いつもの日記

2013年08月07日(水) 渋谷の港

渋谷は海に面している訳ではないため船が泊まるような港などない。
ただ港という居酒屋があるだけだ。
いきなり意味の解らない前フリとなりましたが、今夜はそこで大学同期との集会。
直前までやるとかやらないとかもめていたが、結局決行。
たぶん集まり悪いから本屋に寄って情報処理試験のテキストを買って行こうと思う。
しかし銀座線は混んでいる。
また最近良く思うが色んな顔があるなと。
当たり前だけど。
そして可愛い女の子が前に立ってるだけでそれだけでなんか得した気分になる。
でもよくよくみると首のラインがのっぺりしてたり、鼻の下が長かったり、目の下のシワが深かったり、笑った時のハグキが長かったり、そんな所に目がいって、完璧って存在しないよなって思ったり。
で、こんなこと書いてたら完全にやな奴なんだが、もうここまで書いたら仕方ないよなとアップします。
本日は完全に吐き出し系です。
良くも悪くも。



2013年07月14日(日) 35歳

35歳って自分のことを見極める年なんだなと思う。
いい意味でも悪い意味でも。
だから凄い35歳って自分自身に素直な気がする。
自分自身をフラットに見れ、でも希望を失ってはいない。
という丁度の境界線のような場所。
いい意味でバランスは取れてる。
ただここを過ぎるとある意味際限もなくなってしまうということ。
良くも悪くも。

しかしながら、良くも悪くもという言葉は、あまりにリスクのない言葉だなと、改めて思う。良くも悪くも。

ただ、そもそもこの世の中は絶対的な正誤はないものであるとすると、あまねく全ての物事は良い悪いもないということにはなる。良くも悪くも。

という訳で、良くも悪くもという言葉が好きになってしまったから、ブログのタイトルを、良くも悪くもに変更しようと思う。良くも悪くも。



2013年07月02日(火) アシンメトリー

アシンメトリーは左右非対称のことであるが。
スガシカオの曲にアシンメトリーというタイトルの曲がある。

その一節。
半分に割った赤いリンゴの
イビツな方をぼくがもらうよ
二人はそれで たいがいうまくいく
いい歌詞だなぁと思う帰宅の道すがら。



2013年05月21日(火) 中学生円山

ありえないを否定した映画だった。
正にクドカンが大人の意見に惑わされずに自分を貫いてあった。
それはとても格好良かった。
妄想を現実にした実例を証明した。
草なぎが言った
クドカンの痛恨の一撃
でした。



2013年05月13日(月) 高田馬場の前田医院

顔のイボ状になったホクロをとりに高田馬場の前田医院に行ってきた。
特に予約してないが、11時から診察開始のところを10:40に行ったが、既に2人が待っていた。その後も続々と人がやってきていた。やはりとても人気。
前田先生は声が小さくとても変わった人に思えたが、腕は確かだなぁと思った。
費用は6320円でした。
麻酔せずにやったので少し痛かった。待ち針で40回くらいチクチクグサグサ刺される感じ。しばしば痛い。
終わってから興味本位にとれたイボを見せて欲しいと言ったら、高温だから蒸発するんだよとのこと。
レーザーって凄いけど恐いなぁと焼けた匂いが残る診療所で思いました。



2013年04月17日(水) 人生で成功するために一番重要な気持ち

下記はラミレスの言葉。
「自分はコーチに、どうやって相手に敬意を表するか、相手を尊敬する気持ちを持つことがいかに重要なのかを教わってきた。相手に敬意を表することは、人生で成功していくためにいちばん重要な気持ちだと思う。そこをしっかり勉強したことがいちばん大きかった」

いいこと言うねー
相手に敬意が払えてるか?
敬意が払えてないなと思った時にどのように、フォローするか?

ここを気にするのだ。



2013年04月15日(月) 会社を辞める日が近づいてきた

物を片付けていると一番実感が湧いて来る。

この選択が正しかったのか誤ったのかは全てこの後の行動によって決まる。
努力ってなに?運の世界?
と思ってもそれは結果を見るまでわからない。
たからこそ、結果を最大化する為に、常に真剣に考え頑張ることだ。
まずは再スタートに集中する。
その為の準備をする。



2013年02月27日(水) 会議の機能とは何か?

前々から思っていた。会議のもつ機能とはなんであるか?と。メールと電話さえあれば物事は全て完結すると自分は思っていたからだ。解らないことがあれば、電話をして聞き、更にそれを確実に確認したいのであれば電話後にメールをして、電話の内容について齟齬がないかを返信を貰う。これで完結する。勿論メールと電話が逆になってもいい。もし自分では解らないとか決められないと言われても、エスカレしてといえば、終わるし、やはりメールと電話で全ては完結する。と思っていた。だがやはり会議の持つ機能について最近ようやく解った気がする。会議の力とか言ってしまうと、感情や精神論に行きそうなので、敢えてそうは言わない。文字や声以外にあるものを使って伝えることができて、それが声や文字よりも重要なのだとも言いたくない。また、「対面に比べて電話やメールで言いたいことが半分も伝わらない。だから対面コミュニケーションが必須!」というような学術的一般論を持ち出して会議を肯定するのも嫌だ。さて引っ張ってしまったが、会議の持つ機能とは何か?それは3つある。1つ目は、出席者の意識としてちゃんと時間内に収束させたい着地させたいという気持ちにさせること。もちろん初めから撹乱させたいという人も居るがそういう人は会議に呼ばれないから気にしない。2つ目は、時間内に決めることが会議のゴールであると皆に共通認識があること。3つ目は決めた事に対して出席者全員が責任を持つ状態になれるということ。よって限られた時間内に物事を前に進めるためには会議はやはりとても有効である。だが逆に論点が絞られてない会議を闇雲に開かれると皆が疲弊する。そう言った意味ではちゃんとした準備が必要だし、その場で成功と失敗が解るということでは、会議はやはりハイリスク・ハイリターンな手段なんだろう。もちろん電話や会議に比べてということだけど。



2012年06月09日(土) 友達リスト

小学一年生の上の子がノートに「すきなひと」「まあまあなひと」「きらいなひと」って表題を立て、その下に友達の名前をリスト化してた…
きらいなひとの下に名前がなかったから良かったが、恐ろしいリストだ…((((;゚Д゚)))))))



2010年10月16日(土) 子供の教育について

「何回やっても弾けないから、もう弾きたくないの!」
「じゃあ宿題はできませんでしたって言うしかないね…」
「それは嫌なの!」
「でも練習しないと弾ける様にならないから宿題終わらないよ…」
「そんなこと解ってる!」
と言って泣き始めた。

こうなるとこちらはどうすることもできない。
放っておいて掃除でもすることにする。

暫くするとそばにやってきて
「練習したい…」
と言ってくる。
「うん解った。じゃあどこからする?」
左手で涙を拭きながら、右手で譜面を指す。
「ここから…」

色々と与えることは教育の決め手ではない。
自分で決めさせることが教育だと思う。
親は制約条件や選択肢を伝えて決定するのは子供自身。
親の意向は親のエゴだ。親は客観的な事実のみを伝える。
進路を選択する時もおもちゃを買う時も。


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