いつもの日記

2002年01月26日(土) 僕の返信 2

「野球でヒットを打つ」これを「生きる」と置き換えよう。

そう置き換えると、
「自分は何故生きているか?」 は、「自分は何故ヒットを打っているのか?」
「生きているとは、どういうことか?」 は、「ヒットを打つとはどういうことか?」
という質問に転ずる事になる。

この置き換えられた2つの質問は、いつもヒットが打てない人達か、または、
ヒットは打てているが、打つ方法が解っていなくて、スキルを身に付けていない人達、
がする質問である。

スキルで意識的にヒットを打てる人達や、意識的にスキルを磨こうとしている人は、
それらの質問がヒットを打つ事に何も意味をなさない事は解っている。
「自分は何故ヒットを打っているのか?」「ヒットを打つとはどういうことか?」
という事を自問自答するだけで、ヒットが打てるようになるはずはない。
そんなことを考えても絶対にヒットを打つことは出来ないし、スキルは一向に身につかない。

それでも「自分は何故ヒットを打っているのか?」「ヒットを打つとはどういうことか?」
という質問にこだわる人には、
「現実がヒットであるから」、「アウトにならないこと」と言ってやればいい。
でも、それでも納得しない人も多数存在するだろう。
「もっともっと凄い答えがあるはずだ」と抵抗する。
もう、そんな人は死んでしまえ。意味を素直にとりなさい。
「頭の回線が違うふうに繋がってる。もう駄目だ。お手上げ」。そんな感じ。

ヒットを打つために考えねばならないことはそれはまさしく、
「如何にヒットを打つか?」である。
これを考えていないやつは絶対にスキルが身につかないし、うまくならない。
でも、そんなことを考えてなくてもどんどんうまくなってヒットを打てる人もいる。
(日本のけっこう多くの人はそうだと思う。僕の勝手な予想。かなり勝手)

そんな人は言う
「『如何にヒットを打つか?』なんていらないよ。要はヒットが打てればいいんだよ」
確かにそうである。でもそれでは困ることがある。
それは何か?なんであろうか?         ・・・続く



2002年01月25日(金) 僕の返信

<批評> 作・編 柴山健一

「自分は何故生きているか?」を「如何に生きるか?」に転ずるのは巧いと思いました。
そして価値をもたせる論法も良いです。

僕は生きてても価値を求めて生きたい人間だからとても言いたい事が解ります。
しかし、「別に無理に価値なんて求めなくてもいいじゃない。生きてるんだから」
と思っている人達にはあまり理解できないと思います。
この文は価値を求めて生きている人間が共感できる文です。
君が「価値をもって生きようよ」と言う。
僕は「うん。そうだそうだ」と思う。そんな具合に。

しかしながら、価値を求めて生きていない人達に、「価値をもって生きろよ」
と言っても聞かないでしょう。
だって価値なんて求めなくても、努力しなくとも、あれこれ考えなくても、
僕達は生きていけるんですから。
だから、「価値をもって生きなくては、こんな不都合が生じますよ」っていうことを、
価値を求めて生きていない人達に伝えられるような文が必要だと思います。
それを以下に書きます。

でも生きるというテーマでこれを考えていくことは、僕達にはおも過ぎます。
だからもっとわかり易いもので「生きる」を置き換えよう。 ・・・続く



2002年01月24日(木) 弟からのメール

池田晶子の書く文に僕の弟である文哉がはまっているらしい。
それを僕に勧めるべく以下の文をメールで送ってきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   自分の将来にとって有益であること (著:柴山文哉 / 編:柴山健一)

将に来るべき未来、僕らは何をしているのだろう。生きている。
そうそれは確実だ。死んでないなら。
では今、またその時に「自分は何故生きているのか?」と自問するとしよう。
自己肯定力の弱い凡人よ。ある人は、わからない。またある人は、
生きていること自体が目標だと答える人もいるだろう。

でも、良く考えて見るとどちらとも似たり依ったりである。
だから、理由より何より、「生きているとは、どういうことか?」が先である。
それなしに理由もくそもないのである。しかしながら、上の質問は屁みたいなもんである。
なぜなら僕らは、その質問の答えすら知らずに、わからずに「生きている」のであり、
その「生きている」のは努力もいらず、無償であり、
その質問の答えを知らなくとも「生きている」は出来るからである。

けれども、その質問の答えすら知らずに本当に「生きている」は出来ているのであろうか?
または、それを知っている人と知らない人ではどう違うのだろうか?
区別できないなら同じとしかいいようがない。

だが、彼女は冒頭の問題(「自分は何故生きているのか?」)に、正当に答えることが出来る。

「生きている」ことは価値があるだろうか?

冒頭の問題でない問題を彼女はもつ。
価値とは何か?生きるとは価値ではない。「如何に生きるか?」が価値である。
そうして初めて価値が生じる。僕らは「如何にも生きれない」、単に生きている。
生きるとは何かを、知らないから。

池田は40年間考え続けている。「『善く生きる』とは何か?」「善とは?」
全人類の共通の問題に挑戦しよう。



2002年01月23日(水) 最近の僕の朝の生活

明日から何回かに渡って僕の弟である文哉とのメールのやりとりを紹介したいと思う。

実は今日の日記の本題は「それが明日からありますよ」というただの連絡です。

しかしながら、このまま終っては批判の電話が引切り無しでかかってきそうなので、
ちょっぴり少し日記らしく最近の僕の朝の生活を紹介しよう。

6時00分 目覚める
僕はローソンのある日以外の時には目覚ましはかけない。
僕の目が覚めた時が朝であって、「8時から朝」や「9時から朝」という決まりは設けない。

6時30分 いまだ布団の中。
最近はあまりにも寒いので、出るのがおっくうで30分ほどゴロゴロする。
でも2度寝はしない。2度寝は余計に眠くなったり自己嫌悪になるからマイナスが多過ぎる。

6時45分 ランニング開始。
最近の日課である。1月12日から始めたので約10日。意外に頑張ってる。自分を誉める。

7時15分 ランニング終了。
30分きっちり走るため携帯電話をもって時間を計りながら走っている。
家を出て15分たてば折り返す。それが横断歩道の途中であっても15分たったら折り返す。

7時30分 ご飯を食べながら英語を聞く。
ゆくゆくのため英語を聞いている。でも全然集中していない。
意味がなさそうだけど、最近徐々に聞けてきたと自負している。

8時00分 英語と朝ご飯終了。大学へ。
そして僕は大学に着いて、メールチェックをした後、こうして日記を書く。



2002年01月22日(火) 5等の景品

先日、大学の生協で斎藤和義のニューアルバム「35STONES」を買ったのですが、
「2000円以上お買い上げの方はクジが引けます」
というキャンペーンがあったので引くことにしました。

四角い箱の丸い窓に手を突っ込んで、いじって、さわって、
こねくり回して、ころがして、ようやく四角い紙のクジを引きました。
もう汗で手がべとべとです。でも実は汗じゃないかもしれません。

特賞から5等まであったのですが、なんと結果は5等。
「あ〜あ、5等かぁ〜」ってぼやきながらも、
でも5等は5等なりの景品があるのだろうとちょっと期待して受け取ると、
それはポケットテッシュでした。

裏面には武富士放火事件の犯人の似顔絵が書かれた紙は入ってなかったですが、
ポケットティッシュには変わりありません。

あまりにレベルの低い景品にかなり失望しました。
生協の人も「こんなんでごめんね」と言って渡してくれましたけど、
僕はかなり「なんじゃこれは!?5等といえども程がある!プンプン!」
って顔をしてたと思います。

それから暫くして学科の忘年会で梅田に行ったのですが、
梅田の至る所で5等の景品が配られていたのでした。



2002年01月21日(月) 悟空 vol.3

そんな事情もあるけど、悟空も子供の頃はピラフがついた初歩的な嘘に引っかかるほど、
相手の事を鵜呑みに信じる純粋な心を持っていた。

しかし大人になってからは、まったくそういう手口に引っかからなくなった。
それは悟空が相手を疑うという事を覚えたからで、
そのお陰でキント雲には乗れなくなってしまった。
そういう訳だ。悟空とキント雲にはこんな事情があったのだ。

大人になってからの悟空は、かなり俗っぽく、本当にしたたかで、とても計算高い。
そして、なによりかなりのMである。
そうでもなければ宇宙船の中で、自らが出した気を自分に当てて楽しんだりしない。

「カメハメ波ー!」
(カメハメ波が旋回し「キュイーン」と戻ってくる。悟空はそれを避けられず当たる)
ドン!(悟空跳ね飛ばされる)
「うわぁ!!・・・うっうっううう。。。くそっ、負けるものか!!」

おいおい。それはあなたが出した気ですよ。あなたが。
まるでコント。まさに一人漫才。だから彼は面白い。
超人的なパワーを持ちながらも、綿密に計算されたコントと一人漫才。
やはり彼から目が離せない。



2002年01月20日(日) 悟空 vol.2

真実を隠し、子供達を騙しながらキント雲に笑顔で乗ることは、かなり心が痛んだらしい。
僕がその立場でもやりきれない気持ちだろう。
同じような僕の過去に照らし合わせると、とても良く解る。

悟空がそんな悩みを抱えていた時、僕の行きつけのBarに悟空もよく来ていて、
お互いひとりだった時は2人で色んな話をした。

「TVなどでは”オラ”って言ってるけど普段は絶対言わないよ。
 普段は”俺”。でもTV的にもプロデューサー的にも”オラ”の方がいいんだって」
っていう暴露話から全ては始まった。

「あまりに善人ぶり過ぎて、何をやってもお金が受け取れなくなってしまって、
全くお金が無いんだ」と愚痴っていて、飲みのお勘定は6:4で6が僕だった。

「やっぱりかしこいブルマにしとくんだった。チチは本当に何もしないし、何もできない!」
って結婚相手まで否定してた時はビックリしたけど、今ではうまくやってるらしい。

ふぅ、ひと安心。



2002年01月19日(土) 悟空 vol.1

3日前の日記で「僕は悟空を疑っている」と書いた。
それに対しBBSでぴかそっこさんから、以下の書き込みをされた。

「悟空はキント雲から落ちたためしがないのです。
 そんなけがれ無き悟空を疑ったらバチがあたるのです」

ぴかまだまだ甘いな。悟空には君達には計り知れないような真実がある。
悟空は大きくなってからあまりキント雲に乗らなくなった。
それは何故か?どうして?なんでなんでしょうか?
実はここに謎の全てが詰まっているといっていい。

その理由として大半の人は、「武空術で飛べるようになったから」と言うかも知れない。

しかしながら、実の本当のところは、初心がけがれて乗れなくなっていたのだ。
ある日悟空がいつものようにキント雲に乗ろうとしたらすり抜けて落っこちたらしい。
その時のショックときたらもうそれはそれは。筆舌に尽くし難いほどであったろう。

悟空が大人になってからも、たまにキント雲に乗っている時があったかもしれないが、
実際は、武空術を使って乗っているように見せかけていたに過ぎない。

悟空は自分がキント雲に乗れない体になってしまっては、
「日本全国の子供達の期待を裏切ることになる」と思って、そのことはひた隠していたのだ。
悟空とキント雲にはそんな隠された事実があったのだ。



2002年01月18日(金) 2002年の新年会

今更ながらも遅いながらも新年会。
本日は学科の友達と梅田で飲みました。
場所はいつものスーパー百番。

ほとんどの同期は学生生活残り3ヶ月。4月から社会人。
ということで、皆々様の新たな門出の新年をみんなで祝おうということです。
久しぶりに馬鹿騒いで楽しかったなぁ。

学部で卒業して社会人3年目を迎える上山と、2年目を迎える備前も参加でした。
上山はあい変わらずナンセンストークしてたし、備前もあい変わらずオドオドしてたので、
「社会人になったからってそんなに変わらないんだろうな」って思いました。

だから、4月から予測不可能な未来が待ち受けているけれども、少し勇気が沸いてきました。
「上山はいいとして、備前ですら社会人が出来るなら、俺が出来ない訳が無い」
 っていうか、
「備前が出来るなら誰でも出来る。元気があれば何でも出来る」



2002年01月17日(木) 辛さ×10倍 vol.2

さて昨日の続きになるが、辛いというのはかなり曖昧で、あやふやで、主観的である。

それらを「辛い成分」と決めてしまうのはおかしなことであるのだ。
そのおかしさを巧く描写した文献があったので、下に示しておく。
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A君は「αという成分だけ辛いと感じる」
B君は「βという成分を辛いと感じるが、αは辛いと感じない。むしろ甘いと感じている」

こういう状態があれば、αとβは「辛い成分」に入れていいものかわからない。
リンゴとハチミツを入れたら本当にカレーが美味しくなるのか!????
というぐらいわからないのだ。
               (「辛さについての空騒ぎ」著者:カーリー・バートモン)
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そんな状況だけど、この×何倍という表示はかなりウケがいいらしく、
今では×100倍というのですら見かけるようになった。
しかしながら、100倍までくると辛さがまったくもって全然イメージできない。
はっきり言って×100倍という表示が意味をなさないでいる。

クイズダービーの最後の問題で、大橋巨泉が
「倍率ドン!さらに倍」
と言って、井森みゆきが30倍になったりもしたが、
あの井森みゆきですら高々30倍であって、100倍にはならなかった。

あれはただの1クイズ番組だったけど、僕達はあれから何かを学ばなければならないと思う。
繰り返すが、かの井森みゆきですら、100倍にはならないのである。
まぁここまで言えば、僕の気持ちが君達においおい伝わっているだろう。

むろん当然ながら今日の晩御飯に「ご飯?パン?麺?」で、迷ったなら、
「三択の女王 竹下景子 に3千点」
で決めてもらいましょう。


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