ひぽこんコラム

2008年03月22日(土) 真央ちゃん

運動記:畑行って体がゴチゴチに疲れたので、頑張って「自立整体」に行った。無理して行ったが良かった。股関節を動かしたら疲れが少しとれた気が。これから畑後はこれに来よう!と思った。先生の目の前でやって、鏡に丸写りでセイウチはさらに大きくなっている。そう! 運動してるのに太った!!

 朝青龍、勝った! 号泣っ!
 今日はあんまり気合入れて見ると負ける。。。などと思って、ユニクロの広告などを見ながら横目で見た。でも最後は結局興奮して立ち上がった!

 昨日は高砂部屋のHPのBBSも泣き言いっぱいで、「たとえ負けても、あの休場の2場所に比べたら、お姿が見えるだけで喜ばなくては」などという、ジャニーズファンのようなノリになっていたのだが(爆)。しかし今日はまた「この分なら明日は勝つっ!」の猛々しい感じのBBSになっていた。ヨシヨシ。と。毎日チェックしてる私。。。。

 明日も横目で見ることにしよう。って。そうそう。千秋楽の切符を買い損ねて、私は大阪に行かないのでした。



 REMHQにも貼られていた、ハゲちんの、超今さら、僕はゲイ♪宣言をご覧になりました?(←正確にはマイクとピーターはストレートです宣言ですが) ビデオですわ。

 別にゲイだろうがなんだろうがいいんですが、なんかこういうタイミングで話題つくりのようにして出すのっていかがなものだろうか? あさましい、というように映ってしまう、私には。
 私はあんまり好きじゃないなぁ。有名人がカミングアウトするのって。たとえば私は鬱病でしたとか。私は親に虐待されていましたとか。えっ? オマエはいつも病気病気言ってるだろって? いいの。私は有名人じゃないから。フツーの人の、ただの泣き言っす。

 昔はそういうことってネガティヴにとられてみんな隠していたけど、最近はそいうのがウリになる。そしてたくさんの人がそういうカミングアウトをする。
 なんかハゲちんの今回のにはそういう臭いがして、なんかなぁ〜。そういうことをして欲しくはなかったなぁ。大体ハゲちんがゲイなんてことはみ〜〜〜んな知ってるというか。あのステージ見てそうじゃないなんて誰も思わないってば!ていうか。冗談っぽくやってるんだけど、別に冗談でもなくて、なんかぁ、イヤらしい感じばかりが残る気がするの。

 カミングアウトしていいのって、たとえば今、浅田真央ちゃんが、実はあのとき骨折してました。。。とか言われたら、ひたすらにスゲエエエエエエエエエエと思う。そういうのは○。
 朝青龍とかさ、どんなに怪我してても場所中は絶対に言わない。それが不利になるから。終わってから実はあのとき怪我していたとか言う・・・・。いや〜〜〜ん。もしかして、この2連敗は怪我していたのかしら?????いや〜〜〜〜ん。

 なんかこう。つまり、潔さ、みたいのを私は求めるのだ。

↑あ、それから、スターさんにはミステリアスさを求めるんだ。それのが大きいかなぁ。なあなあが好き。

 

2008年03月21日(金) ぐだぐだ

ビルボード誌にハゲちんのインタビュー

 朝青龍、よもやの連敗っ!
 連日の佐渡ヶ嶽部屋力士にの負け。
 信じられない。
 本人が一番信じられなそうだが。
 ああああああああああああああ。
 あああああああああああああああああああ。
 でもまだ優勝を信じてる。そりゃファンだもの!



PS:ひえええええ。まさに最近話題の、「前と後ろに子供乗っけてるママチャリ」がひっくり返る場面に遭遇! でもそのママは子供にヘルメット被せていたから大事には至らず! そして意外となんら怪我もしてない様子。うううむ。子供はあのイスにすっぽりハマってベルト締めてるから大丈夫なんか? ヘルメットさえ被れば大丈夫なんか? しかし前に荷物入れただけでもヘロヘロする私には、子供二人も乗せてチャリ漕げるオカンのパワーには脱帽です。
 あれくらい、許してやれよ。んな特別なチャリじゃなくても、普通のチャリでも平気だってば。警察さんよ〜〜。
 ママはそうじゃなくても大変なんだからさぁ。んなこと言うなよぉ。
 そういえば、ちょっと前の新聞に、あのだめんずの人が子供のいる女の人がワガママみたいなことを書いていた。自分の都合ばかり押し付けるとかなんとか。確かに。そういう部分もある。一緒に働いて居たりしたら目に余るところもあるだろう。子供が子供がで、仕事は二の次で。
 でも子供を育ててない私からすると、面倒なことを引き受けて、少子化問題に協力してくれるわけだし、まぁ、ご苦労さん、って感じ。そんなだから、子育てしてるって、ある意味、まぁ、面倒な、、、そうだなぁ、病気でも患ってて大変だから、ワガママもオレ様なもんも出て来ても仕方ないって風に思うというかなんというか。そんな風に考える。ママになるって荷を背負ってるわけだから、まぁ仕方ない、その渦中にいる人には、お疲れさんって、周りはカリカリしないでやってやれよ、という感じ。
 大きな荷を背負い、汗かきまくりで、アセってるときなんてさ、周りなんて見れないもん。ただただヒイイイイイイイだよ。
 子供も前と後ろに乗せて、ガアアアアアアアアだよな。
 
 ところで↓は、終わった。。。やっと。ただ、自分がグウタラしていたからだと分かった(爆)。




 もう一昨日からずっとハゲちん原稿forミュージックマガジンをやってるのですが、いつまでたっても終わらない。というのも合計30ページくらいあるインタビューを8ページまで(←ページ割として)落とさなくてならず、ううむううむ。何をどう削ったらいいのかとか、文章の流れとか、文章のおかしなところとか直したりとかなんとか。んもおお気が狂いそうな感じ。でもこれはまだマシ。音楽誌だから長いもん。ものすごい長いインタビューを「640字で」とかよくある。それから新聞なんてどんどん文字が巨大化していくから、新聞てどんどん情報量が減ってる。どうして文字をそんなに巨大化するのかなぁ? それもイッセイノ〜デで。あらかじめ虫眼鏡でも愛読者に配っておけばいいのに。洗剤じゃなくて。虫眼鏡。それで小さい文字でもいいじゃん。ダメ?

 それにしても昔は小さな文字とか、黒い画面に書かれた文字とか平気だったのに、今はダメ。老眼ということをしみじみ感じる。今も、日頃かけているめがねよりも度数を落とした老眼対応めがねをかけて書いている。こうするとずっと楽だもん。

 年をとるって大変だなぁ。この間太極拳に来ていたオバちゃんは、涙腺が詰まってしまい手術をして、「今もまだ涙腺から鼻にかけて管が入ってるのよおお」と笑っていた。ひぃいいい。痛そう。

 あちこちあちこちにガタがくる。だから病院とかに行くのに、高い保険料をとったり、高い診察費をとるように法律を変えてしまった。そんなところを切り詰めないで、道路とかきりつめろよ。

 年よりは病院に行きすぎだ、って言うのは若い、健康な人が言う暴言だと思う。自分だって年とって身体が悪くなったら病院に行きたくなるんだ。

 ああ。やっぱりこの国はイヤだ。誰かが気がついて、いや、みんながちゃんと気がついてシステムを根本から変えないとダメなんじゃないのかぁ?

 チベットで僧侶がボロボロ殺されても中国にはなんも言えず。首相は宇宙と対話してニッコニコとかだしなぁ。なんか言えよ、なんかさぁ。むろんなんか言っても中国は日本なんか知らん顔だろうが。しかしアメリカもなんも言わないなぁ。政治って、誰が死のうが誰が苦しもうが結局国の思惑だけだよなぁ。同じ悪いことしても、知らん顔するときもあればスカッドミサイルぶっこむこともある。

 と。朝からまた暗い気持ちになる。
 さ。ハゲの発言でもバリバリ削ってやるか。。。。

 そうだ。昨日師匠からFAXがバリバリ送られてきて、チベットのことで中国政府や日本政府に「ここに署名してFAXしろ」というのが着た。よく読んでから署名して送ろう。すぐには署名しないんだ、アタシ。
 チベット問題については、今、デモを起こした人が殺されたりしてることには絶対NGだが、しかしその根本の問題についてはよく知らない。ダライラマが戻ることが最善なのか? 彼こそが絶対なのか? 彼が居た頃には平和で貧困もなかったのか? とか分からない。中国はどうして侵略したのかも知らない。もっと勉強しなきゃなぁと思う。

2008年03月20日(木) イラク開戦5年

運動記:今日は祝日だからって、特別プログラムなんて余計なことをするサンプラザ。行ったことないストレッチ何とかいうクラスに行ったけど、人は多いし、足技ばっかりだし、なんだか楽しくない。しかもこの寒いのにエアコンつけてて、その風が直撃し、顔が痛くなってしまった。私は三叉神経痛。途中で止めてくれ、とお願いした。ろくでもない一日。そして朝青龍が負けた。愕然。あのお馬鹿ブログの琴奨菊に負けるなんて。あり得ない。今日はなんかヘンな日だったのかもしれない。いろんな意味で。



 イラク開戦から今日で5年だけど、別にTVではそういうのはやらない。新聞にはあったけど。

 日本はイラク戦争に参加しているのになぁ。人殺しに加担してるのに。

 私たちがアハハハ笑ったり、鬱々したりしている間に赤ん坊の足がもげたり、子供の腹が爆発したり、お母さんの目玉が飛び出たり、お父さんの頭が吹っ飛んだり、お祖父ちゃんの腕がグシャッと潰れたり、お祖母ちゃんが瓦礫の下に埋まったり。

 血みどろでドロドロの毎日。たくさんの音、臭い。震動。ビクビク毎日暮らすってどんななんだろう?

 いきなり不条理に外人がやってきて、大切な夫が連行されてしまい泣き叫ぶ気持ちとかって、どんななんだろう?

 血の臭い、肉が腐る臭い。火薬の臭い。

 たくさんのホコリ。花粉や黄砂どころじゃない。舞い上がる粉塵。

 そして劣化ウラン弾の永遠に消えない放射能。

 バ〜ンバ〜〜ンという何か分からない音。

 自分の右手や右耳とかがポンッと爆発する爆弾にやられてすっ飛んだ後を想像してみる。

 血管が切れて血が噴出して、痛いより熱くて、怖くてギャアギャア泣いて。耳はないのに耳鳴りがキイイインとして、頭が張り裂けそうになる。そして自分が死んでいくことを思うと、涙が溢れて溢れて、どうして私が? どうして私が? どうして私が? どうして私が? とナットクできなくて、とたまらなく悲しくなる。

 そして私は痛みとパニックと死んでいく哀しみで叫びを上げ続ける。いやあああああああああああああああああ。いやあああああああああああああああ。いやああああああああああああああああ。

 涙が止まらない。

 いやあああああああああああ。いやあああああああああああああ。いやああああああああああああああああ。

 その隣で、私の大切な人たちも死んでいく。同じような、ひたすらの、言葉にならない叫び声をあげて、血を噴出しながら。

 これ以上に悲しいことはない。憎しみとかなんて、その究極の死の場面にはない。ひたすら悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて涙があふれる。

 やがて私は叫び疲れ、その声が小さくなっていく。
 血は地べたを真っ赤に染めるに十分なほど流れ出し、意識が薄れる。やがて私は静かに死んでいく。

 でも私が死んでも私が挙げた、いやあああああああああああという叫び声はそこにこだまし続けるんだ。その病院――瓦礫のような建物――の部屋を抜け出て、廊下を走り続ける。叫びは塊となって、いつまでもいつまでもそこにいる。それは霊とかいうような夢幻の呼び名じゃない。叫びだ。叫び。本当の叫び。それがこだまし続けるんだ。永遠に。

誰が何のためにこんなことを続けているのか?

 そこで流された血以上の涙を私たちは実感してるのか? その思いを誰が受け継ぐのか? 

 不条理に殺されていく恐怖と絶望の涙を、誰がぬぐってくれるのか? 
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