いつもの日記

2009年07月31日(金) 10 動画

殺人事件の被害者で結成された遺族の会というものが作ったyoutube動画について考えていたのだと山下は説明した。

菅野も渡瀬もそういうのがあるとは噂で聞いていたが、実際は見たことがなかったので、山下はその場にモバイルのパソコンを出して動画を流した。

「ねえお母さんはいつ帰ってくるの?」
という子供の会話でその動画は終了していた。

その動画にはいろいろなコメントが寄せられていたが、
「無罪にすることが弁護士の仕事じゃなくて、被害者側の言い分だけなく、加害者側の言い分も正しく伝えるために弁護士がいるべきだと思う。そして、明らかに荒唐無稽な事実をねつ造するような言い分なら加担をしてはならない。被害者と遺族の気持ちが思い計れるなら現実的でない無罪主張はすべきでない。そして、そもそも無罪ということは、再犯性がないということを確信を持って言えないと主張できないはずで、もしそれで無罪となり再犯したとすれば、その責任は弁護士さえも負う必要があると思える。でも弁護士が悪いというより弁護士にとって裁判は、弁護士の評価や給料をを決めてしまう勝ち負けのゲームになってしまっているから、その仕組み自体に問題があるのだと思える」
というコメントはだけは一際長く、目立っていた。

「この母親は再犯で殺されたのかな?たぶんそれは闇なんだろうけど、このコメントある程度はその通りで問題は投げかけているけれども、どのようにすればいいかっていうのがないね。あるべき仕組みって全然イメージできないや」
と渡瀬はしっかりとした言い回しだがテーブルの上の空気をめがけて言葉を発した。
一種の独り言のようでもあった。

私もそれについて考えてはみたが何もでてこなかったので早々に切上げ次のドリンクを頼むためにメニューを広げて一通り眺め、そして1つに決めてメニューを閉じた。



2009年07月30日(木) 9 弁護士とは

弁護士とは、
大な知識と着実な調査と綿密な戦略と高い能力により殺人犯を無罪にできる人達
である。

「弁護側は、被告が事件当時、心神喪失状態にあり刑事責任能力はなかったとして無罪を主張している」とニュースは報じていた。


「日本って人を殺しても無罪になる国なんだねー」
と小学一年生の娘は父親に言った。

「殺人したのに無罪だなんて、遺族には地球がひっくり返っても通らない道理なんだけどね」
と父親は答えた。

「ねえお母さんはいつ帰ってくるの?」
と娘は言った。



2009年07月15日(水) 8 仕事

渡瀬君は今2つの大きなプロジェクトに参加しそこでプロジェクトリーダーを務めていた。彼はその2つのプロジェクトの概略と状況とその後の見通しをそれぞれ簡潔に語った。私はそのプロジェクトの実態は全くわからないが、その話しぶりから渡瀬君にプロジェクトを任せれば安心だなという印象を持った。そして渡瀬君と比べてしまうとひときわ山下は仕事ができないように思えた。その思いが根底にあったのだろう私は渡瀬君の話に何度も頷き、何度も褒めた。

渡瀬君は首を少し振りながら言った。
「いやいや僕なんてまだまだですよ。それより山下は偉いなと思うんです。相手が偉くなればなるだけ自分を安くしちゃうのが人間じゃないですか。山下はそれがないんです。たまに拘り過ぎてる場合もありますが、その姿勢は偉いと思うんですよ」

私は、これは本心なのかと疑ったが、場の状況をみて謙虚に言えるところができるなぁと感心してしまった。逆に偉い人にもスタンスを変えないから山下は出世しないのだ。(もちろんそれだけでもないが)
そして、彼はたまに拘るのではない、いつも拘っているのだと訂正できたが辞めた。

山下は私たちのやりとりの横で何も言わずにちびちびお酒を飲んでいた。私たちの会話をBGMにして別の何かを考えているように見えた。



2009年07月10日(金) 7 バス

たしか2か月前に私は初めて渡瀬君と出会った。彼と渡瀬君は同期ということもあり仲が良く定期的に飲んでいるのだがその場に私も成り行きで行くことになった。

彼とは違い渡瀬君はスマートなサラリーマンだった。ネクタイこそしてなかったが、皺のないスーツはまめに手入れがされていた。大衆居酒屋の席とはいえビジネスバックは無造作に放り出されるのではなく、きちんと立てて置かれていた。その中はきちんと整理されていて、ノートと財布と手帳の場所はいつも決められたところに納まっているようだった。

渡瀬君は
「どうも。渡瀬です」
ときちんとした姿勢ではっきり言った。
眼は誠実で曇りがなかった。

私が勤めている会社は女性ばかりの職場である。そして基本的に私の仕事は、社外の人とコンタクトをとらないので、対外的なビジネスシーンはあまり無い。そして最近接した男と言えば私よりも一回りの上の若干頭が禿げている部長か、この自由奔放で何を考えているのか解らない彼くらいで、若くきちんとした男のきちんとした態度でのきちんとした言葉は私を緊張させた。そして渡瀬君は私より2歳若かった。

私が荷物を整理し座るまでの間に彼は手際よく定員を呼んで私から飲み物のオーダーをとって注文をした。

「菅野さんは最近仕事が忙しいって山下から聞きましたけど、今日は早いけど大丈夫ですか?」

「それは大変ですね。その5年目の子はこの先やっていけるんですかね?」

「女性だからそれは仕方ないのか。ところで、お酒強いほうですか?結構飲んでるなと思って」

「あぁ、あの店ですね。僕もたまに行きます。料理も美味しいですが、定員が気取ってなくていいですよね」

「あのドラマ面白いですよね。他にはどんなの見てます?」


と渡瀬君との会話は流れるように進んだ。
それは、バス停に完全に停車しないバスを想像させた。即ち、バスがバス停近くで徐行している間に、会話という乗客が乗り降りを行った。バスはバス停で1秒も止まらない。もちろん信号にも引っかからない。赤信号で止まらないように渡瀬運転手は慎重にアクセルとブレーキを使い分けた。そして、乗客を飽きさせないように、簡潔で明瞭に会話のテーマを乗客に投げかけた。

一方、山下が運転するバスは信号に何度も引っ掛かっていた。乗客はイライラしていた。私はその様子を、山下バスに併走し滑らかに進む渡瀬バスの車窓から眺めていた。山下バスに乗ったらなぜ私はイライラしてしまっていたのか、今では良く理解できた。



2009年07月09日(木) 6 課題認識

写真展を後にして私達はエスカレーターで7Fに降りた。

夕食までは少し時間があったということもあるし、デザイン性の高いリビング・キッチン用品を私が見たかったということもあったからだ。筒の長い白い加湿器や生活感を排除したフードプロセッサなどをゆっくりとゆっくりと歩きながら眺めた。後ろについてくる彼が写真展について話しを始めた。
「で、正直どうだった?何か気に入ったことはあった?」
私が答える前に彼は言葉を続ける。いつもそうだ。
「俺は正直なところ想像の範囲の中かなって感じ。ま、期待し過ぎてたということもあるけど。でも、教科書にはモノクロの写真しか載ってなかったから解らなかったけど、カラーの写真とかを見ると、自分達と同じ時代の人なんだなってなんだか親近感が沸いて、なんていうか過去の人の話じゃないんだと思ったんだよね。で、戦場の市街地にいる子供の写真も多くあったけど、その子供が何かを感じている目を表情を一番効果的に取ろうとしている写真からも本当にキャパが平和を望むが故に写真を撮り続けているということが良く解った気がしたんだ。実は、この写真展に来る前までは、単にキャパは戦争写真家として自分の興味や写真のプロフェッショナルとしてだけで、戦場に赴いているだけなのかと思っていたんだけどね。ま、それが浅はかな考えだったのかもしれないけどね」

「ふーん。私は特に前情報無く行ったから、そんな変化は無かったけどね」

そう答えながら私は、
「あなたはいつも相手の話を聞く前に、自分の言いたいことだけ言っちゃうから、会社で信頼を得られないのよ。だから、同期の渡瀬君みたいにポンポンといい仕事がまわってこないのよ。それに話が取り留めな過ぎるのよ。もう少し整理してから話してよ」
と思っていた。

でも、それをここで言っても仕方がないということは解っていた。だから口には出さなかった。このことはこれまで幾度となく言ってきたということもあるし、本人が課題として認識するまでは、物事は変わることがないからだ。言うだけで変わってくれるというお気楽な話はどこにもない。

指摘について大切なポイントは、彼自身が課題と認識しなくちゃと感じ始めている時に、それを逃さずタイムリーに指摘することなのだ。



2009年07月07日(火) 5 ロバートキャパ

ロバートキャパは、ポスターにもなっている崩れ落ちる兵士で一躍有名になり、その後もあのノルマンディー上陸作戦にも参加し写真を撮り、40歳のベトナム戦争で地雷を踏んで死ぬまで戦争写真を撮り続けた。

でも、彼は単なる戦場のカメラマンではなく、エッセイストの一面も持っていて、多くの言葉を残している。

広島に核兵器が使われたことについて、キャパは友人に、
「戦争カメラマンという仕事は終わりだよ、永遠にね。」
と語っている。

キャパは悲劇を探してる訳じゃなく、現実を知らない人に真実を伝える使命感があるだけだ。
「悲しむ人の傍らにいて、その苦しみを記録することしかできないのは、時にはつらい」
痛みを解っている言葉だと私は思った。

良い写真を撮るためのアドバイスとして、
「もし、君の写真が良くないとすれば、それは君が充分に近寄っていないからだよ」
「人を好きになること、そして、それを相手に知らせること」
というのもある。
カメラを知らない私でさえもこれは真理だと理解できる。


私が彼の展覧会巡りに付き合う理由は、このような発見が3回に1回はあるからだ。
もちろん、3回に2回は知らない人の展覧会であり、彼の言葉は基本的に自分に残らないのだが、良いものはやはり良いのである。

私は彼より先に展覧会を終え、展覧会出口にあるグッズ売り場で多くの時間を費やす。
グッズ売り場で何かを買うことは稀なのだが、どんなものがグッズになっているのかは、私にとっては興味深く意外に飽きることがない。

「どんなものでもキーホルダーにすれば良いと思ってるんじゃないよ」
と独りで突っ込みを入れたりしている。
そして、売れ残って倉庫にダンボール箱で積まれているキーホルダー達や、買ったけど一度もどこにも吊り下げられずに机の引き出しに眠っているキーホルダー達を想像して、売れないキーホルダーの一生に考えを馳せたりするのだ。



2009年07月01日(水) 4 写真展

8Fの大催場ではロバート・キャパの写真展が開催されていた。
先週から始まっていたので丁度今日が中日だった。

ポスターにもなっている崩れ落ちる兵士は歴史の教科書で見たことがある。
そうだ思い出した。
戦争写真家のロバート・キャパだ。

知っている人だと解り、私は少し気が楽になった。
彼が行こうという展覧会の3回に2回は私の知らない人なので大概中盤以降で興味が続かなくなり辛くなるからだ。

しかしながら、この男の好奇心には底がないなと感心する。
悪く言えば好奇心を売りにしたいだけなのかとも思ってしまうほどだ。
もちろんそんなことは本人には言ってないが。

彼は早速1つの写真の前でじっと立って動かない。
目は動いているがその写真だけを見ているようだ。
何を思って、何を観察しているのかは解らない。

もちろん後で、
「何が気になってたの?」
と聞くのだがいつもその回答は私の頭には残らない。

そして私はいつものようにプロフィールを丹念に読む。
そうすれば彼と同じペースで進めるからだ。



2009年06月28日(日) 3 自己評価

念のため断わっておくが素直に自分自身を絶対評価すると、中の中だと思っている。
あごのラインや目じりの尖り具合や鼻の高さや上唇の厚さが気に食わないからだ。
でもこの感覚が普通なんじゃないかと思う。
本人は自分自身の嫌なところだけが目につき普通より上とは思えないのじゃないかと。

だからもし私が誰かに外見の自己評価を質問されたら、私は中の中と答える。
これは謙虚とかそういうことでもなく素直な意見としてそうなのだ。

ただ、相対的に考えても中の中なの?と言われると、確かに街で声をかけられたり意外にもてたりする事実を踏まえると、平均よりは上なのかなとは思ってしまう。

しかしながら、繰り返しになるが、私はもしこの質問に尋ねられた場合、
自分自身としては中の中だとこれからも言う。
これが素直な気持ちだからだ。

これまで外見だけの話をしてきたが、中身にスポットを当てる。
外見だけなくもちろん中身にも評価はある。
外見が良くても中身が伴わなければ、評価が下がってしまう。
そうなると外見が悪い方が、評価を上げやすいのかもしれない。

万事はメリットだけでなくデメリットも付帯する。
それがこの世の法則。


松屋の込み合った沈黙のエレベーターの中で私はそんなことを考えていた。
誰もが何の言葉も発せず扉の上の緑色のディジタルの数字だけを凝視していた。
そしてエレベーターは8Fに到着した。



2009年06月24日(水) 2 ペア

私はどちらかというと背は平均より低い方で、スタイルも至って普通。
自分で言うのもあれだが顔は可愛い方だと思うので、
総合的にみて外見は上の下または中の上その辺りだと思っている。
一方で、彼は至って普通で中の中。

女の方が男より若干外見は良いというのは、一般的なペアなんだろうか。
周りを見てもその例は多い。
銀座で石を投げると必ず当たると思う。

たまに、女も男も上上のペアが居るが、それはやはり目を奪われてしまう。
だが一番注意をひきつけるのは差があり過ぎる場合だと思う。
特に下下の女を連れた上上の男のペアがいた場合、私はその男に、
「この女のどこに魅力を感じているんですか?」
と質問する欲求に駆られる(もちろん質問などしないが)。


てなことを、店のガラスに写った信号待ちの自分達を見て私は考えていた。
やはり自分達はどこにでもいるペアで特に視線が集まるものでは無いなと思えた。
なんだか改めてそう思うとこれが現実なんだと思えて少し悲しくなった。

女の子はシンデレラを夢見ていいのだが、
実際にシンデレラになれる女は1億人に1人という倍率。
これが真実で現実なのだ。

「どうした?信号変わったよ」
「ううん。なんでもない」
「じゃ、行こ」

そして私達は松屋に向かった。



2009年06月21日(日) 1 週末

朝、彼からメールが入る。
16時に銀座待ち合わせ。
でも特に嬉しさも面倒だとも思わない。

特に予定がなかったから、一人でだらだら過ごすよりは、幾分有意義な週末になるかもしれない。だが、食事をする場所が一向に決まらず、決まったら決まったで味が今一つな店で我慢をしながら料理を食べることになる位なら、ひとり静かにDVD見ながらコンビニ弁当の方が、よっぽどましだ。そういうことにならないことを祈りつつ、電車に乗る。

私は、銀座4丁目のドトールコーヒーに16時15分に到着する。
彼は、女は15分遅刻するものだと思っているらしく、黙々と本を読んでいる。
ただこれが25分ともなると、何かがあったんじゃないかとおろおろし出すから男は可愛い。

彼は私に気づき、手を上げる。
何か要るかと聞かれるが、要らないと答える。
私は自分でグラスに水をついて席に座る。

店内はとても込み合っていてカウンターには列までできてるから、
「いつ来たの?」
と質問すると、
「15時位かなぁ読みたい本があったしね」
「ふーん。そう。で、今日どうするの?」
と尋ねると、
「松屋の上で写真展があるからそこに一緒に行こう」

そして私達は松屋に行く。いつものパターンだ。
彼が見たいものがある、私はそれに付き合う、そしてご飯を食べて、一緒に帰る。
たまに途中でけんかして、途中解散することもある。
でも、これをよく3年も続けてるんだなぁとも思うし、あと30年続けられるとも思う。
だからこそ、結婚という形式なんて別に要らないと思うのだ。


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