いつもの日記

2001年04月28日(土) リクルートの面接

本日はリクルートの面接だ。今日で5回目。一対一では2回目。

面接官は言った。

「で、君、本当にリクルートで働けんの?」

穏やかな話の流れの中で、いきなりの直球を俺は受け損なってしまった。
その時の俺の顔はかなり困った顔をしていた。今から思い返してももう仕方ないが。
何とか無理に頭をフル回転させ、俺は答える。

「は、はいぃ、、。リクルートの企画や、編集、などをする業務で、
 私の能力は、必ず生きると、思います」

「そんな仕事初めからできないよ」

「はい。わかっています。初めは営業からだとは重々承知です。
 営業のバイトをしたこともありますし、営業もできます」

「どんな???」

「家庭教師を家庭から取り付けるバイトです」

「どれくらい?」

「半年ほどです」

「なぜやめたの?」

「研究が忙しくなったというのもありますし、
 周りの方々が成績がよかったのもあります」

「ふ〜ん」

「実際に営業のバイトしてみて、
 子供が家庭教師をするようにさせるような人を納得させる力は私はあると感じています。
 そのような力を私は持っています」

「ふ〜ん」

今回の面接官はいままで出会った面接官の中で一番オーラを発していたし、
かなりの突っ込んだ質問をされる一方で、
このようなスカスカの手応えしか得られない面接を受けていた俺は、
かなり緊張していた。

そして、個人面接では2回目だが、今回は最終かもしれないと俺は思いだしてきた。
緊張のあまり、言葉がしどろもどろになってしまい、何度も

「言っている意味が解んない」

って言われた。

俺はこの状況が辛くなって自分にリラックスさせるのも考えて俺は言った。

「そろそろ選考も佳境に入っていると思われて、かなり緊張しています」

「うん、そうだよ。佳境だよ」

そのごも面接は終始、面接官に転がされている感じだった。

これじゃあ受からないよね。
ほんとに。1週間以内に電話があれば通過だが、まだまだ続くかもしれない長旅に、
集中力が続くかどうかわかんなくなってきて、ボーとしながら電車に乗った。

そして、人が多く込み入った電車だったが、疲れが押し寄せてきていたので、
座る事を俺は高らかに望み、そして座った。
電車の中で面接の事を思い出していた。

「で、君、本当にリクルートで働けんの?」

この言葉が頭の中を反芻していた。たしかにリクルートは厳しい会社だ。
動きも速い。そして、会社の求める結果も早い。
しかしだ、即答で

「はい。働けます。自信はあります」

と答えるべきだったのだ。

「で、君、本当にリクルートで働けんの?」

まだこの言葉が反芻していた。
俺は言うべきであった正解を思わず声に出してしまった。

「はい。働けます。自信はあります」

前に座っていたサラリーマンがいぶかしそうな目で見ていた。



2001年04月27日(金) 日立内々定

昨日の内定が効いてきて体が今日は軽かった。

だが実は健康診断の検尿で引っ掛かってしまい、今日朝一の尿を健康センターに持っていく。

最近いつもひっかかるのは潜血と蛋白だ。
ダブル受賞はかなり珍しいほうだ。

健康センターにいくと、同研究室のモリモリが長いすに座っていた。

「どうしんたん?」
「俺な、糖でてんねん」
「へぇーそうなんや。糖かぁ。俺なんて潜血と蛋白やで。ダブルやしすごいやろ」
「ふ〜ん」

なぜかモリモリは悔しそうだった。俺は勝ち誇ってセンターを後にした。

午後23:03一通のメールが届く。
見るとすぐに次の一文が目に飛び込んだ。
目が飛び込んだわけではない、一文がジャンプ台から俺の目に飛び込んだのだ。

 このたび採否につき検討致しました結果、「内々定」とさせて 戴くことになりました。

「おっしゃーあ!」
俺は飛び跳ねていた。そして、今までの就活が走馬灯のように頭を交錯した。
しかしながら、それはこれから始まる本当の戦いの前フリに過ぎなかった。
明日のリクルートの5次面接という大舞台が待っていたからだ。



2001年04月26日(木) 午後19:35

ピリリリリリィ、ピリリリリリィ
電話が鳴る。
「午後19:35 非通知」
それは携帯のディスプレイに示されていた。
俺はすぐさま外へ飛び出し電話にでた。
「はい。柴山です」
「あぁ柴山さんですか、こちら日本ユニシスの奥田です。こんにちわ」
「こんにちわです」
それから、現在の進行状況などを聞かれその後、奥田さんは言った。
「うちとしては柴山さんに是非来て頂きたいと思っています。即ち内内定ということです」
「ありがとうございます」

「来てほしい」
とはいい言葉だ。就活において自分の存在を最も肯定される言葉だ。
俺は他社の状況もあったため5/2まで待ってもらうことにした。
内定はでたが、これからがほんとに悩まねばならないのかもしれない。



2001年04月25日(水) 今日の日立の面接って最終!?

「他に何かありませんか?」
時計を気にしながら、左側の女の面接官が言った。
「えぇーと。全然考えて無かったんですよ。困ったなぁ」
俺は頭を書きながら言った。
「なんでもいいですよ。しょうもないことでもいいよ」
即座に右の男の面接官が答えた。
俺を気に入ってくれたのか、初めより男の面接官の返答は親切に感じた。
俺は別に聞くことも無かったが、とりあえず
「じゃあ、しょうもないんですが、この後の選考過程ってどれほどあるんですかぁ?」
「え!?今日これが最後だよ。」
「え!?これ最終ですか???」

最終と解ったのが第4コーナーを周っていた後。
だから、もがいても仕方ない。でも俺は勝利したと信じている。
♪はーやーく 来い来い 内定連絡 (お正月の歌の結び)



2001年04月24日(火) 日立の面接のため横浜へ

面接の為にホテルをとってくれるので、前日に横浜入り。
夜は独りで寂しく食べる松屋の牛飯(並)290円。
小泉さんが総理になったというニュース。
ユニシス、リクルート、電通からの電話待ち。
今日も電話は鳴らずに静かに夜はふけていく・・・



2001年04月23日(月) 今日は月曜 電話なし たぶん明日 必ずね

竹見さんの結婚式が昨日行われて、今日はHPにそのページを作成しました。
http://www.ga.eng.osaka-u.ac.jp/~ga4/staff/happy.htm
↑がそのページです。
そして今日は今後の運命を決める学校推薦希望の最終決定がある。
トヨタや三菱重工などは人気がありますねぇ。

俺は気長に陸を待ちます。
あぁーでも、これで電話無かったら学推決定ですなぁ。
あぁー憂鬱。学推のエプソン、名前は良いが勤務地が長野というのがたまにキズ。

電話ください。お願いします。



2001年04月22日(日) 電通の面接

上山が、朝に非通知で電話をかけてくる。

この時期にまじ紛らわしいわい。
それも朝とは何たることだ。
おこっても仕方ない。

でも面接は巧くいったからいいかな。
電話を楽しみに待つのみです。



2001年04月21日(土) 日立ソフト ⇒ リクルート

昼から日立ソフトに行く。大阪中ノ島のYMCAが会場だ。

隣に座った女の子と最初は楽しくしゃべっていた。
しかし俺は説明会が始まるや否やすぐに寝ていました。
そしてスーツにヨダレも垂らすほど熟睡してしまった。
女の子はそれに引いたのか、説明会が終わったらすぐに何も言わずに退出してしまった。

何か言え!ってんだ。でもスーツをガビガビにしてはいけません。

そんなガビガビのスーツでも陸ルートは寛容に受け入れてくれた。
今日で4回目で個人面接は初である。
ちょっと初めは緊張してが、何とか言いたいことも言えた。
手応えはアリアリです。そろそろ架橋。がんばりましょう。



2001年04月20日(金) かわいそうな ぞう 

子供のころに読んだ感動のお話です。知らない方はとくにどうぞ。
HPをUPしていて思い出したのでコピペしました。

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かわいそうな ぞう

土家 由岐雄
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上野のどうぶつえんは,さくらの花ざかりです。
風にちる花。お日さまにかがやいている花。その下に,どっと人がおしよせて,
どうぶつえんはこみあっています。さきほどから,長いはなでラッパをふきならし,
まるたわたりのげいとうを つづけているぞうのおりの前もうごけないほどの人だかりです。

そのにぎやかな広場から,少しはなれたところに,一つの石のおはかがあります。
気のつく人はあまりありませんが,
どうぶつえんでしんだどうぶつたちをおまつりしたおはかです。
いつも,あたたかそうに,お日さまの光をあびています。

ある日,どうぶつえんの人が,その石のおはかをしみじみとなでながら,
わたくしに,かなしいぞうのお話をきかせてくれました。

今,どうぶつえんには,三頭のぞうがいます。
ずっと前にも,やはり三頭のぞうがいました。
名前を,ジョン,トンキー,ワンリーといいました。

そのころ,日本は,アメリカとせんそうをしていました。
せんそうがだんだん はげしくなって,東京の町には,朝もばんも,
ばくだんが雨のようにおとされました。

そのばくだんが,もしも,どうぶつえんにおちたら,どうなることでしょう。
おりがこわされて,おそろしいどうぶつたちが町へあばれ出たら,
たいへんな ことになります。
それで,ぐんたいのめいれいで,ライオンも,とらも,ひょうも,くまも,
だいじゃも,どくやくをのませてころしたのです。

いよいよ,三頭のぞうもころされることになりました。
まず,ジョンからはじめることになりました。
ジョンは,じゃがいもが大すきでした。
ですから,どくやくを入れたじゃがいもを,ふつうのじゃがいもにまぜて,食べさせました.
けれども,りこうなジョンは,どくやくの入ったじゃがいもを,
長いはなで,口までもっていくのですが,すぐに,ポンポンと,なげかえしてしまうのです。

しかたなく,どくやくをちゅうしゃすることになりました。
馬につかう,とても大きなちゅうしゃのどうぐがしたくされました。
ところが,ぞうの体は,たいへんかわがあつくて,太いはりは,
どれもポキポキとおれてしまうのです。

しかたなく,食べるものを一つもやらずにいますと,
かわいそうに,ジョンは十七日めにしにました。

つづいて,トンキーとワンリーの番です。
この二頭は,いつも,かわいい目を じっとみはった,心のやさしいぞうでした。

わたしたちは,この二頭をなんとかしてたすけたいので,
遠い仙台のどうぶつえんへおくろうと考えました。
けれども,仙台にもばくだんがおとされて,町にぞうがあばれ出たら,
どうなることでしょう。

そこで,やはり,上野のどうぶつえんでころすことになりました。

毎日,えさをやらない日がつづきました。
トンキーも,ワンリーも,だんだん やせほそって,元気がなくなっていきました。

そのうちに,げっそりとやせこけたかおに,あの小さな目が,
ゴムまりのように,ぐっととび出してきました.
耳ばかりが大きく見える,かなしいすがたにかわりました。
 今まで,どのぞうも,自分の子どものようにかわいがってきたぞうがかりの人は,

「ああ,かわいそうに。かわいそうに。」

と,おりの前を行ったりきたりして,うろうろするばかりでした。

ある日,トンキーとワンリーが,ひょろひょろと体をおこして,
ぞうがかりの前にすすみ出てきました.

おたがいに,ぐったりとした体をせなかでもたれあって,
げいとうをはじめたのです。
後ろ足で立ち上がりました。前足を上げておりまげました。
はなを高く高く上げて,ばんざいをしました。

しなびきった体じゅうの力をふりしぼって,よろけながらいっしょうけんめいです。
げいとうをすれば,もとのようにえさがもらえるとおもったのでしょう。
ぞうがかりの人は,もうがまんできません。

「ああ,ワンリーや.トンキーや。」

と,なき声をあげて,えさのあるこやへとびこみました。
走って,水をはこんできました。え
さをかかえてきて,ぞうの足もとへぶちまけました。

「さあ,食べろ,食べろ。のんで くれ,のんで おくれ。」

と,ぞうの足にだきすがりました。

わたしたちは,みんなだまって,見ないふりをしていました。

えんちょうさんもくちびるをかみしめて,
じっと,つくえの上ばかり見つめていました。

ぞうにえさをやってはいけないのです。
水をのませてはならないのです。
けれども,こうして,1日でも長く生かしておけば,せんそうもおわって,
たすかるのではないかとどの人も心の中で,かみさまにいのっていました。

けれども,トンキーも,ワンリーも,ついにうごけなくなってしまいました。
じっと体をよこにしたまま,ますますうつくしくすんでくる目で,
どうぶつえんの空にながれる雲を見つめているのが,やっとでした。

こうなると,ぞうがかりの人は,もうむねがはりさけるほどつらくなって,
ぞうを見に行く元気がありません。
ほかの人たちも,くるしくなって,ぞうのおりから遠くはなれていました。

ついに,ワンリーもトンキーもしにました。
どちらも,てつのおりにもたれ,はなを長くのばして,
ばんざいのげいとうをしたまま,しんでしまいました。

「ぞうがしんだあ。ぞうがしんだあ。」

ぞうがかりの人がさけびながら,じむしょにとびこんできました。
げんこつでつくえをたたいて,なきふしました。

わたしたちは,ぞうのおりにかけつけました。
どっとおりの中へころがりこんで,やせたぞうの体にすがりつきました。
ぞうの頭をゆすぶりました。足を,はなをなで回しました。

みんな,おいおいと声をあげて,なきだしました。
その上を,またもばくだんをつんだてきのひこうきが,
ごうごうと東京の空にせめよせてきました。

どの人も,ぞうにだきついたまま,

「せんそうをやめろ。」

「せんそうをやめてくれ。やめてくれえ。」

と,心の中でさけびました。

あとでしらべますと,たらいぐらいもある大きないぶくろには,
ひとしずくの水さえも入っていなかったのです。

その三頭のぞうも,今は,このおはかの下にしずかにねむっているのです。

どうぶつえんの人は,目をうるませて,話しおわりました。そして,ふぶきのように,
さくらの花びらがちりかかってくる石のおはかを,じっと見つめてなでていました。



2001年04月19日(木) ユニシス最終

本日はユニシス最終で1対5であった。
人事3人、営業1人、SE1人という顔ぶれ。
人事の一人の方はわざわざ東京からも来ている。

ご苦労様でした。と意味合いも込めて、宜しくお願いしますの礼。
そして自己紹介と自己PR。
特に突っ込まれることもなくいい感じで最終を終えた。

これで内定が出ないなら仕方ない。
しかし、最終に残っている人達の、大学を聞いたところ高学歴なところばかりだ。
俺含め4人中、2人が鏡台、俺が飯台で、もう一人は寝台だ。
筆記から面接とトントンびょうしで進んだけど、学歴重視なのかな?
まぁいいや電話を待っておるぞよ。

やはり賞与7ヶ月はおいしい話。


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