ぼんのう
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先日、ニューヨークテロ事件に対して、有明(だっけ?)で追悼集会が行われた。残念ながら行けなかったが、黙祷はした。 胸が痛い。
一方でアメリカ大使館とか首相官邸とか色んな所で、報復派兵に反対する人達が集まっていたけど、なんか思い出すな…。
約10年前、大学在学中にちょうど湾岸戦争というのがあった。 あの頃、大学の殆どが戦争反対を叫んでいて、我輩を含めてほんの数人しか賛成してなかった。 んで、確か政治学だか何かの授業の時に、ディスカッションというかディベートというか、湾岸戦争に賛成か反対かという内容で、我輩だけが賛成という状況があった。 反対派の言っている事があまりにも空理空論で、単に人を殺すのはよくない、外交交渉で進むべきだ、元々帝国主義時代における国境だからクウェートはなくなっても問題ない、賛成するのは軍国主義者だ…なんか無茶苦茶言われてしまったが、我輩の一言で全て決着した。
「強姦されかけ、殺されかけている人がいる時、あなた方は助けもしないのですか?」
ディスカッションには勝ったけど、数週間我輩の大学内個人用メールボックスの中は、個人攻撃の手紙でいっぱいだった。 あの頃から我輩は、意味もなく打たれ強くなっていたんだなあ…。
平和は大切だが、戦争は残念ながら人間がこの地上にいる限り続けられる。 平和をもたらす行動に、その人の信念がある。 今でも我輩の考えにおいて、一人の殉教者にたどり着く:ディートリッヒ・ボンヘッファー。 1945年、ヒトラー暗殺事件の関係者として刑場の露と消えたプロテスタント神学者は、彼の信念をこう述べた。
「狂人がバスを奪い、登校中の小学生の列に突っ込んだとしよう。 キリスト者は何をすべきか? 行ってはねられ殺された子供達の冥福を祈るだけでは足りない。 行ってバスの中から犯人を引きずり出すことをしなければならない。」
本当の平和が訪れますように。
早いな…もう数日後には1周年。 そうか、去年の今ごろ、あの企画の為に茨城県のあそこに行ってたのか。 体力あったな…ふう、歳はとるものであるのお。
さて、3連休。 何をしているかと言えば、痴呆の進んでいる親父の隠居所で人間のクズ化している…要するに何もしていない。 それにしても謎の場所である…毎年川の事故を起こしている荒川(今年は上流で崖が崩れて、高校生が大変な事に…)&寄居町。此処ほど似非ナチュラリストが溜まる場所はないよな〜。川近くにスーパーやホームセンターがあるので、わざわざ東京から持ってくる必要ないから、便利と言えば便利だけど、その為に中途半端な発展を遂げている。 国道沿いにスーパーとホームセンター、ガソリンスタンドとパチンコ屋のオンパレード。 極めつけは地元の農協が勘違いを起こして作った巨大直売所。 地域振興以前に、もう少し別な所に気をつけて欲しいな。
このような場所であるが、夜はなかなかスリリング。 国道沿いには結構居酒屋が建っている。
駐車場付
こないだ夜中に東京から来た時、何回もフラフラに走っている車にぶつかりそうになる。当たり屋を職業にしているなら、ここに来よう!
って、警察、何しとんじゃあああ!!!
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、日記構成が変わりました:
1)構成図案が変わりました。 これで少しばかり、読みやすくなったと思います。
2)他社広告宣伝がなくなりました。 これで矛盾がなくなったかと?
さて、今日WindowsXPを紹介するWindowsエキスポに行って来たが…なんでまた幕張メッセなのかなあ…ここほどいろんな意味に苦痛を感じさせる場所はないのだが。 正直言おう、我輩は幕張メッセが大嫌いだ! 遠いのは言うに及ばず、飯はマック以外高いわ、インド料理以外不味いわ、ビジネス用に作ったであろうホテルの宿泊費はバカ高いわ、でも一番嫌いなこと…
近未来的デザインの人工的な町並みは一番嫌い
え?エキスポ? いやあ…XP以外、これといって…
吉祥寺北口から出て、平和通りを渡ると、ゴチャゴチャした昔からの市場がある。まあ名物だから、詳細は省こう。 少し用事があったので、久しぶりに市場の中を歩く… 「紅虎餃子館」がない…。 吉祥寺ロンロンの中にあるから、そっちに統合されたようだけど、惜しむらくはあのマンゴープリンが食べられなくなってしまったこと。これは非常に残念。東京でマンゴーが非常に濃いマンゴープリンを出す店なんざ、そんなにない。
少しうろうろしていると、どこからともなく「りんけんバンド」の歌が…。 音楽の流れる先をたどると、店としての体裁が全然整っていない沖縄特産店の店発見!!!まだできて間もない感じがするが、一通り沖縄に関係する食品、お茶、衣類関係等あり、これは大変うれしい。 せっかくだから島とうがらしとウコンでも買おうと思ったが…
店主は?
…あれれれ?
なんかアバウト。暫く待っていたら、40歳前後のおっちゃん登場。 イントネーションとか聞くと、どうもウチナンチュー(琉球人)らしい。 買い物をしようとしたら、
「あれ?沖縄から来たの?」 「いえ、ヤマトンチュー(内陸の人)ですが?」 「あれま!そうなの!ヤマトンチューなの?好きなんだ、沖縄の」
少しおまけしてくれた。
武蔵小金井北口にある沖縄料理屋もそうだけど、なんかウチナンチューの人たち、なんでこんなに親切なんだろ? 台湾でも同じ事があった。 店などで買い物しても、店主とか売り子がいなくって、暫くすると出てくるアバウトさ。でも色々お話ししたりすると、本当に親切でやさしい。 南国の風土がそうさせるのだろうか?
まあ、いい。 琉球料理が大好きな我輩にとって、良い店ができた。 これからも贔屓にし、週一回買い物に行くとしよう。
我輩は甘いものが苦手であるが、月に一回無性にチョコレートが食べたくなる時がある。ただそのチョコレートに関して、所謂甘味が強いものではなく、ブラックチョコレートとか、ハーシーの荒削りで噛めば口の中が血だらけになるようなものを、冷凍庫で凍らせて食べるのが好きである。
さて、ここで素朴な質問。 チョコレートの賞味期限はどのくらいであろうか?
実は会社にある冷蔵庫(冷凍庫)の中に、去年の秋に買ったチョコレートが一枚入っている。 このチョコレート、少し変わった経緯で入手したものである。
武蔵野市はロシアのどこか(ウラジオストックだったかな?)とどういうわけか友好都市関係にあり、去年、吉祥寺のどっかでロシア祭みたいのやっていた。 ロシア大使館の人とか、ウラジオストックの観光担当役人が、フリーマーケットみたいな感じでロシア製の雑貨を売っていたけど…なんか売り物からして、涙を誘うものがあったような気がする。
んでその中にロシア製板チョコがバラ売りされていたわけである。
でもさあ… 普通こういう公共主催の祭で食品を売る場合、たとえば特産品とかを綺麗な包装に包んで売るんだけど、これ、完全にバラ売り。
「これ、日本出張の際に、あなたのアタッシュケースに入れたものを出しているの?」
…と思わず訊きたくなるくらいにゾンザイに売られていたなあ…そんなものを、6枚くらい買ったような記憶がある。
大学時代、ロシア大好きの同級生がいたけど、彼女曰く、ロシアのチョコレートは日本の森永や明治と違い、荒っぽく味もゴッツク男性らしく、あーん、そのままアタシをトロけさせてーん…と言うのを思い出した。 そんなに別の意味で美味しいのか? 会社の冷凍庫に放り込んで、1週間後、中毒症状(?)が出たので食べてみた。
うめえ
いや、確かに美味い! 社会主義革命が成功したのは、ウォッカとチョコレートだけだな、うん。
そんなチョコレートが1枚だけ、冷凍庫にある。 1年前のチョコレート。 食っていいとは思うけどなあ…でも最大の問題は…
釘が打てる
さて、今日は企画の調べ物の為に、国会図書館に行って来た。 実は永田町界隈は好きではない。 理由は美味しい料理を出す店がないから…って、あたりまえだよなああ…。 一度、ある代議士を無理やり脅して、議員会館の食堂で食べたけど…まあ、普通だったなあ…他に農林水産省の地下食堂にも入ったことがあるけど、ここはすごかった。いや、料理がすごいのではなくって、地下全体が御用業者の小売店アーケード!!!何でも買える!何でもできる!ここにフーゾクの店があれば、完璧! 税金の有効利用を目の当たりにした。
さて、永田町の駅を出ると…
警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官警察官
…もう佃煮にできるくらい警察官が沢山。 理由は…もうわかってる!言わなくてもいい! まだトラウマが残っているんだからよお…。
でも我輩自身、別に警察官がいるからどうとは思わない。 ダブルスクール(デザイン学校)で通っていた同級生の女の子は、警視庁機動隊の隊員と結婚してるし、小金井警察署の警官のおっちゃんと職業のことでダベッていたし、警察官を見て緊張するという感覚はない。
問題は痴呆が進んでいる親父の方。 買い物とか散歩とか医者まで連れて行く際、向こうからパトカーとか自転車に乗った警察官が来るとしよう。 ふと気が付くと、親父は引田天功もびっくりな業で消えている。 通り過ぎると、目線をキョロキョロしながらどこからともなく現れる。
あのよう、親父…
若い頃、ムショに入ってただろ
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