いつもの日記

2002年02月05日(火) 3時だけは「おやつどき」

正午を過ぎた3時は昼?夕方?どっちだろう?

たぶん3時はどちらにも属さない。僕は3時だけは「おやつどき」だと思っている。
僕が認識している時間帯は、

早朝:4〜6(3時間)
朝:7〜10(4時間)
昼:11〜14(4時間)
おやつどき:15(1時間)
夕方:16〜18(3時間)
夜:19〜22(4時間)
深夜:23〜3(5時間)

である。このように考えると「おやつどき」だけが1時間で異様に光っている。
これはどんなも時間よりもビップ待遇なのかもしれない。


この世に神様は7人居るとされているが、
それは上記の7つの時間帯に下界を監視する人を決めて、シフトを組んでいるからである。

いつも月の初めに神様はその月における時間帯のシフトを決める。もちろんジャンケンで。
そのジャンケンはかなり盛り上がる。その月の労働の全てを決めてしまうからである。
負けて深夜勤になったらどんなにブルーなことであろうか。形容仕切れない。

勝った神様から勤務時間帯を選べるのだが、もちろん1番人気は「おやつどき」である。
これはたった1時間の業務で終るからだ。

業務内容はとても簡単で、下界監視部屋に入ってモニターを眺めて、
たまにコントローラーを使って、制裁を下したり、賞や名誉を上げたりするのだ。
その部屋には基本的に絶対1人で入らなければならない。
他の神様がいてあれこれ口出しをしたり、文句を言ってもめたりして、
適切な時に適切処置がされないのを避けるためである。

「他人がやっているTVゲームを横から見てたら、色々言いたいのに似てるよね」
と夕方勤務の神様9号は言っていた。
「ですよね。ほんとにイライラしますよね。アクションゲームなんて特にですね」
と僕は同調した。9号はかなり「うんうんそうだそうだ」と勢いよく頷いていた。

そんな話を聞いたその日の夕方、家に帰る途中で100円玉を拾った。
「ありがとう9号」
空に向かって言ってみたけど、ちょっと照れくさかった。



2002年02月04日(月) 君へ

僕と君とじゃ明らかにポテンシャルが違う。
僕は努力しても秀才どまりだけど、君はもともと天才だ。
今の君は努力をしていないだけだ。

君は「僕の方が上」だと、現在の僕と君とを客観的に見て言う。
でももし君が少しの努力したら、僕などすぐに越えてしまうはず。

君は「僕の言葉がためになる」と感謝して言う。
でももし君が僕を超えてしまったら、僕の言葉なんて要らなくなるはず。

そうなると君の中で僕の存在価値が無くなるんだ。
正しい事やすべき事はもう解ってるから僕の言葉は要らなくなる。
だから僕はもう必要なくなるんだ。

でも僕はそうなってもいいから君にもっと頑張って欲しいと思う。
もし君が僕を超えてしまって、君の中での僕の存在価値が無くなろうとも、
自信が溢れて輝いていた以前の君のようになって欲しいと思う。

そうなった時の君は誰よりも素敵だろう。
20代の間にそんな君に会いたい。
今の君には心揺さぶられるほどの魅力を僕は感じない。



2002年02月03日(日) レベル(Lv.)について。

僕のselfのページのプロフィールにレベル(Lv.)を記した。
現在の僕のレベルは15だ。これは以下のように決められた。

研究室で席が隣の福井に、
「俺のレベルってどれくらい?」 って僕は聞いた。
「う〜ん。そうやなぁ。15くらいちゃあう。学生だし」
「そんなもんかなぁ」 ちょっとがっかりして僕は言った。

「学生はそんなもんやで。働いてからはめっちゃ経験値たまるけどね」
「う〜ん。まぁそうやな。働いたら経験値がドンドン溜まって、かなりレベル上がるやろな」
「うん、そやで。今からやで」
「うん。そやな。今からやな。でも、また俺のレベルが上がったら教えてな」
「う、うん」

いつ上がるか解らないけど上がる時は嬉しいだろうな。
なんだかワクワクしてきた。ワクワクワクワク。
ドキドキもしてきた。ドキドキドキドキおさつドキ。縄文式ドキ。弥生ドキ。

みなさんも自分のレベルが知りたい方は福井まで。



2002年02月02日(土) きれいなおねえさん

BBSが白熱しすぎて、こっちまでなかなか手が回りませんが、頑張っていく次第です。

これといって書くことは無いのですが、いちおう日記というものを立ち上げた以上、
毎日書かなくてはいけないらしい。2日間でも書いてなかったら、
「どうかしたの?」
ってきれいなおねえさんが、長い髪を手で抑えながら僕の顔を覗き込んだりする。

または、ソファーにどかっと座って目の前に新聞を立てて読んでいると、
新聞越しに誰かが僕の前に立っている気配がする。
誰だ?と思って新聞をどけると、またもや綺麗なおねえさんが、
「こんなところで何してるの?」
って言ったりする。

何者なんだ。こいつは。
まぁいいや。とりあえずジュースでも買って来よう。と思って外に飛び出して、
自販の前で小銭を出そうとしたら手元が狂い、辺り一面に落としてしまった。

「あ〜あ」
って言いながら小銭を拾っていると、
「はいこれ」
と、ハゲたおやじが10円玉を拾ってくれた。

「ありがとうございます」とは言ったものの、なんでハゲたおやじなんだろう。
良いことが続くと「次も良いはず」と勝手に勘違いして、普通のことでも失望したりする。
変な感じ。やな感じ。

「そんなに甘くないわよ」
彼女が耳元で囁いた。



2002年02月01日(金) 矛盾に染まった空気を切り裂いて

2月1日かぁ。もうそんな時期になってしまったんだな。
修士論文の提出日が迫るが体が動かない。何故だろう?なんで動かないのだろう?
理由を教えて欲しい。自分のことであるのに君達に問い掛ける。
でも教えて欲しい。なんで動かないのだろう。

わかった。先送りだ。問題先送りだ。どうにかなるさと思っているんだ。

あとで絶対しなくちゃいけないのに、今は理由をつけて避けているだけだ。
でももしこの問題を先に送って送って、どこかの誰かが代わりに尻拭いしてくれるのなら、
それで良いかなって思っちゃう。

でもそんな人は絶対居ないのでしなくちゃならない。
っていうかたとえ居たとしても責任逃れはしたくない。そんな大人になりたくない。

責任も痛みも喜びも楽しみも悲しみも怒りも、そんなことを完全に背負って生きてたい。
そしたら今の何十倍も生きていることを実感できる。それが一番大切なんだ。
人生はリスクがあって当然。もし駄目でも完全に善なることをしてなった結果なら仕方ない。

自分の甘さを戒めて、矛盾に染まった空気を切り裂いて、自分を磨く事を止めないでおこう。



2002年01月31日(木) 高校生「ゆっくり休養したい」

小学生「パソコンやテレビゲームをしたい」
高校生「ゆっくり休養したい」

上は次の4月から小中高学校が週休2日制になるにあたり、
「休日は何をして過ごしたいか」
というアンケートをとったところ、学生のトップを占めた意見である。
このことは今日(2月1日)の読売新聞に載っている。

休みの2日間、小学生は家で機械的なゲームで遊びたおす。
高校生はまだ十代であるのにゆっくり休養する。
ガラスの十代であるのにもう守りに入っている。変な高校生。

こんな子供達が未来の日本を背負えるのだろうか?
日本のため社会のために働けるのだろうか。はなはだ不安。不安感。保安官。

「『ゆとり教育』で自主性を育てる」
っていうアホみたいな政策をしてきた教育現場で育った子供達の精神は、
もやしのように細いのだろう。

善も悪もこの世の価値観も理解できていない子供達に自主性などあるはずは無い。
強制された枠の中に入れて、自分で色々考えなければならない状況を作ってやらないと、
彼らは何も考えない。私利私欲をのさばるだけで、自分を磨こうとはしない。
上のやつらはこのことを何も解っていない。日本にはアホの政治家しか居ない。



2002年01月30日(水) 「NO GOOD 」

町には至るところに落書きがある。

トイレだったり、建物の外壁だったり、道だったり。
最近近所でよく見かけるのは電柱に、
「 NO GOOD 」
と書かれている落書き。

赤のスプレーで誰かが書いているのだろうが、日本語に訳すと
「 良くない 」

落書きするのが「良くない」こととわかっているなら、書かなかったらよいのに。

他に見かけるものとして 「 SO BAD 」 という落書きもある。
日本語に訳すと 「 とても悪い 」
落書きするのがそこまで悪いとは思わないけど書かないほうが賢明だろう。

書いている途中で警官に見つかって、最後の 「 D 」 が書けないまま補導されたら、
「 SO BA 」
になってしまうではないか。
近くに蕎麦屋さんなんて何処にもないのに。



2002年01月29日(火) 喜怒哀楽

喜怒哀楽とは、「喜びと怒りと悲しみと楽しみ。人間のさまざまな感情」のことである。

その喜びや怒りや悲しみや楽しみを感じる事柄は、各個人によって違う。

ある人はお金を手に入れることが一番の喜びかもしれないが、
別のある人は他人に誉められることが一番の喜びかもしれない。
またある人は、心を傷つけられることが一番の悲しいことなのかもしれないが、
別のある人は、勝負に負けることが一番悲しいことなのかもしれない。

このようにどんな人にも喜怒哀楽は存在するが、
それらを感じる事柄は人それぞれで異なってくる。
そして、その喜怒哀楽を感じる事柄は、
その人が持っている価値観にとても密接に結びついている。
だから、その人の一番の喜怒哀楽を知れば価値観を知れる。

そこであなたが一番喜怒哀楽を感じる事柄はそれぞれ何ですか?
これが今日のテーマです。

でも、これはなかなかすぐには答えられないと思いますので、
じっくり時間をかけて考えてください。

こんなこと考えても何もならないと思う人はいるかもしれませんが、
この感情が解らない人は基本的に感情や行動に一貫性が無い人だと思います。
別に非難している訳ではないですが、考えてもよいのではないでしょうか。



2002年01月28日(月) 「セールスお断り」

「セールスお断り」
と縦書きのプレートがインターホンの横などに張ってある家。

最近僕は毎朝ランニングをしているのだが、そんな家を良く見かける。
白いプレートに、黒字で「セールス」、赤字で「お断り」と書かれている。

どの家も同じ縦長の長方形のプレートである。
あまりに全部が全部同じすぎて面白みがない。
「こんなありふれたものじゃセールマンは諦めないだろう」って思ってしまう。

とにかくあの全部同じサイズのブロック体では全然気持ちが伝わってこない。
語調を強めるために赤字の「お断り」を使用しているつもりなのだろうけど、
わざわざ丁寧語の「お」を使用しては、打ち消しあって意味をなさないでいる。

いっそのこと血染めで書いて欲しい。これはかなり効果があるはずだ。
でも、そうすればセールスマンはもとより近所の人も寄り付かなくなるだろう。
だからほどほどに。

したがって、僕はこのいかんともし難い「お断りプレート」の現状に一石を投じるために、
新たな「セールスマン撃退プレート」を4つ提案することにしよう。

� 屮察璽襯甲任襦廖�
   ・・・言葉は少ないがかなりの重み。威厳あり。
 
�◆屮察璽襯垢論造辰討茲掘廖�
   ・・・セールスマンが2チャンネラーなら撃退確実。

��「セールス?要らん要らん。そんなもん」 
   ・・・聞く耳持たず。こんなプレートが張ってあったらセールスマンはなすすべ無し。


最後のプレートは少し長め。セールスマンもインターホンの前で熟読するはず。

�ぁ屮察璽襯好泪鵑諒�はこのインターホンに向かって、
    『事件は会議室で起こってるんじゃない!現場で起きてんだ!』
  と叫んでください。もし、織田ゆうじ似の猿顔なら入るのを許可します。
  でも、久保田利神や中西圭三なら残念ですが、ごめんなさい。」

   ・・・これも闇で効果あり。関係ないですが、KATUMI似では絶対駄目です。



2002年01月27日(日) 僕の返信 3

それは「ヒットが打てなくなった現実が来た時」である。
何も考えずにヒットを打ってこれた人は、このスランプを絶対に回避できない。
どこが悪くて、どこが良いか、どれが大事で、どれがいらないか、
ということ全くわからないからだ。

そして、まさに現実にヒットを打てなくなる時が来た時、彼らはどうなるであろうか。

彼らは「如何にヒットを打つか?」が大事だと思い直し努力するだろうか。
僕は絶対に彼らはそんなことをしないと思う。
今までなんの努力もなしにヒットを打ててきた彼らにとっては、
努力なんて絶対できるものではなく、このような事態は全くの異常で、
ただ「この世の終わりだ」と思うだろう。

そういう自分を保てなくなった人間が多数存在すれば、
このアホみたいに平和な日本の社会は機能しなくなり混乱が訪れるだろう。

そんな未来なんて嫌だ。嫌だ。嫌なのだ。
だから僕らは、「如何にヒットを打つか?」「巧くヒットを打つために何が必要なのか?」
ということを考えて、素振りをして、足腰の鍛錬をせねばならないのだ。

危機感、使命感は何にも変え難いモチベーションなのである。


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