ポリーニ・プロジェクト�兇悄� - 2005年11月05日(土) かくして行ってきました、「ポリーニ・プロジェクト�供廖� いや〜、面白かった。 演奏の素晴らしさを超えて、 というか演奏が素晴らしかったからこそ、 かえってそこよりも作品の良さ、面白さがくっきりと伝わった。 ものすごく沸いたコンサートになりました。 20世紀後半の、 普通じゃ小難しくって、気分が悪くなるのがオチの曲ばかりなのに 現代最高のピアニストと、その男の選んだ仲間の腕で 最高の音楽が東京オペラシティのコンサートホールに響き渡りました。 ところでどんな曲たちだったかというと ブーレーズ:二重の影の対話 (クラリネット一本のソロで、彼の音と、あらかじめテープに録音してあるクラリネットの音が響きあったりとけあったりしながら、会場中にたくさん吊るされたスピーカーによってサラウンドで音が駆けめぐる曲。) ベルク:クラリネットとピアノのための4つの小品 (4曲やっても7〜8分の短いデュオ。ベルクの、というよりウェーベルンの音楽のような超シンプルで苦い味わいの曲だけど、ベルク特有の濃厚な感じも込められた感じ。) シュトックハウゼン:ピアノ曲�察��� (この日唯一のポリーニのピアノ・ソロ。�擦篭肪爾鵬擦�少なく、その分沈黙の緊張感の強い曲、�修篭�暴な和音の連打がら始まり、ものすごく精妙な超絶技巧の炸裂する曲。凄かった、ポリーニの腕の冴え。そして譜めくりをしていたスタッフ、よくあんなのめくれるよなぁ〜。) ノーノ:苦悩に満ちながらも晴朗な波 (これはポリーニが今までにも何回か来日公演でやっている曲。テープにあらかじめ録音してあるポリーニの音を加工した様々な音をスピーカーから流し、これと舞台上の実際のポリーニのピアノの音がからむ。この厳しい音楽は何度聴いても身が引き締まる。そしてポリーニのピアノの美しさは複雑な音でもまったく濁らずますます冴えてくる。) ノーノ:森は若々しく生命に満ちている (ポリーニは出ないが、事前からこれが一番やりたかったという曲。ベトナム戦争がテーマとなっていて、戦争の悲痛、悲惨、慟哭、苦痛が色々なセリフや叫び、歌となってこれでもか、というくらい襲いかかる。テープとクラリネット、ソプラノ、5人のパーカッション、3人の声優たち、そして彼らを束ねる指揮者という編成。テーマといい音楽といい激烈には違いないが、しかし不思議なことにとても澄んだ歌、透明で意志の強さがあって、私はいつのまにか心から感動していた。) ・・・でした。 こういうコンサートに満員近くのお客がいる、って言うのも驚きで、 それはポリーニ、っていう大スターの威光かもしれないけど でも、それでもとっても嬉しい光景でした。 最後、出演者全員がカーテンコールに出て、 ポリーニも客席から(聴いてたのか!?)舞台に上がったけど ホント、姿勢といい頭といいオジイちゃんになったなぁ〜。。。 ピアノ弾いてる姿はあんなにかっこいいのに。 ... ポリーニのシンポジウムで - 2005年11月02日(水) ヘトヘトの毎日で日記の更新もままならないのに 演奏会だけは行く私。 もっとも昨日は演奏会じゃなくて、シンポジウムだけど。 そう!私の一番好きなピアニスト、 マウリツィオ・ポリーニが来日しているのです。 明日は東京オペラシティで 「ポリーニ・プロジェクト�供廚搬蠅� ブーレーズ、ノーノ、シュトックハウゼンという 20世紀中ごろ「現代音楽三羽烏」とよばれた 3人の作曲家の作品の特集。 現代音楽振興家(?)のポリーニらしい企画。 そして、もしかすると今の音楽界の流れからいくと 少し古めかしく見えそうな企画。 シンポジウムはその企画のための、 そしてその中のノーノについて語る会でした。 ノーノについて何を語ったかは置いておいて (すみません、アタマの中がまとまらなくて・・・) 印象的だったことが2つ。 一つはポリーニが熱く語れば語るほど お客(400人くらいでしょうかね)と彼の間の距離が 離れていったこと。 話の端々に ノーノや指揮者のアバドとともに ベトナム戦争反対などを主張していた70年代が、 そしてその頃の前衛音楽たちが、 彼にとっては青春だったのだろうな、ということを感じないではいられない様子がありました。 でもそれは若い聴衆とどれだけ共有できるのだろう? (私は冷めすぎてますかね?) もう一つは、なんとポゴレリッチの姿が会場にあったこと。 2人は仲いいのだろうか? いや〜、考えにくい。 それに10月23日日曜のリサイタルが唯一の日本公演だったハズなのに なんでまだ日本にいるんだよ? またしても謎の男だ。 ...
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