GWだし、
これで踊って盛り上がろう♪ 今日は朝からいつものように農業へ。すっかり日課になっているが、今日ははじめての収穫もあり、おおおっ!
収穫はやはり嬉しく、それは=食える、から。=タダだから。
いやまぁ、タダじゃないよね。最初にお金は払ってるから。でも野菜料金としてチャリンと幾ばくか払わないで、ここに生えてるのいくらでも自分のおおおおお!というのはすごい。
そんなこんなで、収穫した二十日大根などはこんな感じに。

そしてそんなサラダを作ったり、小松菜茹でたりしてる合間に、外は雷雨。音楽でも聞くか〜〜と、アークティック・モンキーズの新譜をいただいたので聞く。
聞きながら、こういう、イギリスの若い男の子たちの意地悪そうなバンドってのが、昔は私、怖くて、というか、自分はぜんぜん違う種類の人間だし、ダサダサだし、見下されてるだろうなぁとか、バカにされてるだろうなぁとか思ってて、いつもいつも取材するのがすごくイヤだったんだよなぁとか思い出していた。
今はぜんぜんそんなこと思わない。今は「あぁ、息子って言ってもいいくらい・・・」というまた別の悲しい感慨なのだが・・・。
でもその昔はなぜか私はUKものを多くやることが多く、というかいつの時代も日本の洋楽業界はUKロックが上↑みたいな。そんな風潮で。昔は音楽雑誌の仕事ばっかりだったから、仕事の中心は自然とそうなっていた。
だからたくさん会ったよね。90年代のUKバンド。死ぬほど。そしてそのたびに、このアークティック・モンキーズが発散しまくるような、酷薄さとか、皮肉っぽさとか、相手を値踏みする感じとか、つっぱりまくった感じとか、そういうものに疎外感を感じて、おびえていた。
今にして思えばただガキんちょが突っ張っているだけで、向こうのが必死で必死で大変で、私の方が絶対的に優位であったのだが、当時はそんなこと分かりもしなかった。
選民されて、私なんて笑い飛ばされてペッペッとされて終わり、のような気がしていた。そんなだからまっとうなインタビューなんて出来たはずもないように思う。
て。実はぜんぜん何にも覚えてない。誰に会ったとか。何を話したとか。だいたいそういうのも捨てちゃったから残ってもない。すべては紙くずとなって消えた。そんなもん。。。。。
アークティック・モンキーズは、私にあのときのその気持ちをものすごくクリアに思い出させる。若いときの劣等感。コンプレックス。疎外感。今もきっと私の奥底に眠ってるそんな感情をズルズルとヒモをたぐるようにして、引きずり出してくる。
人の劣等感をキィイイ〜〜という感じでくすぐるバンドなんだろうか?
ところでレコード会社から例のダルフールのチャリティ・アルバムのご案内が来た。REMのシングルだけが入ったCDもついて。でもさぁあああ。なんだろ? そこにはダルフールで起こっていることへの記述がぜんぜんなかった。REMHQからも飛べた、アムネスティの資料の翻訳だけがついてて。
仮にもこれはチャリティ・アルバムで、日本でそのことを知らせ、より多くの人にこのアルバムに興味を抱いてもらい、アーティストたちの願いである、ダルフールへ目を向けることを促すのが役目ではないか??? なのにぜんぜんそれに対する記述が資料にはない。もちろんそれぞれ勝手に調べればいい。ダルフールとググれば、すぐに出てくる。
たとえば、
国境なき医師団のとか。
すごく分かりやすい一目瞭然なこんな
紹介をするブログもある。
さらに的確なのはこの
オックスファムの記事。
こういうのを見れば、「ああ、どうにかしなきゃ!」と思う。
そしてそう思ったら、たとえ誰もが簡単にググれるとしても、使命感のようなものを抱き、「このCDを売ることで多くの人により知ってもらおう」という気になる。
そうしたらたった1枚でもペラリとその資料を添付して配布しようと思う。少なくとも私ならそうする。なんて、こんなところでレコード会社批判をしていてもしょうがないのだけど、せっかくこういうチャリティ・アルバムを危機感を持ったアーティストが作っても、送り手にその意識が欠片もなければ、まったく意味がない。そのことにすごくガッカリした。
『ホテル・ルワンダ』で言ってた台詞を思い出すよね。ほかの国の人達はルワンダのニュースを見て「まぁ、かわいそうね」と言って、でもそのまままた夕食を食べ続けるだけだ、ってやつ。