いつもの日記

2001年09月18日(火) いつものこと

学校から家に帰り扉を開けると、部屋の電気がついていた。
あれ?消したはずなのに。

酷く疲れていたから速攻でシャワーを浴びた。同時に歯も磨いた。
シャワーと同時に歯を磨くと、口を閉める必要が無いからかなり爽快。
体の前面は歯磨き粉と唾液で製造された白い液体で滝を形成する。
すぐに洗うから何も問題はないのだ。
海の中でおしっこをするという感覚と似ている。
まったく問題ないのだ。

浴室を出てトイレの前を通り、扉を2つ開けて寝室に行く。
この1文で広い部屋を想像しないでほしい。
断っておくが私の部屋はダイニング=リビング=寝室であって、当然ユニットバスである。

TVの前で全裸で腕立て伏せをしたあとにニュースを見る。
テロの速報で意味もなく朝のワシントンを呼んでいる筑紫哲也が居る。
「ワシントンの岡田さん」

急に眠気が襲う。そろそろ就寝だな。

私はすくっと立ちあがり布団を敷くため押入れを開けた。
すると押入れに積んである布団の上に男が座っていた。
彼は白いターバンと白いアラブの民族衣装を着て、背中には機関銃を担いで座っていた。
あごひげは伊藤博文もビックリするほど立派なものだった。

彼は左手の親指とひとさし指とで円を作り、OKの手の形を作った。
そして親指とひとさし指の先をはじくと同時に言った。「アッサラーム・アライコム」

私はしばらく困惑していたが、「こんにちわ」と答えた。

「うちに来るなら前もって来るって言ってよね」と私は言おうとしたが少し考えて止めた。
彼にそんなことを言っても無駄である。
彼が事前に連絡をせずに行動を起こすのはいつものことであるからだ。



2001年09月17日(月) 羊を数える 4匹

「羊が1匹。羊が2匹。・・・」
私は羊が柵を越えて入っているのを想像しながら頭の中で呟いた。

「・・・羊が9匹。羊が10匹。」
10匹を数え終わり私はお腹の上の紙に「10」と書いた。

もう電気は完全に消していた。
真っ暗で書いた数字を目で確認はできない。
しかし紙の位置を知っていてペンさえを持っていれば数字くらいは書けるはずである。

「10」と書いて一息つき再開。
「羊が11匹。羊が12匹。・・・羊が19匹。羊が20匹。」
「20」と書く。
さらに続けた。

「羊が21匹。羊が22匹。・・・羊が29匹。羊が30匹。」
30匹まできても眠気は初めとほとんど変わらなかった。
このまま1000匹ぐらい行くのではないかと酷く不安に思った。

でもなるようにしかならない。
もし1000匹なら1000匹でもいいじゃないかと思い直した。
メエメエうるさくて逆効果でもこの状況を楽しんでやろうと思い直した。
私はそう腹をくくって再び数え始めた。


次の瞬間に私は寝ていた。
ぐっすり寝ていた。

朝になって起きた。
起きてみて初めて自分が数えている途中で寝たことに気がついた。
おなかの上から落ちていた紙には歪んだ文字で10と20と30の数字が書かれていた。
手から落ちていた黒のハイブリッドはシーツに小さいホクロを作っていた。

             −−− 羊を数える 終わり



2001年09月16日(日) 羊を数える 3匹

単純に数えて寝てしまってもいいのだが、それでは結果が残らない。
次の日に起きても数えた過程など忘れてしまっているからだ。

柵に入れた数や毛をそった数やジンギスカンで食べた数など到底解らない。
ましてや泣いた回数など解るはずが無い。
もしかするとヤギの鳴き声も入っているかもしれないのだ。

私はその結果を残すためにペンと紙を用意した。
今日は初日であるから、柵に入れた羊だけ数えるとしよう。
ヤギは入れちゃ駄目だ。彼らは眠りの妨げになる。
彼らは眠るために必要な紙を食べるからだ。

人間は眠くなると頭蓋骨と脳の間に、ある程度の面積を持った紙が増殖する。
大きさは大体1cm四方である。
結婚式などお祝いにまく四角の紙を思い浮かべていただければ間違いは無い。

増殖した紙は脳にへばりつき脳の筋肉の動きを止める。
脳は内部でゆっくりと呼吸をしながら、筋肉を使わなくなる。
それから深い眠りが訪れるのだ。

ところがどっこいヤギはその紙を食べてしまう。
ぐっすり眠りたいのならヤギを入れていい訳が無い。
しかしこれは学校では教えてくれない事である。
ほんとうに今の教育はどうかしてる。

私は布団の中に入って仰向けになった。両腕を掛け布団からだした。
右手にペンを握り締める。黒のハイブリッド。

電話料金引き落とし明細の裏面に羊の数を書くことにする。
その紙をおなかの上に置く。天井を見上げる。

準備は整った。
そして僕は数え始めた。



2001年09月15日(土) 羊を数える 2匹

その大会が終わった夜の事だ。
いつものように訓練を兼ねて速く寝ようと私は布団の中に入った。

1・2・3・4・5・・・・
ん?あれ?眠れないぞ。どうしたんだ。いつもは3秒前後のはずだが。
こんな事ではオリンピックどころかスネオにバカにされてしまうぞ。
おもちゃも貸してくれなくなるぞ。うぅどうしよう。

あっそうか本を読もう。
今読みかけ中の村上春樹の「TVピープル」を読もう。

ふむふむ。ふむふむ。ふむふむ。
ねむねむ。ねむねむ。ねむねむ。

なんて、うまくはいかないね。
結局短編を一つを読み終えてしまったではないか。

「さて、どうされますかシバヤマクン?」
腕を組んで見下げているのびたの声が意識の彼方から聞こえる。

「くっ、どうすべきなんだ。」私はこぶしを握りしめた。
こうなれば古典的な作戦でコテンといこうじゃないか。

とうぜん古典的な作戦とは羊を数えるのだ。
こういう時こそ王道である。急がば回れだ。
ヒットラーもこの作戦を用いユダヤ人を寝させて、毒ガスで一気に始末したというではないか。

だがただ数えるだけでは面白くない。
私はそう考えおもむろにペンと紙を用意した。



2001年09月14日(金) 羊を数える 1匹

私はオヤスミ5秒の人間だが、最近は3秒ではないかと思い始めている。
一般の人はこの2秒の差を別に大差は無いって思うだろう。
しかし、世の中そんなに甘くない。

5年前にオリンピック委員会で寝つきの速さを争うグーグーがオリンピック公式競技になった。
この競技にグーグーという名前を初めにつけたのは、日本のあの彼である。
名前は忘れてしまったからここでは省略する。

オリンピックに出場するには3秒というレベルが一応のボーダーとなる。
一般の人からすると、この3秒というラインは神業である。
それはアルマゲドンで隕石の軌道を変えるよりはるかに厳しいものだと容易に想像がつく。
たかがブルースウィルスである。
されどエネオスである。

そういう訳で私は夏季日本グーグー選手権にノミネートされる事になる。
これが事実上のオリンピック選考会であることは他の選手の意気込みからも計らい知れる。
私の隣の隣の席には前回のオリンピックにおいてダントツで優勝した野比のび太が居る。

やはり彼は凄い。
オーラすら感じられる。
手にはもちろん彼のマイ枕がある。

私はちょっとは食い下がったが結局今年もダントツで野比のび太が優勝してしまった。
ちょっとがっかりだが気持ちを切り替えてこれからがスタートと思ってがんばる事にした。

悩んでも仕方ない事をいつまでも引きずっても意味はない。
引きずって意味のあるものなどグラウンド整備のトンボ以外にあるわけないのだ。



2001年09月13日(木) さて、これからどうしましょうか

何故だか何にもあまりやる気が起きない。
対米同時多発テロのせいだろうか。

生きてる意味が解らなくなる。
日記を更新することなんて本当に意味がない。

不幸でもないのに不幸と感じている自分が嫌だな。

ふぅ。さて、これからどうしましょうか。



2001年09月12日(水) 自爆テロ 第2報

自爆テロの事件を思う。
これは中東の問題が原因としてあるようだ。
そこにはパレスチナ人の人権問題がある。
だから「パレスチナ人が悪」という一方的な見方はできない。

経済がああだこうだとか言う前に取り組まねばならない問題が世界にはある。
僕達がこんなに平和でのほほんと暮らしている時にパレスチナ人は自爆テロの計画をする。
自分の命を投げ打ってでもやらねばならぬことが彼らにはあるのだ。
パレスチナ人としてのプライド。
そして、イスラエルに虐げられているパレスチナ人の辛さがそこにはある。
僕達では到底想像もしえないほど重く暗く。

こんな事態が起こっていようと僕達の生活はいつも通りに過ぎていく。

学校は何も変わらず時間割通りに授業を進行していく。
TVはそろそろ大丈夫だろうと頃合いを計りバライティ番組を流す。
コンビニの客は店員の袋づめが遅いと怒って文句を言う。
僕達はAランチより100円高いBランチにするかどうかでかなり頭を悩ませる。

この世界の不平等さを嘆く傍ら、平和である自分達の運の良さに胸を撫で下ろす。



2001年09月11日(火) 自爆テロ

形容しがたい。
どんな言葉でもこの悲劇さ重大さを伝えることはできない。
音のある映像ですらも本当に起こっている真実の1/100も伝えられないだろう。

戦争という文字が突然浮かび上がってくる。
この事件が起きる前と起きた後では戦争という言葉の意味が本当に変わっている。
まさに非現実と現実くらいのひらきがある。

あの場に居合わせた人達やハイジャックされた人達の事を考える。
お悔やみ申し上げますとニュースは伝えるけど全然足りない。
彼らだってそのことは解ってはいるだろうけどそれぐらいしか言う言葉が無い。

ニュースをくいるように見ていたけど知らぬ間に寝てしまった。

朝起きるとテレビがついていた。
蛍光灯もついていた。
ミニモニが凄く笑顔で新曲を歌っていた。



2001年09月10日(月) 久々に麻雀

久々に麻雀をした。
私は最初の半荘を取り、次の半荘も取った。
点数は+76に達していた。
俺以外は当然マイナスである。

何はともあれ第3回戦開始。
しかしながら、開始そうそう3連続で振り込む。
点数は1万を切った。
親満なら当然飛んでしまう。
ここから俺は踏ん張った。
そしてなんとか2万5千まで戻した。

このままもう終了していいやと思っていると。
カモダやヒラヤマがチョイチョイ上がる。
そして際目付けはナガサワのツモり四暗刻でゲームセット。

最後のゲームは順位点の−5も含めて−25。
結局+51という結果になる。
4人の中では当然トップ。
順当です。

充分に満足したが時は午前0:30。
明日はローソン。
起きれるのかな。
チャンチャン。



2001年09月09日(日) ボールボーイ

TVでテニスの試合を見た。
準決勝でヒンギスとセリーナ・ウイリアムズは激突した。

セリーナ・ウイリアムズのパワーの前にヒンギスはたじたじ。
ヒンギスはファーストサーブをネットに引っ掛けて失敗が続く。

ボールボーイはそのたびに縦横無尽にコートを駈けた。
速かった。
速すぎてビックリした。
忍者と思うくらいだった。

私は彼の虜になった。
彼しか見えていなかった。

ヒンギスとセリーナ・ウイリアムズが打ったボールは私の右耳から入り左耳から出ていった。
それとも左耳から入り右耳から出ていった。
そのどちらかだった。
それが繰り返されていった。

ただ1人ボールボーイだけが私の頭の中を駆け巡っていた。

試合はセリーナ・ウイリアムズのワンサイドゲーム色を呈してきた。
それと同時に私が虜になったボールボーイはあろうことか勢いというものが霞んできた。
試合のはじめの頃よりダッシュが幾分鈍いのである。

彼は疲れていたのかもしれない。
しかし、そんなことに関係無く私はがっかりした。

私はそれから暫く試合を眺めたあとTVを消した。
もうボールボーイですらも私の両耳間を出たり入ったりしていることに、私は気づいたからだ。


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