いつもの日記

2010年08月29日(日) 書きたいから書いてみるそれが素直な気持ち

現実から逃げたくて非常階段を上へ上へと登っていく
けれども屋上への扉は固く閉まっている
素晴らしい景色や知らない女の子に出会えるのはドラマの中だけ
だからってさっと踵を返して現実に戻る勇気はなく扉の前に寝ころんで目を閉じる

交差点と会議室とスタジアムの喧騒は聞こえてこない 
クレバーな人間や感情を露わにする人間の喧騒だ
微かに聞こえてくるのはエレベーターが動く機械音だけ
過去に全く別の場所で産まれた僕はなんで東京のこんな場所で独りぼっちなんだ

どういういきさつで どんな理由で なぜこんなところに迷い込んでしまったんだ
何がしたいのか?これで良いのか悪いのか?それが解らない
A定食かB定食かコンビニか それすらも解らない

こんなことをいくら考えても答えは出ないってことはとうに解ってる
こんな考えは封印してさっさとやるべきことをやった方が良い事も解ってる
まずは抱えていることを一生懸命やれば誰も僕を責めない事も解ってる

しかしこんな気持ちも含めて自分自身でこれが素直な気持ち
強い自分も弱い自分もどちらも内なる声を発している
これはポエムでありリリックか?それとも戯言か?
君にとっては戯言でも僕にとっての事実
カンボジアでは草むらにまだ地雷が埋まってるんだ



2010年05月30日(日) 基地問題

国防の事を考えないと基地問題は解決しない。

基地減少とした場合、有事時の米軍と自衛隊の連携がどう変わるかを考えないといけない。

基地が要らないということは、自分の身は自分で守るという覚悟ができているということ。
どこから攻められようが誰にも「助けてよ。どうにかしてよ」と言いませんということ。

国民1人1人の個人は国防のことまで考えずに意見を言う。
それを前提に政治はしなくちゃならない。
顧客一人一人の声をただ鵜呑みにして商品を作っても売れないのに似ている。

危険だから基地反対。とはいえ商業の為に基地賛成。
という図式のメディアが多いが、日本として国防をどう考えるかがまず先。
というか、それを抜きに語りだすから話がまとまらないのだ。

北朝鮮の動きもあるこの緊迫した現在状況も加味し何をどう選択するか。
これまでの歴史と現在と未来を見据えて決断しなくちゃならない。
局地的で内的な情報だけで結論などでない。

「最悪の事を考えておかないと、最悪の事が起きる」
報道2001で言った石破さんの言葉です。

彼は野党だが国をどうやって守るかを考えた発言をしている。
こういうことを考えてる人が今与党に居ないのが問題なのかもしれない。

しかし、この言葉はいい言葉です。どこかで使えるかな。



2010年02月01日(月) 込み合ったバス

雪が降るということで20時15分出発のバスはいつになく混んでいた。

出発の5分前に乗り込めばいつもは座れるはずなのだが今日は全く座れず、
入口から少し入ったくらいのところで立つ羽目となった。

でも、まだ続々と客が乗り込んで来たので、運転手はその度に、
「もう少し中ほどまでお詰め下さい」
とマイクで訴えた。

僕は少しづつ押されて丁度バスの中央位まで来たところで出発の時刻となった。
でも、まだ乗り込んでくる客もいて、運転手は同じように訴えた。

その時、僕の前に立っていた50歳位の中肉中背のサラリーマンなおっさんが、
「もうこれ以上詰めれないから、閉めちゃえよ!」
と運転手に向かって言った。

それに対し運転手も誰も何も言わなかった。
それから静かに扉が閉まってバスが走りだした。

暫くして、前の方の横並びに席に座っている子供が
「自分乗る時に言われたら嫌なのに何で言うんだろうね」
と横に座るお母さんに話しかけている声が聞こえた。
お母さんの声は何も聞こえなかった。

そのおっさんは終点まで行かず次のバス停で降りた。
同時に乗客全員の肩が1cmほど降りた。
お母さんは子供の頭を撫でた。
雨は雪に変わり窓ガラスを撫でた。



2009年12月26日(土) 1歳4か月の次女のこと

1歳4か月の次女と2人で休日の留守番。
僕は次女の面倒をみながら掃除もしなくてはならない。

次女はまだ「パパ」「ママ」「ワンワン」位しか話せないが、「ハイ!」と言ったり頷いたり首を横に振ったりと意志は伝えられる位の幼さ。ただ行動に至ってはワンパクというより本当に悪ガキなのである。

例えば、
冷凍庫から食材をどんどんリビングに運んできたり、
トイレの便器の水で遊んでたり、
携帯の液晶をかんで映らなくしたり(交換対応しました)、
ほんとに考えられない位の悪ガキなのだ。

だからおとなしいうちに掃除をやってしまう必要がある。なのでリビングでテーブルつきの椅子に座らせビスケットと牛乳を与えておとなしくさせることにする。ワンパクのみならず食欲も旺盛なので牛乳も何杯も入れてやらねばならない。500ml位は普通に一気に飲む。

おとなしく食べ始めたので、今のうちに廊下、お風呂場、トイレ、寝室と掃除機をかけていって、ようやく最後の子供部屋が終わったという頃に、廊下をトトトと歩く音がした。

そこでやばい!と気付く。
牛乳パックをテーブルに置きっ放しにしてしまってた…
ひっくり返されているに違いない…

リビングに直行すると、予想通り牛乳はテーブルに溢れていた。
ただ牛乳パックはしっかり立ったままで、コップから若干溢れた程度であった。

胸を撫で下ろしていると次女がリビングに戻ってきた。
手にはハンドタオルがあった。
「これで拭こうと思ったの?」と聞くと、「うん」と頷いた。

1歳4ヶ月でも自分で考えるんだなあ…
という成長を感じれたエピソード。



2009年10月10日(土) 16 披露宴

菅野は友人席に座っていた。

披露宴はどこにでもある流れでスピーチがありクイズ大会があり御色直しがあった。
菅野は佐恵子の幸せそうな横顔を見て複雑な気分になっていた。
幸せな他人をみればいやがおうに自分の幸せを問わなくてはならないからだ。

「でも佐恵子は本当に幸せになれるのだろうか本当に彼で問題ないのだろうか?」
菅野は自らを考えるのを避けるために佐恵子の結婚について客観的に考えてみようとした。
確かに彼女も彼にも欠点はあるが、それが致命的なものに繋がらないような気もした。
即ち、どこにでもある欠点なのだ。
そう考えていて、そんなことを考えてる自分に対し、更に嫌な気分になった。

式の最後に、佐恵子は両親に対して手紙を読んだ。
内容はありきたりだったが佐恵子も両親も泣いていた。そして菅野も泣いていた。

その後、普通なら新郎側の父親にマイクが渡される流れだが、
そのマイクは佐恵子の父親に渡された。

予想してない流れに佐恵子は驚いたが、新郎も佐恵子の父も驚いていなかった。
2人は知っていたのだ。

佐恵子の父が会場係の者に合図を出すとスクリーンに映像が流れ始めた。

これまで佐恵子を撮ってきたビデオカメラを編集したものだった。
出産したての佐恵子を両手に抱えていたところからはじまり、お風呂に入れたりお箸の持ち方を教えたり運動会で親子競技でがんばったり勉強を教えたりという映像だった。

映像が終わり佐恵子の父は新郎に言った。
「自分なりに佐恵子をここまでしてきたつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
そして頭を下げた。

菅野は私もこうやって育てられたんだろうなと思っていた。
そして田舎の父親の顔を思いだした。
そしてその顔が語り出した。
「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ」



2009年10月08日(木) 15 2回目

その次の週の土曜日も山下は菅野の家にいた。
菅野は佐恵子の結婚式に出掛けていた。

山下は先週と同じく菅野手帳を開き、中を確認して元の場所に戻した。
特別に増えた情報はなかった。
山下は思っていた。
「なぜ僕はこんなことをしているんだろう」と。
もしそこに新しい何かが書かれたことで自分にに何ができるというのだろう。

この盗み見る行為は基本的に誰にも公表できない行為であるので、
ここで発見する新たな情報により自分の心が揺らされ行動につながった時に、
その行動の根拠について質問されても自分は何も言えないのだ。

「なんであなたはそんな事をしたの?」
と問われても
「なんとなく」
というしかないのだ。

となると、この盗み見の行為自体どんな意味があるというのだろう。
結局、裏で動かれようとそれは事実でしかなくどうすることもできないのだ。


山下は冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを出しコップに注いだ。
そして、そのコップを持ってリビングのソファーに座り、テレビをつけた。

お昼のニュースは、先週の日曜日に最高裁判所内で起きた殺人事件について報道していた。
山下は一口オレンジジュースを飲み、テーブルに置いた。



2009年10月06日(火) 14 手帳の中身

山下は手帳を手に取り表裏と観察してみた。
ほとんど擦れてなくほとんど新品同様に見えた。
でもこれは2年は使っている物なのに状態がいいなと山下は思った。

山下はボタンを外し中を開いてぺらぺらをめくってみた。
中身はリフィルのウィークリー型で、スケジュールを書く欄の下に、TO‐DOリストがあった。
本日の予定が書かれているところまで開いてみた。
今日の日曜日には佐恵子と書かれてあった。

今週の月曜から土曜までの予定を見てみた。
土曜のところは特に何も書かれていなかった。
直前に誘ったんだからそりゃそうかと思った。

月、水、木曜日は会議が多いと言っていたが、朝から夕方まで隙間なく予定が埋まっていた。
水曜日の夜には線が引かれていたがそれが何かは書かれていなかった。
水曜日にだれかと行くと言ってたような気もするし、行ったと言ってたような気もして、
思い出そうと思ったのだが、一向に思い出せなかったかった。

諦めて次の週をみた、相変わらず月、水、木曜日は会議が多かった。
その次の週もそうだった。

1か月ほど進むと何も予定が書かれていないウィークリーページに変わった。
更に進んでもどんな予定も書かれていなかった。
2010年3月28日週でウィークリーページが終わり、次からメモのページに変わっていた。

メモのページは罫線を気にせず自由な文字が書かれてあった。
数ページしか使われていなかったが、全てが仕事のメモのようだった。

「あいつは水曜日に何をしていたんだろう?」
山下はその疑問を残したまま手帳を閉じ、カバンの中の元居た場所に戻した。
そして立ち上がって数歩下がって手帳を客観的に眺めてみた。
手帳は何時間もそこに居たようにしっくり馴染んでいるように見え山下はよしと頷いた。



2009年09月15日(火) 13 手帳

菅野は夜遅くまで佐恵子の披露宴の打ち合わせがあるからと外出した。
残された山下は朝食兼昼食を買うためにマンションの1階にあるコンビニに行った。
さんざん悩んだ挙句に結局山かけうどんとおにぎりを買って部屋に戻った。
そしてテレビをつけた。

昼前のニュースに21歳の浪人生に妻を殺された木下さんとその娘が出てきた。
明日最高裁の裁判があるという。
1審2審とも無期懲役という判決だったがそれを不服として上告し最高裁判まで来ていた。
裁判官曰く「無計画で突発性なもので初犯であり、反省も伺えるため、死刑にはならない」
ということらしかった。

ただ、木下さんは、「法廷での犯人の素振りをみてると反省の態度は感じらない。全く救う必要のない人間だという気持ちが日増しに強くなっている。必ず死刑にすべきだ」と訴えていた。
4歳になったばかりの娘は父の左手の袖の部分を掴みながらをカメラをじっと見つめていた。
口は横一文字で何も言葉は発していないが、鋭い目は全てを語っていた。

山下は「ほんとにこれどうなるんだろ?」と一人で呟いてTVを消した。
そして、さて今日は何をするかなと考えていた。そして、辺りを見渡した。

菅野の会社用のカバンがTVボードの横にガバッと空いてちょうど手帳が見えた。これまで一緒にでも勝手にでも一度も見たことなかったのだが、ふと山下は菅野が手帳に何を書いているのかなと思い、かばんから手帳を取り出した。



2009年09月11日(金) 12 有楽町駅までの道

菅野達は店を出て有楽町駅までの道を歩きはじめた。山下はツタヤで借りたDVDがあるからそれを菅野の部屋で見ようといつものように言った。菅野はそれに対しうなづきもせず、来週佐恵子の結婚式があり披露宴に呼ばれていると言った。そして、その話の流れで「結婚ってどう思う。必要だと思う?」と山下に尋ねた。

山下はうーんと唸り頭を揺らして考えていた。2人は無言のまま暫く歩いた。

客観的にみると菅野が山下を試しているようにも見えるが、それがいつもの2人だけのコミュニケーションだった。菅野は山下が十分に考えて話すことを知っていたしそれをさせてあげたいとも思っていたからだ。

そして山下は前方上方を見ながら
「やっぱ、いつもお前が言ってるように俺は結婚という形には拘らないけどな。一緒に居たいから居るでそれで終了じゃない?」
と言った。

「そうだよね。私もその考えだから何で結婚なんてするんだろう?って思っちゃうんだよね」
と言って菅野は山下の横顔を見た。

山下の横顔には表情がなかった。

結婚という話題に興味がないし特に反応しなればならない話題でも無いと考えているように見えた。ただ表情がないことからそれだけ真剣にその物事に対し考えているという捉え方もできた。要は菅野は結局のところ山下の本音を掴めずにいた。それは掴もうとして掴めないのではなく本音が解らないことに課題感がないだけだった。菅野はそれだけ自分は自分で他人は他人だと割り切った考え方のできる女だった。



2009年08月02日(日) 11 Y党

私達は松屋を出て並木通り沿いのイタリアンレストランに向かった。昼は何度か行ったことがあるが夜は初めてだった。昼もいる若いホール店員が「夜にも来てくれたんですね」という目で迎えてくれた。

予約はしてなかったのだが待たずに席に案内された。といっても、客が入っていなかった訳ではなく8割の席は埋まっていた。いい込み具合だなと思った。

単品で頼んでいくと結局コースぐらいの値段になっちゃうよねという議論の元、私たちはコースを注文した。コースの種類は一番リーズナブルな物にした。パスタとピザは取り分けて食べるために2人が食べたい物を2人で相談して決めた。前菜は各々が決め、ドリンクは2人ともビールにした。料理の種にかかわらず、ドリンクはまずはビールだというのが私の考えだ。もしシャンパンがあればそれを優先するかもしれないが、その選択肢がなければ何も言わなくともとりあえずビールを持って来ても文句はない。

ビールが来て乾杯した。続いて前菜も来て食べながら飲んだ。彼はフォークを伸ばし、私の前菜をとって食べ「やはりそっちだった」と言った。やりとりも結果もいつものことだ。

彼は、写真展のこと、最近買ったデジカメのこと、渡瀬のことを話をした。私は、夏休みの旅行のこと、上司の悪口のこと、職場の伊藤さんのことを話をした。彼は続いて、選挙についての話をした。

「もう少しで選挙だよね。でさ、昨日夜3年ぶり位に親戚の叔母から電話が掛かってきたんだ。その叔母さん筋金入りのY党員で選挙事務所とかでも色々手伝ったりしてる人なんだけど、『どう元気にしてる?』とか『どんな仕事してるの?』とかいう世間話を結構とりとめなくするから解ってはいるんだけど、『で、要件は何ですか?』って聞いたら、『そうそう。あのね。もう少しで選挙じゃない。だからY党に入れて欲しいんだよね』って切り出されたから、自分の考えはこうでこうだという説明をしても『でも、それはそうで・・・だからY党だよ』と平行線。もう面倒だから『解りました。Y党に入れます』と言うと、『ありがとう。よろしくね。絶対だよ』と電話を切られたんだ」
と彼は話した。

「それは強烈だね。。」
と私は答えた。そして、そんな叔母が私には居ないことをホッとした。

「もちろんY党には入れないんだけど、そもそも政策説明抜きで『とりあえず入れて欲しい』というような党に政権を任せられる訳はないんだよね。もちろん、ここに任せたいと思う正党なんて無いけどね」
と彼は言った。

「そうだね。でも、電話のやり方自体も嫌だね。前段の世間話って、結局興味無いんでしょって思っちゃうよね。せめて、逆にして欲しいよね。本題を言った後に、世間話をして、穏便に終わらせるというか。なんで、そういう当り前のことが解らないんだろうね。。」
と私は言った。

確かにそうだねと彼は言った。

料理はメインが終わり、ピザとパスタが出てきていた。店員が適度に動き、店内も適度にざわついていた。外を見るとすっかり日は落ち、夜の銀座は、夜の仕事の人が縦横無尽に駈けていた。昼から夜に変わって、昼の選手と夜の選手の一斉の選手交代がなされていた。


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