2009年08月25日(火) 死にたい、という言ってしまう人の話
昨日、友達と恵比寿でお昼を食べたのだけど。。。そのときに友達も落ち込んでて「今日は久々に号泣した」とか言ってて、それにつられて私も辛い辛いを連発して、いつものように「死にたくなる」とか言ったら、友達に「死にたいと言うな。言われた方は暗くなる。どうしろっていうんだ」と怒られた。それでも私は「それでも辛いから言わせてほしい」と食い下がる。友達は「言われたほうの気持ちも考えろ」と怒る。「でも言わないでおられない」と私。友達は「そんなことしてると友達いなくなるぞ」。「うん、それも仕方ないと思う」とさらに続ける。「そんなことしたら悪循環で本当に死んじゃうぞ」という。「そうかもしれない。でもそれでも仕方ない。どうしようもない、それが分かっててもどうしようもないときがあって、今がそれなんだ」と言った。友達は黙った。
確かに。。。。死にたいなんて言われたら、言われたほうは困る。怒る人もいるし、焦る人もいる。簡単にそんなこと言うなと思うだろうし、生きたいのに生きられない人もいるんだよ、と思うだろう。
でもぜんぶそんなことは分かってる。分かってるのに言ってしまうときもある。ごめんねと思うけど、言ってしまうときもある。
ものすごい勝手だと分かっているけど、そういわれた人は、友達とか誰かが死にたいと言うのを聞かされた人は、黙ってただ、そうだねそうだね、とうなづいてほしいんだ。もっと仲良しなら、手を握り、背中をナデナデしてほしいんだ。私に限らず、死にたいなんてつぶやく愚か者は誰もがそうだと思う。
だって、死にたいは死にたいじゃなくて、生きたいのに死にたいほど辛いということだから。。。。深い深い悲しみの中にあるのだから。
わかってるんだ。そんなこと言ったってどうしようもないって。そんなこと言う自分がいけないことも。でもそれでも言ってしまうのは、言うことで、逆に生きようとしてるんだと理解してほしい。
ものすごいわがままなのは分かってる。呆れて、友達の言うように離れていく人もいるだろう。だからそれは仕方ないと私は思っている。こんなわがまま勝手な私に愛想を尽かすのは当然と分かってる。
慈愛の心を求めるのはあまりに勝手かもしれない。でもいっしょに、うん、うん、とうなづき、共に哀しんでくれたら、と願うんだ。。。。。。。。
しかし。
勝手ばかり言う私にはバチがあたって、それから昨日は急にめまいが起こってしまった。死にたいなんて言ったくせに、めまいがしたら大騒ぎで。。。。安定剤飲んで、ヨレヨレになって帰ってきて、今日は朝から不整脈だ。
友達は心配して、お茶を頼んでくれた。また元気になったらご飯しようと言ってくれた。ありがたい。見捨てられてないです、私。
ところで。
きのう、亡くなった大原麗子のお葬式で浅岡ルリ子の弔辞を聞いていたら、すごい共感した。泣いた。
これ、全文
麗子、あなたとのおつき合いもテレビドラマの共演がきっかけで33年ぐらいになります。あなたは私の友達というだけでなく、私の家族全員の友達でした。 「麗子を浅丘さんのうちの家族にして。一番下の妹にして」と言っていたように、私の両親や姉の最期にも立ち会ってくれました。特に父の最期には、ベッドに寄り添って「お父さん、お父さん」と、顔をなでてくれた優しい麗子を忘れません。
人のためにも、自分のことにも、本当によく泣く人でした。結婚してからも、お正月を毎年私の実家で過ごし、よくしゃべり、遊び、食べ、楽しい日々でした。いつのまにか、お正月はもちろんのこと、お互いの誕生日、花火大会、おいやめいの結婚式まで、欠かせない人になっていました。
そんなあなたともここ数年、何度も言い合いをし、けんかになって、距離を置いた時期がありました。夜中の2時、3時におかまいなくかかってくるあなたからの電話、長々と人様や自分の不平不満を訴えるだけの一方的な長電話、こんなことが何回も重なると、あなたの声さえ聞いているのも辛くて、「もう麗子からの電話には出たくない」と思ったものです。私だけではなく、あなたを大切に慈しんでくれた身内の方、友人たち、すばらしい仕事仲間たちの行為を一切受け付けず、拒否し続けるあなたの気持ちが私には分かりませんでした。
そんな去年の暮れ、転んで骨折したことを知り、食事を用意して妹とうちを訪ねたとき、あなたは玄関で私の顔を見るなり飛びついてきて、「なんで浅丘さんすぐに来てくれなかったの。浅丘さんが来てくれるのずっと待ってたんだから」と、私と2人、尻餅をついたまま、怒って泣いているあなたの肩を抱きながら、私が思っている以上に深い苦しみを抱えて、傷ついていたのだと、麗子の心の内が見えた思いがしました。
それから数カ月、突然の訃報を聞いてただ驚き、信じられず、まるで心の中に重い石を詰め込まれたような思いで、何も考えることができず、『どうして、どうして』と、つぶやくばかりでした。初七日に優しくほほえむあなたの遺影に向かったとき、私は「麗子のバカ」と思わず言ってしまいました。あんなにかわいく、優しかったあなたが、突然、頑固でわがままな人になってしまったのはなぜ。誰かれ構わず、怒りをぶつけていたのはどうして。なぜ、あなたは周りの人をこんなに混乱させたまま、逝ってしまったのでしょうか。何を聞いても答えてくれないあなたの遺影を見つめているうちに、写真のあなたの顔がくしゃくしゃとゆがんで、泣いているように見えました。その時、あなたの抱えていた病気が、一人でいる寂しさがどんどんあなたの心をかたくなにしていったのだと今更ながら分かったような気がします。
あなたがどんなに私のことを拒否しても、姉として、あなたをちゃんと受け止めてあげるべきだったのです。優しく、後ろから背中をさすってあげればよかったんです。本当にごめんね麗子、ごめんなさい。今、こうしてあなたに話しかけている私は、もうなんのわだかまりもありません。私はあなたのあふれるほどの優しさ、かしこさ、かわいらしさだけを思いだしています。どうぞ、おだやかに心静かに休んでください。私の妹、麗子へ
・・・・そうなんだ。死にたい、って言う人の気持ちは大原麗子の気持ちと同じだ。わがままだけど、でも受け止めてほしいんだ。ほんとうに勝手言うけど、受け止めてほしいんだ。ただ、受け止めてほしいんだ。
なんだかとりとめなくて、うまく言えないけど、とりあえず。