いつもの日記

2002年05月14日(火) 憎しみからは何も産まれない

とっても単純なことだが憎しみからは何も産まれない。

過去にあった事をわざわざ持ち出して、現在に産まれて育つ何も感じていない子供達に、
憎しみを呼び起こすようにされる行為(ある特定のものを憎むようにされる教育)は、
本当に意味がない。

ただそこにあるのは未来にもたらされる災いだけだ。

その歴史が善であろうが悪であろうが、現在生きている僕らはどの歴史も否定できない。
歴史を否定する事は、自分の存在を否定する事。

歴史はただそこにあり僕達とこの世界をつないでいる証のようなものだ。



2002年05月08日(水) ラッシュ

山の手線の朝のラッシュは大変だね。
ほんとに身動き取れない。

こんなに身動きが取れないのは、
ピッコロに右手一本以外を致命傷を受けたゴクウのようだった。

おっさんの汗っぽい頭が目の前にあって大変だね。
ゴクウのように、
「右手一本残っているぞー」
って叫びながら、カメハメ派が撃ちたくなった8時半。



2002年05月07日(火) これみよがし

京都府北部にある実家から大阪までバスで戻ってきて、
それから新幹線で東京に戻る前に、小学校からの友人である幹人君と会って話をした。
そこは朝の8時の新大阪のロッテリアだった。

彼はこのGWには実家には帰らなかったので、僕が実家の話を彼に聞かせた。
また高校の同じクラスメートの現状などを話し合った。

僕が居た高校でのクラスは進学クラスで、いちおう学力の高い人達が集まっていた。
しかし、その進学クラスにいた多くの人は、高校卒業以降の活躍はあまり聞かず、
まっとうに社会に順応している人が少なかった。

僕はその原因を幹人君と話し合っていた。
また彼らの多くはその社会に順応できない反面、
趣味など勉強以外の処において自分を見出そうとするものが多かった。

そういう現状に幹人君は、
「誰もかれも、これみよがしに趣味に走っているな」
と言った。
 
「これみよがし」
こんな言葉をさらりと使った彼に、僕は「やはり」と思えた。

***
これみよがし:(形動)〔「がし」は接尾語〕これを見よといわんばかりに、
得意そうに見せつけるさま。「―に飾り立てる」「―の態度」



2002年04月28日(日) 深夜の高速バス〜帰省途中で大阪に寄る〜

深夜高速バスで大阪まで帰ることにする。
普通の観光バスタイプだったので、通常より安く7430円だった。
観光バスタイプは、完全リクライニングの深夜バスタイプと違って、
中央に通路があり、左右に2シートづつある一番スタンダードなタイプだった。

はっきり言ってこれで寝るのはキツイ。
寝つきがとても良い僕でも「これは眠れないぞ」と思えたほどだった。

そして「この状況をどうやって打開すべきだろうか?」と考えていると、
なんと横の席の若い男が、出発そうそう10分で寝息を立てていた。

それに彼は僕よりシートを倒していなかった。また彼はメガネをかけたままであった。
そのようなとても不利な状況でありながら10分で寝付いた彼に、僕はただ驚嘆した。

「世間は広いな」と僕は思った。

それから僕はなぜか、大学時代にお世話になった人の事を考えだし、
その人間関係を思い出し考え切ろうとしていたら、結局一睡もできなかった。

当然全く疲れは抜けなかったけど「一晩中色々と考えるのも決して悪いことでは無い」
そう自分に言い聞かせて茨木に着いてから公園のベンチで寝た。
太陽の光が暖かく、その恩恵に感謝した。



2002年04月26日(金) 社会人になって1ヶ月を終えて。

12台のノートPCセットアップと過去の資料や備品を整理整頓をして、
4月の業務は幕を閉じた。

疲れた。でも出来るだけ楽しもうとした。
でも適当にやるのではなくきっちりやった。やり遂げた。

この1ヶ月は初めての社会人だったが僕としては、
充分に予想できる内容だったし、スタートでだった。

だから驚きというものはまだ無い。
何故か僕の居る部署は5月から本格的な研修が始まるから、
本当の仕事はまだまだ先で、驚きというものには暫く会えそうもない。

僕の中では、社会人になっても学生時代とほとんど変わっていない。
ただお金を得ているという点だけが違うだけだ。

期待をし過ぎたか?
未知なる仕事に。
自分が望んだ会社に。
大きな東京に。



2002年04月25日(木) 今日の雑用

ノートパソコン12台を全て初期化して、
ウインドウズ98をインストール。
これが世間一般でいう雑用というものだろう。



2002年04月24日(水) CMにて

ある未来に僕が誰かと結婚し、
そして子供が生まれたとしても、
マスターカードで1800円かけてフェイスペインティングするような子供には、
育てたくない。



2002年04月23日(火) 勝手な憶測

イスラエルのやり方が間違っていることは、通常の人間なら解る。

テロは、あまりに非道で下劣な行為だが、
そのような行為をされる自分達にも非があるんだという、
自らをわきまえる気持ちが必要だろう。

誰がどのような気持ちでやっているのかもはっきり解らないテロなのに、
それをパレスチナ人の全体の悪のように捉えて、武力で抑えるのは明らかに間違っている。

難民や一般市民の方々はとんだ災難だ。
というより「災難」なんていうだけでは片付けられない。
自分の家を正当な理由無く壊すやからなど、悪以外の何者でもない。

僕はGWに実家に帰るつもりなのだが、もし自分の実家が潰れていたら、
実家を潰した奴をとことん恨むだろう。
そして、気持ちが晴れるまではしっかり生きていけない気がする。
親や兄弟の命がとられたとなると物事はもっと深刻で重大だ。

でもそんなことが正に起こっていることが問題なのだ。

イラクのフセインは、イスラエルの軍事行動に対し、
「イスラエルへ原油の輸出をやめる」と言って、経済的措置で反対を明らかにした。

アメリカも本当にイスラエルの軍事行為をやめさせたいなら、
イスラエルに物資を輸出しなかったらいいのだ。そのように全世界に呼びかけたらいいのだ。

結局、
「私達はイスラエルに『これ以上の侵攻を止めろ』と言ったんですが、止めないんです」
というアメリカの行為からは、
「アメリカの平和的なイメージや、リーダーシップを世界にアピールしたい」
というようなものしか伝わってこない。

口ではイスラエルに止めろと言っておきながら、
実際には経済物資や資金は送っているように思える。

お金とアメリカの名誉が保てれば、パレスチナ人の命や家などどうでもいいのだ。

こんなこと僕の勝手な憶測であるけれども。



2002年04月22日(月) 久しぶりにビデオを観て

土、日曜日にビデオを見た。
「ゴースト・ドッグ」というフランス映画と、
「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」というドイツ映画だ。
それらはターミーの家で2人で観た。意外に彼はかなりの映画好きなのだ。

ゴース・ドッグは主人公が「葉隠」という江戸時代の武士の書を読んでいる場面から始まる。
また、途中で「羅生門」も出てくる。
主人公は黒人だが、刀をライフルやピストルに代えて、武士道を重んじる。
自分が決めた主(あるじ)には忠誠を心から誓う。
そんな生き様がカッコ良かった。

「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」は、死を医者から宣告された2人の男が、
残り少ない生きている間に、まだ見たことのない海を見ようと、
病院を脱走し、車を盗んで、銀行強盗をしながらも、海へ向かうまでの物語。
2人の性格は対照的。1人は気が強く、1人は臆病者。

「恐いものなんて何も無い」
旅立ちのシーンで、気が強いほうの主人公の男が、臆病者の相方にそう言う。

もう死ぬと解れば「恐いものなんて何も無い」とは思うが、
命が短かろうが長かろうが僕だっていつかは死ぬんだから、
「変化してただ流動的にこの世界に存在する物事なんてを恐がっていては駄目だな」
と思った。

この世に存在するもので、恐れる価値のあるものなど「死」のみ。
くだらない羞恥心、力の無い肩書き、根拠のないプライド、そんなものはほとんど要らない。
ほとんど価値のないものだ。

そんなことを思った。



2002年04月19日(金) 金曜日

金曜日って嬉しい。
週の仕事終わりだから。

ウキウキしたら飛べるかな。
もちろん飛べんけど。
でもフライディ。


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