを掻きながらくだらないバラエティ番組を観てゲラゲラ笑っている姿を横目に、僕は生温いビールを飲む。
週末はお盆だ。愛媛の実家にはもう、丸々二年帰省していない。社会人になったから忙しいとか、家に帰っても兄貴の子供がうるさいだけだとか、帰省ラッシュでもみくちゃにされるよりも自宅でゆっくりしていた方がよっぽどいいとか、適当な言い訳を言ってみたり、自分に言い聞かせて見たりして、なんとなくごまかしてきた。
僕が普通と違うってことは、家族の暗黙の了解であり、口にするのはタブーであり、できることならば避けて通りたい話題のひとつなのだ。
どんな都会にだって、どんな田舎にだって、神さまは分け隔てなくそうした人種を作る。あっけらかんと生きるか、うじうじして生きるか、それはその人次第だ。だいたいの奴はきっと、その両方でうまくバランスを取りながら世間と折り合いを付けて生きていく。
あっけらかんと男とセックスしながら、うじうじ実家に帰ることを躊躇う僕も、その代表選手の一人だ。

「――啓太ぁ、腹減った。なんか食うもんある?」
さっきまでテレビに食いついて大爆笑していた男が、こっちを振り返って別の食い物を要求する。
「まだ買出し行ってないからカップ麺しかない。周ちゃん、たまにはさぁ、自分の食べるもんくらい自分で持ってきなよ。食いもん代だって馬鹿になんないんだよね」
「どうした、機嫌悪いじゃん」
視線だけはちゃっかりテレビに戻して周一が訊く。こんなときは僕が何言ったって右耳から左耳、聞く気なんてこれっぽちも持っていない。だから僕は、いつものように無言。
せっかくのお盆休みだっていうのに、僕と周一の休みが三日も重なっているっていうのに、旅行や遊びの計画なんて何ひとつ立てていない。結局、僕のアパートで終日ごろごろして終わりなのだ。周一は実家で、僕の安アパートを自分の別宅と勘違いしているらしい。腹が立つが、そういう状況を作り出したのは、僕の責任でもあるわけで。一緒にいるだけで楽しかった時期なんて、ジェットコースターより早く一回りして終わってしまった。
相手が異性ならちょっとくらいマンネリが訪れたって、恋人でいられる期間は途中段階だと割り切ることができる。その先には結婚があり、家庭生活があり、新たな家族を作り、子供達の成長を見守りながら夫婦二人で幸せな老後を迎え、最期は一緒にあの世に逝きましょうね、なんてそんな先の先の先まで夢を持つことができる。
それなのに僕達ときたら、今のこのだらだらした関係が最終段階なのだ。夢も希望もない。楽しくないわけじゃないし、周一が嫌いなわけでもない。もっと努力と工夫次第では、刺激のある関係を維持できるのかもしれないとも思う。けれど、当たり前に訪れる毎日の生活の中で、どこかの洒落たドラマのように惚れたはれたなどと繰り返すような日常は大抵が不可能というものだ。
最近、別れようかと考えることが多くなった。具体的にどうのこうのというのではなく、こんなとき周一がいなければ、恋人がいなければどうするだろうと、薄ぼんやりと時々思うことが増えたという程度だ。
「じゃあさぁ、たまには何かうまいもんでも食いに行くか?」
テレビに没頭していると思っていた周一が僕を振り返る。短い髪は根元からあちこち寝癖がつき、無精ひげがまばらに伸びてもみ上げと繋がっている。周一は毛深い体質なので一日髭を剃らずに放っておくと、いっきに風来坊のような面立ちになってしまう。きつそうに見える細くて小さな眼、対照的にごつい鼻、薄っぺらい唇、見慣れた造形だが、考えていたことが考えていたことだけに、僕は返事もせずにぼんやりと周一に顔を眺めてしまった。不審に思ったのか、周一が訝しげに右眉だけを動かしてみせる。
「おい、聞いてっか? 暑過ぎて脳みそまで溶けちまったのか?」
「周ちゃんの驕りなら行く」僕はそう答えた。僕みたいな三流大学出のサラリーマンはどんなに残業を頑張ってもせいぜい月給二十五万、税金やら社会保険やらなんやらかんやら引かれると手取りは二十万ちょっと。買いたいものは「次のボーナス、次のボーナス」と暗示ように呟き続ける日々。一ヶ月のやりくりも決して楽じゃない。それに比べ、一流大学を出て親の脛にむしゃぶりついている周一は、趣味のバイクも買って、友達に誘われればどこかのお嬢様との合コンにも行って、洋服も小物も気に入ったブランドで揃え、生活すべてに余裕がある。
同じ男として、正直悔しい。劣等感なんだって、そんなものは百も承知。友達の友達の、また友達が知り合いなんて蜘蛛の糸のような偶然がなければ、僕達が仲良くなったり、付き合ったり、抱き合ったりすることもなかっただろうなと思う。
「やっぱり面倒くせえなぁ、今から出かけるの」
ほら、やっぱりそういうこと。次に周一の口から出てくる言葉は決まってる。「コンビニで弁当買ってきて。俺、ハヤシライス。あとガリガリ君」
予想通りの言葉が出てきたのが、それから十分後。僕は渋い顔をする周一の財布から千円を抜き出し、自分の財布に突っ込んでアパートの部屋を出た。

「……別れよっかな」
階段を下りながら、独り言のように呟いてみた。
日陰から日向に出ると、強烈な日差しとアスファルトからの照り返しで全身の毛穴という毛穴からいっきに汗が噴き出した。くらくらする。車が吐き出す排気ガスが鼻腔を引っ掻き回し、前を歩く女子高生の馬鹿笑いが神経を逆撫でした。
夏が好きだった。
二十年前、僕は確かに夏が好きだった。どれだけ暑くても、汗をかいても、走り回っても、少しも疲れなかった。父親は仕事人間で、朝から晩まで家にいない。母親は家計を支えるために自宅で内職をしていたし、初めての子供である兄貴と、初めての女の子だった妹への関心は、僕のそれとはどこか少し違っていて、当時淋しいと思うことはなかったが、暇さえあれば家を飛び出し一人きりで外を駆け回っていた幼い僕の心に、そういった孤独があったのかもしれないと、大人になった今になって思うことはある。
そんな僕にとって、夏は最高の季節だった。
たくさんの昆虫が遊び相手だったし、陽が長い分、いつまでだって好きなことに没頭できた。今ではカナブン一匹でさえ触れないというのに……。
僕は東京の狭い夏空を見上げた。
なんだかむしょうに田舎が恋しくなった。周一と別れて、来週はひとりで実家に帰って、兄貴の子供と一緒に蝉でも捕りに行こうか。
――なんて、いつも考えるだけだ。
結局、去年と変わらない夏がきっとあっという間に過ぎていくだけだろう。
変わらない日常、変えられない日常、取り戻せない日常、行き詰まった僕、いつだって、逃げ出せない僕。

ハヤシライスがなかったので普通のカレーライスと、僕のオムライスと、それにガリガリ君二本を買ってコンビニを出た。もう考えることも怠惰になって、どうでも良くなった。恋人がぐうたらでも、田舎に帰らなくても、給料が安くても、ホモでも弱虫でもなんでもいい。
重い足取りを、嫌いになりつつある夏のせいにして歩く。歩く、歩く。汗がこめかみを伝うのが分かった。それさえも、どうでもよかった。拭うのも億劫だ。
アパートに着いて駐輪場を回って階段に向かうと、一段目に周一がしゃがんでいた。
「何してんの?」思わず声が出た。「暑いのに」
「そりゃぁ、夏だから暑いに決まってる」周一はそう言って、にかっと笑った。僕が歩み寄ると、立ち上がる。周一の首筋から、汗の匂いがした。
「……ハヤシライス、売り切れてたよ」
「なぁ啓太、来週海でも行こうか」
唐突に周一が言う。
「なに急に」
「別に、なんとなく。どうせ暇じゃん」
僕は少し躊躇したが、言ってみた。「僕、実家に帰るかも」
「なんで?」
「なんでって、実家だからに決まってるじゃん」僕はそう言って、周一の脇をすり抜けて階段を上る。周一は三段ほど遅れて付いてくる。
無言で階段を上った。周一も無言だった。やっぱり気まぐれだったのだ。海なんて、きっと周一なら会社の同僚とか、大学時代の友達とか、もっと明るくてきらきらした仲間と行くはずだ。僕と行ったって面白くもなんともないだろう。遠くで蝉の声がする。僕はそっちに耳を傾けた。
部屋に戻り、ガリガリ君を冷凍庫に放り込んだ。カレーライスとオムライスをテーブルの上に置き、ジーンズのポケットから財布を取り出すと、周一に返すおつりを計算する。周一はまた定位置に戻り、あぐらをかいて座った。
「おつり」と言って、僕は小銭を手渡そうとするが、周一はそれを無視して僕の手首をぎゅっと掴んだ。驚いて周一の顔を見ると、周一は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「なに?」動揺が少し声に出た。
「なんか変だろお前」
図星。だけど知らんぷり。「別に変じゃないよ。ただ暑くてちょっとイライラしてた」
「ふーん」その場しのぎ、取って付けたような言い訳に納得したのかしないのか、微妙な相槌をうって周一が僕の手を離す。握られていた手首に周一の指の跡がついていた。思っていたより強く握られていたようだ。
僕は冷蔵庫から烏龍茶を取り出し、コップ二つに注ぐ。周一はいただきますも言わずに、カレーライスを食べ始める。僕も黙ってオムライスを食べた。自分で作った方が何倍も美味しい。ただ、面倒くさい。
二人ともあっという間に食べ終わって、周一は再び寝転がってテレビを観る。僕はゴミを片付け、空いたコップをシンクに置き、冷凍庫からガリガリ君を取り出し、ひとつを周一に投げ渡した。
寝ながらうまくキャッチした周一は、自分で「ナイス」と言って笑う。――あ、キスしたい、と思わせる僕の好きな周一の笑い方だ。この顔に、僕は落とされたといってもいい。一見冷たそうに見える周一だが、表情を崩すと途端に人懐こい雰囲気が生まれる。
「周ちゃん」名前を呼ぶと、周一は笑顔のまま僕を見つめた。「周ちゃんが海連れてってくれるなら実家に帰るのやめる」
「どうした急に」
「別に。ただなんとなく」
さっき、階段で交わした会話がさかさまになって戻ってきた。
周一は少し考え込むような顔をしたあと、寝癖のついた頭をがりがり掻いた。
「お前、やっぱり今日なんか変だな」言いながら立ち上がった周一は、冷蔵庫に凭れ掛かっていた僕のところまで歩み寄ると、僕の顔を両手でむんずと挟み込んだ。
「こら啓太、お前浮気でもしてんのか」
「してるわけないじゃんバッカじゃないの」
見当違いもいいところ。時々ある、天然バカ周一。
「当たり前だ。したら殺す」
ポンっと投げ出される周一のそういう言葉が、僕から別れたいの意志を削っていく。手持ち無沙汰だった腕を周一の背中に回すと、思っていたよりも強く抱きしめられた。

何も考えず、何も迷わず、夏を思う存分楽しめた二十年前にはもう戻れない。
蝉の声も、太陽の日差しも、ひまわりの高さも、カキ氷の冷たさも、ひとりでいた時間の長さも、もう昔のように感じることはない。
大人になったって、大好きだった夏が嫌いになったって、故郷から遠ざかったって、正しくないことを正しいと思わなくちゃならないときがあったって、僕は生きていかなくちゃならない。
少し、泣きそうになった。
それを恋人とのキスでごまかす手段だって、今の僕は知っている。

「……実家なんて帰るなよ」
周一が耳元で囁いた。
うんと頷いた僕はやっぱり、あの頃の夏少年には戻れない。


<了>

2006年08月18日(金)



 萌えメーター崩壊カポー

アホのように溜まっていた仕事をブルドーザーのようにガバガバ引っ繰り返して掘り繰り返して適当に始末してどうにか一息。
夏休みなんてあっつう間ですね。今、まだスカパッパの無料視聴期間中なので、ボケーっとテレビばっかり観てました。超激烈テレビッ子です。

そうそう、休みの間に黒川博行さんの「暗礁」も読みました。読書記録がすっかりご無沙汰で、読み終わった本も未読の本もあっちゃこっちゃに転がってるわけですが、いや〜、久々にこれは萌え尽きた。あれですあれです、「厄病神」「国境」に続く、二宮・桑原バカッポーの第三弾。前回よりも前々回よりも密着っぷりがエスカレートして大変です。「ひょっとして俺のこと嫌いなんか」と、根拠のない自信を持って何度も二宮に詰め寄る桑原も相変わらずだし、そんな二宮が殴られればもれなく加害者を半殺しにする桑原も相変わらずだし、そんな喧嘩の国の王子様に辟易しつつも、周囲から「桑原とは手を切れ」と再三忠告されてもなんだーかんだー言いながら引っ付いて離れない二宮の板についた子分、いや裏方、いやいや、奥方っぷりも相変わらずだし、二宮の一生独身宣言を桑原がしちゃう辺りもいい感じだし、ああもう勝手にいちゃこらしてればいいんじゃねと、途中で本を投げ出したくなるくらいのバカップルぶりでした。ああ〜すんごい幸せ。
皆さんもお暇があればぜひ読んでみてください。

2006年08月16日(水)



 テラッテラ夏女

私は明日から15日まで夏休みなので完璧なネット遮断状態になります。淋しい、淋しすぎるぜ…。うっかりキャンペーン内容に惹かれて光に加入しちゃったのがまずかったのかなあ〜。

さて、皆さんは夏休みどこかへ行かれますか? どうなんだろ、今年のカレンダーだと大きな会社はドドーンと九日くらい休めるのかなあ〜。いいな〜。何はともあれ、皆さんも事故やら事件だけには充分注意して、キラッキラサマーガールに変身してください。んでもって、おいしいネタが転がっていれば、家で暇だ暇だとゴロゴロしている私のためにぜひ手土産に持って帰ってきてくだされ。楽しみに待っとります!

2006年08月09日(水)



 これなんて題名のBL?

家に帰っても嫁が冷たいと愚痴をこぼす主任に対し、「じゃあいいじゃん、俺のところ来ちゃいなよー」と言いよる後輩。
「お前、テーブルの下で手ェ握んな!」と主任にいくら怒られても懲りずに終始抱きついたり、お腹の肉を掴んだり、ベタベタする後輩。
「ああ、この二人事務所でもいつもこんなんですよ」とゲラゲラ笑いながら教えてくれる彼らの同僚。
そして、それを肴にうまい酒を飲む私。

えらい豪華な引越し祝いをもらった気分です。

ついでに。
人は多分こういうのを

どさくさに紛れてイチャイチャしてます!

って言うんですよきっと。

2006年08月02日(水)



 引越しなんてラララー

土、日は引越しでバタバタしてました。ネットが繋がるのがもう少し先なので小説更新もいったんお休みです。今、メールをくださっている方、自宅のネットが繋がり次第必ずウハウハしながらお返事させて頂きますので、どうぞもう少し待ってやってくださいね〜。

アアンそれにしても、もともと面倒くさがりの人間が引越しをするなんて、ナマケモノがえなり君の物まねするくらい無謀なわけでして、やだーもう動きたくないーしんどいーめんどくさいーと愚痴たらたらです。
サッカーと小説とゲイサイトとの蜜月までにはもう少し時間がかかりそうです。

んでもって、私なんかより桁外れに忙しいボーイズがどうやら無事来日した模様。

2006年07月31日(月)



 なんだか大丈夫そうです

新シーズンユニのお披露目。クラブ代表してデルモるくらいなんだから移籍なんてずぇったいにナッシング!


「移籍はしません、させません」

2006年07月25日(火)



 お中元効果ナッシング

リバポがシャビを売るならばと提示した金額は38億円。白いクラブが買いたいと提示した金額は42億円。

はい、交渉成立って、それだけは許さーーん!

キャプテン、助けて〜(泣)

2006年07月24日(月)



 ハラハラ

リバプールが提示するシャビのお値段は38億円だそうで、どこかの白いクラブが目をギラギラさせているようであります。
が、あれは今のところ非売品です。…………多分。

ラファにお中元でも贈っとくかな〜。

2006年07月21日(金)



 引越し貧乏萌え貧乏

このところバタバタしている理由が急に決まった引越しにあるわけですが、おかげで来週末から一ヶ月くらいサイト更新ができそうにありません。かなり中途半端な状態で小説更新が休止してしまうのでふんとに申し訳ないですが、それまではボチボチアップしていきますのでお暇な方はどうぞ読んでやってくださいませね。

そもそも、W杯が終わり新たなシーズンが始まるまでのこの数週間の間に無理やり引越ししようとしている私が無謀なんだよな。
シャビとキャプテンは今ごろハネムーンじゃなくて、バカンス真っ只中。二人とも揃って「イビザ島が好き」と公言しているので行っちゃえばいいんじゃないかな。偶然を装って向こうで落ち合っちゃえばいいんじゃないかな。ついでに、既成事実とか作っちゃえばいいんじゃないかな。

2006年07月19日(水)
初日 最新 目次 MAIL