はじめてのヨーロッパ 〜また余談です〜 - 2003年05月16日(金) ひとつ書き忘れていたことがあった。 それは旅先で見たテレビのこと。 フランクフルトで「スーパーマン」ならぬ「ズッペルマン」を見た、という話は書いたと思うが、異国で見るテレビ番組というのは色々と文化に違いが驚くほど表れていて実に面白かった。 ザルツブルクだったと思うが、コンサートから帰って少し休んでからテレビをつけた。 夜11時くらいだったと思う。 ドラマをやっていた。 男女2人が部屋にいる。そしていかにもこれからエッチな場面になりますよ、という雰囲気。 家庭だったらお母さんが「子供はもう寝る時間よ。」と大慌てになるような感じだ。 果たしてそうだったのだが、ビックリしたのは 「え〜〜〜! ボカシなしの無修正かよ!!」(◎o◎;) という女性のマッパだった。 野生動物のごときワイルドな胸とジャングルのような下半身がバッチリ。 そしてこれはミュンヘン。 10時くらいか、ニュースが終わってCM。 ところが出てくるのはどうもテレクラのような、淫靡な美女の群れがブラウン管から誘ってくる映像。 そして続々と続き、しかも内容はエスカレート。 どう考えてもこれは日本でも電話ボックスに貼ってあるピンクシール(って言い方するのかな?)をテレビでやってるようなものだ。 ひとつひとつ終わるごとに「お電話はぁ〜○○○のぉ〜△△△よぉ〜。待ってるわよぉん〜。」てな感じ。(もちろんドイツ語でね。) そして10分ほどたったら今度は「ゲ〜〜〜イ オンリ〜ィ〜。」という案内。(O.O;) おいおい、いいのか。こんなオープンで。 しかもこの時間、まだ子供起きてるだろ? オープンな中で自分の生き方は自分で選べってこと? でもローティーンにまだそれは無理だろ、と思うけどな。 しかしこれ、まじで電話したみたらどうなるんだろうね? (決まってんじゃん。 おー怖。) あと私はアメリカの「スタートレック」シリーズの大ファンなのだが、これがどこへ行ってもやってるのは嬉しかった。 日本で言う「新スタートレック」シリーズ、正式には「ネクストジェネレーション」シリーズというやつが88年から始まったのは知っていたが、まだ見たことがなかった。 (ピカード艦長やアンドロイドのデータがでてるやつね。) それがやってたり、それどころか次の「ディープスペースナイン」シリーズや「ヴオイジャー」シリーズまでやってた。 ただみんなドイツ語吹き替えだからさっぱりわからなかったが。 ちなみに何年後かにフランスのエヴィアンに出張した時も、そこでやっていた。 「スタートレック」ファンは世界に何億、という話は聞いていたが、これで身をもって確信できた、というわけだ。 あとこれはザルツだったろうか、小津安二郎の特集をやっていて「東京物語」と「秋刀魚の味」がオンエアされていた。 私は日本にいても小津作品の空気に「日本はいいなぁ」などと思ったりするが、異国で見るといかに日本という国が特殊か、ということに否応なしに気づかされる。 そしてモノクロ画面の中から滲み出る、この静謐な情緒。 早く帰りたいな、と思ってしまったし、また私はこういう文化的土壌をもった自分にひそかな誇りを持ったりもした。 なぜか嬉しかった。 でも実際日本に帰ると、今こういう空気ってないよな、と寂しくなったりもする。 しかしその後である。 なぜかまた今の東京が映ったので「??」と思っていたら、 あの村西透カントクがでてきた。 「おいおい!なんでアンタが?」 日本のAV事情のレポートだった。 ドイツ人の冷静なナレーションの後ろでカントクのファンキーなコメントと、あの頃全盛だった(のか?)黒木香が撮影中のエロいカッコであのワケわかんないトークを展開している。 …いや、恥ずかしかったっす。 どうも話がお下劣方向にいくな…。 音楽の話にいけば、クラシックの番組はさすがに充実している。 いくつかオーケストラの実況中継も見たし、オペラもかなりやっていた。 またバイロイト音楽祭がもうすぐってことで、「今年のバイロイト」のような特集がニュース内で組まれていた。 その年に上演される、新演出(ハイナー・ミュラーという人だったと思う。)の「トリスタンとイゾルデ」(ダニエル・バレンボイムの指揮)の話に集中していたが、その時の衣装があの山本耀司だったのだ。 そのヨージ・ヤマモトのデザインした衣装というのが、SF的でかなり奇抜なものでそのことにインタビューが集中していた。 音楽に限らないとは思うが、このように文化的なことが「国で起こってる一大事!」のように報道されるというのは、私には羨ましい限りである。 《つづく》 ... はじめてのヨーロッパ その16 〜ザルツブルク4 - 2003年05月13日(火) さて、ザルツブルクでは夕食をどうしてたか? ところでザルツというところは旧市街と新市街からなり、駅は新市街で一般の住宅地はこちらにある。 そしてザルツァッハ河を渡ると旧市街。 こちらにメインストリートやモーツァルトの生家、音楽祭のメイン会場の祝祭大劇場があります。 当然、旧市街の方が賑わっており、食べるところもおみやげ屋さんもたくさん。 あのザルツブルク(とかウィーンで)といえば有名な、モーツァルトの肖像画に包まれた丸いチョコレートが至るところで売っている。 で、こっちにはマックも例によっていくつかあったのですが、流石にザルツブルクでマックは嫌だ。 (でもヨーロッパを歩いている間、マックは女神のように感じられましたよ。 困った時の何とやら。) ミュンヘンの時のようなセルフレストランのようなものはないかとうろついていると、ありましたよ! 「ノルトゼー」という赤いお魚マークが目印のセルフレストラン。 ノルトゼーとは「北の海」という意味だから、ハンブルクやはたまたデンマークあたりの海でとれる魚の料理でもいっぱいあるのかしらん?と思い入ってみたら、果たしてそうだった。 あとパエリアがあって、そろそろご飯に飢えていた私にはとても嬉しい。 モーツァルトの生家というのは、まあ人でごった返していて感慨に浸っているどころじゃなかった。 実際ありふれた展示がされた家、という感じだったし、またいつの機会かに。 それよりザルルブルクの市内で驚いたのは、音楽祭シーズンということで世界中のクラシックのメジャー・レコード会社(ドイツ・グラモフォンとかデッカ、フィリップス、EMI、RCA とかほんとにたくさん。)が出向オフィスをあちこちに出し、またどこに行ってもアーティストの写真やCDジャケットで派手ハデに飾ったラッピング・カー(?っていうのでしたっけ?)が走っている。 それこそ小澤征爾とかクラウディオ・アバド、ドミンゴとかパヴァロッティとかアルゲリッチとか。 彼らにとってこの音楽祭が一大マーケットなのだ、というのが歴然とわかる。 実際、色んな仕事相手に出くわしてしまった。 みんな日本から出張やら取材に来ている。 まあ、予想はしていたものの会いたくはなかった。 かなり目をそらしたりシカトこいたけど。 もう「あの方も!」「この方も!」「あいつも!」「こいつも!」 でも楽しいザルルブルクでした。 さて最終目的地ウィーンへと向かう。 音楽の都ウィーン。 今度はオーストリア内の国内移動ということになるので、電車はドイツ・バーンではなくオーストリア鉄道。 随分車内が汚くて、ドイツとはまたこんなところが違う。 さて私は無事ウィーンから出発することはできるのか? そして友人Uに会うことは出来たのか? (無事だったから今日本にいるんだろ!というツッコミはしないように。) 《つづく》 ...
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