ひぽこんコラム

2009年10月12日(月) 鬱が治るってどういうことなのだろうか? 混乱

 朝から心身ともに優れない。

 なんてことは毎日だから今さら言うまでもないが、こういう心身ともに優れない日々をあとどれくらい続けるつもりなのだろうか、私は。

 いい加減心身ともに快調になるようにすればいいのに、と思うのだが、心身ともに優れないことがすでにアイデンティティーになっているので、心身ともに優れない自分から脱することが難しい。

 そうそう、鬱を治す、ということだが、鬱を治して困るのは自分だ、という部分が大きい人も実はたくさんいるのではないだろうか。

 むろん治りたい、治したい人もたくさんいるだろうが、治ったらどうしたらいいんだろう、アタシ、と途方にくれる人も同じくらいいるだろう。

 たとえば鬱が治ったら、もう安定剤とか抗ウツ剤は飲んじゃいけないのか? えええ、そりゃ困るとかさ。うん。もし私がもう心身快調となって、薬なんて手元になくなったら、ああ、それは恐ろしすぎる。でも快調なら恐ろしいなんて思わないのかな? でも思うはずだ。だって私は心配症だもん。いつかまたやってくる不調のために薬は欲しいとか。なんとなく調子悪くなりそうだってだけで、それだけで怖いから薬飲みそうだし。

 となれば、私がもし心身快調になっても、常に薬は手元にいるわけで、それって今と何らあんまり変わらないような気もするわけで。

 ええっと。だから、鬱が治るとかって、どういうことかよく分からないことになる。

 治ったと言っても薬はいるわけで。それって結局治らないときと同じじゃあああん。とか。

 でも身体の調子があちこち悪くて動けないとかはなくなるのか? 死にたい死にたい言わなくなるのか? それが治ったということなのか? 

 ああ。よく分からない。混乱してきた。後でまた考えようっと。。。

 世の中の人は簡単に鬱を治すとかなんとか口にするが、それって概念からして謎だ。謎。まったく混乱し、よく分からない。よく分からないくせに、私もよくそれを言ってきた。反省。

2009年10月11日(日) 男子たる者、四股を踏め!

 幼児教育。。。。子供を鍛えるとか、こうすれば子供は伸びるとか。。。なんだかどんなものを見ても余計なお世話に思える。今、テレビでたまたまやってて、水が怖い子供を川に入れたり。。。。って、別に怖いものは怖いままでいいじゃないか。何かそれがいけないのだろうか。怖いには怖いなりの理由がある。それを後々に考えていくことの方が大切に思うのだが。
 さらに男子は魚を採って、女子は畑で収穫って。。。男子も女子も同じことさせ〜〜や〜〜と思うし。どうしてそんな役割分担させるの? 女子だって魚採りたかったら採るし、男子だって畑で収穫したいかもしれないし。
 しかも川に飛び込むのは男子だけとかって。。。女子だって飛び込ませてやれっての。やりたい子だっておるだろうに。
 
 大人が望む、こうなってほしい、というものに矯正しようとするのって、気持ちが悪い。聞き分けのいい、なんでもポジティヴにこなしていく子供なんて、なんだかキショいわ。軍隊かっての。

 ところで。この男子、女子、いう呼び方ですが、〜〜〜〜男子というのは、どうしてこうもイメージが変わってしまったのだろうか?

 かつて男子、と言えば「日本男子」とか、すごく凛々しいイメージだったのに、最近は弁当男子とかね、なんだかすっかり軽薄になってしまった。〜〜〜〜男子なんて描いてある記事見つけると、それ、ぶっち破りたくなる。そしてそこに映り込む20代30代の優男を見ると、全員相撲部屋に送り込みたくなる。

 四股踏め、四股を!

 みたいな。。。。あたしが一番矯正したがってる???

 

 

2009年10月10日(土) 傑作!

 きのうはEMIでノラ・ジョーンズの新しいアルバムを試聴させてもらったんだ。

 ノラ、ずっといっしょに音楽を作っていた恋人と別れて、新しい仲間たちと音楽を始めた。自分で歌を書き、自分の足で立ち、成長した。

 以前、ミュージックマガジンで、能地祐子さんがノラ・ジョーンズは「まかせ上手」って、絶妙な言葉で表現していたけど、まかせ上手を辞めたんだ。

 失恋したことで歌の陰影がより濃くなって、すごくいい。情景が思い浮かぶ。自分で自分の歌を追い求めて行ってる。しっかりと。

 そうやって女性シンガー・ソングライターたちは、ジョニ・ミッチェルも、リッキー・リー・ジョーンズも、みんな男=だいたいプロデューサーとかバックのミュージシャンとか共作者。。。と別れると一皮向けて成長する。

 が。ノラという「ぜったいに儲かる安心株」みたいな存在にしがみつく奴らがいる!! ジェシー・ハリスとか、そういうヤカラたち。そうそう、ノラで大儲けしてきたオッサンたち。

 オッサンたちは「オレらがいないとダメだろおお?」とでも言ったのだろうか? しつこくノラにまとわりつき、しつこく共作などをして、つまらない、以前のような、変りばえしない曲を書いて、アルバムをつまらなくしてしまった。

 ノラ、きっといい子なんだろう。断りきれなかったんだろう。でもここは断らなきゃ。それともEMIのアメリカのスタッフがバカなのだろうか? ここは断らなきゃ。

 せっかく彼女が成長するきっかけを、新しい一歩のすばらしいアルバムになるはずだった作品を、寄ってたかって壊してしまった。

 とは言え、大半以上はノラ一人で書いた曲。だからアルバムはいい。オッサンたちの曲は飛ばして聴けばいい。ああ。。。。だからダウンロードって便利なのかも? それは買わなきゃいいんだからねぇ。

 やはり作品に妥協はよくない。どんなにいい人でも、作品を作るときは鬼にならなきゃ。鬼になって「あんた、いらない」と言える人が傑作を作る。傑作の影では意外と泣いてる人がたくさんいるはずだ。

 傑作はそういう影も背負ってるからこそ、傑作なんだ。

 
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