| 2014年08月30日(土) |
歌は歌った瞬間から聞いた人のもの |
「歌は歌った瞬間から聞いた人のもの」 秦基博が変わるきっかけになったライブハウスオーナーの言葉。
歌は自分のものだと歌ってた人からすれば、天と地がひっくり返るような、価値観の変化だろう。
ただここに気づけて秦基博は独りよがりの歌をやめる。
これは全てのことに共通しますね。
| 2014年04月24日(木) |
女のいない男たち まえがき 村上春樹 |
ちょっとした時間潰しで本屋に入る
出入口の真正面の一番良い場所にそれはポジショニングされ、そして他に山積みされている本達と比べても、既に凹んで谷を作っている
それだけ売れていることが一瞬で解る
基本的に村上春樹は持っているし全て読んできた。そして、今回は9年振りの短編集であり、原作に読者からクレームがつき修正しと、そんなに大きくは無いが静かに物事が起きて沈みここまで来たのだという感じはある。
でも僕は今回この本は買わないでおこうと思っている。1Q84も多崎つくるも、結局熱中して読めなかったからだ。そして、その結果から村上春樹は、自分の中で過去の人になってしまい、期待すら抱かなくなったのだ。1Q84で疑い、多崎で確信したということだった。
自分としてはそんな心構えだったし、時間もあるし、時間潰しのために、立ち読むかと思って、まえがきを読んでみた。ちょっとは読めるシロモノになってるかな。いっちよ読んでやるかなと。帯のキャッチを読んで、相変わらずな感じだなぁと上から目線で。そして他の本や雑誌と全く同じようにある意味乱暴に手をとってページを巡り、目次をさらさらと見る。
まずはまえがきからかと。 そしたら、のっけから春樹100%である。まだ何も始まっていないまえがきで、もう完全にワールドである。ディズニーランドのスペースワールドで一気に暗闇に連れてかれて気づいた時には出口に出てると。そんな感じなのである。
そして思ったんですね。これは過去のものではないと。そうなると春樹は落ちてなくて、自分が勝手に求めすぎたのだと。あり得なく勝ちようのない倍率を自分がヤクザのごと吹っかけていたんだと。
そう感じて、本を閉じて、山に返した。でも僕は買わない。この短編は時間が空いた時には本当に丁度いいからだ。いい時に使えるようにカードは温存するのである
どきどきすることも減ったなぁ。 何故かふとそう思いながら、帰宅電車に乗り、空いてる席に座る。
会社帰りの二十代前半の女子二人連れが、自分の目の前に立つ。
ブサイクではないけど、太っても痩せてもないけど、花がなく、パッとしない感じ。
そして社会人二年目という感じでコートに着られてる感。
そんな女二人が、男のタイプについて話し始めた。 別に聞くつもりもないけど聞こえてくる。 しっかりしているとか、生活力があるとか、自分の力で生きれるとか、言ってることは間違ってはないけど、なんかパッとしない。
やっぱり要は何を言うかじゃなくて、誰が言ってるか、なんだよね。 結局のところ。
時間を浪費してるので、はてブとFacebookのアプリを削除する
これでかなりの時間を稼げるはずだ 稼いだ時間で何するか? やはり最も旬な英語でしょ
それはそうと今日は川崎大師へ厄除けへ 年明けからついてないのでリズム変えてこうと
しかし天気がいい 雲一つないし 境内の屋台でたこ焼きとゲソ焼きと鳥皮餃子と串焼きを買って昼ごはん
瓶ビール入れのプラスチックケースを足にしたテーブルを囲むバラック感
日差しは気持ちいいし、横のテーブルではおっさん達がワンカップ飲んでるし、子供達は猿回しを見に行ってるし、とにかく最高だな。
今日は本当いい天気だ。 冬物コートはお留守番でジャケットを羽織る。
緑の山手線にのり目黒で降車。 日差しは暖かくもう春の気配。 駅から目黒市民センターまでの道すがら。
目黒新橋から目黒川を望む。 桜はまだ咲いてないが咲くと華やかな景色が想像できる。 今日はいい一日になりそうな気分だ。
長女の出番までにまだ時間があるから外に出る。 会場前の喫茶店で次女がソフトクリームを食べる。自分はコーヒー。
長女はいい演奏ができるだろうか。 そんなことを思いながら飲むコーヒーは美味しいなと思った。 次女の口のまわりはソフトクリームでベタベタ。 それをテッシュでふく。 もうちょっと綺麗に食べろよと言いつつ。
でも子供なんてそんなもんだ。 そんなこと解ってるし、綺麗に食べられても、逆に困るんだ。 ほんとにいい午後だ。
朝、いつものように山手線に乗ったら前に立ってるおっさんがフリスクを落として箱が割れ床に散乱。収拾不能です。
これが朝の電車内でフリスクを取り出すことのリスクです。
あのフリスク達は罪もないのに、この後も通勤客に避けられながら、山手線を周回させられるのだろうと思うと、少し可哀想になった。
だけども、酔って吐かれた汚物よりも、全然マシだなと思い直したのでした。 良くも悪くも。
昨日はほんと色々散々だった。時間も金も返してくれって感じで。この気持ちの中で今日も仕事するの辛いんですけど。って思ってまたあおなみ線に乗ってたら、あら今日は比較的天気がよろしいですな。太陽が眩しい。朝日に当たった街並みが綺麗。平凡な車窓の街並みなんだけど、綺麗。なんだか、猫の恩返しの、ラストシーンでハルが上空から見てる景色みたいだ。そんなこと思ってたら少しずつ元気か湧いてきた。今日の仕事が終わったら温かい家にも帰れるし。僕には帰る場所がある。待っている家族が居る。これはとても心強いことだ。これがないとやはり自暴自棄になっていい加減になっちゃう。中村文則の遮光を読んだけど、帰れない場所を失った人の話だった。またこれはこれで書くけど。さて頑張りますかな。
平野啓一郎の決壊を読んだ。 今の社会の危うさと希望のない未来を感じた。 しかしこれがリアルであり現実だろう。
救いがないのは、それに対する筆者の指針がないからである。 しかし簡単に救いなどを投じれないということが現実でもある。
その現実を前提にしたとき、筆者がただ言えることは、「謝って許してもらうことなど何もない」ってことなんだろうと感じた。
月並みな言葉にしかならないが、雑に自分勝手に他人を扱ってはいけないってことだ。
また、読み返したい本になった。
結婚も悪くはないかもよ - はてな匿名ダイアリー https://anond.hatelabo.jp/20130908072127 上のブログを読んで、自分にもそんな瞬間あったかなぁ。って自分の結婚生活8年を振り返ったのだが、具体的に思い出せなかった。そりゃもちろん、家族で行った旅行でのワンシーンは思い出せるんだけど、静止画だったり、一人だったり、何か違う。。
日曜日に家族4人でお台場に遊びに行った帰りに自分はそんなことを考えてた。最寄り駅に着き、みんなで歩いて帰る。空は薄赤い夕焼け。奥さんは娘二人の手を繋いで歩いてる。
下の子が、「うーすべーにいろのー」と突如ハナミズキを歌い出す。それに、上の子が続く、そして、奥さんも歌い出す。三人で大合唱だ。
下の子は繋いだ手をブンブン振って、上の子はスキップしてる。二人に挟まれた奥さんは嬉しそうに笑ってる。みんな笑ってる。この瞬間だ。
| 2013年08月14日(水) |
バカ層とモラルがない層とその他 |
どんな集団にもバカな層があり、そしてそのバカをバカにすることがメシウマなモラルのない層があり、その外に、モラルのない層にはなりたくないと思う、その他の層がある。 この構造は、学校のイジメでだったり、ママ友のグループだったり、中国共産党のガス抜きにだったり、色んなところに存在する。おそらくこのことはローマ帝国の時代から変わってないだろうし、今後も同じだろう。人間社会の集団はこの3層構造なのだ。 近頃の炎上騒ぎも同じである。ツールが新しいだけで構造は何も変わっていない。そういう意味ではツイッターは、バカとバカでメシウマしたい奴を発見できるツールではある。 良くも悪くも。
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