『ミュン』,安田弁護士判決報告会,『チャコ』

 午前中電脳キツネ目組Aさんから電話。「安田弁護士の判決が出ました。無罪です」。
おお、すごい。良かった。

オウム松本被告主任弁護人・安田弁護士に無罪 東京地裁
http://www.asahi.com/national/update/1224/008.html

暑い中デモに行ったり、集会で安田さんの決意を聞いた日々を思い出して感慨深い。

 お昼はベトナム料理『ミュン』。ベトナムカレー650円、マンゴージュース50円。
安くて美味しい。

 18:30から弁護士会館で始まっている安田弁護士の判決報告会に、19時過ぎに着く。
宮崎学さんを「兄弟」と呼ぶYさんは、判決を聞いて泣いたらしい。「嬉し泣きやー」。
判決の瞬間、傍聴席からも「うぉーっ」と歓声があがったそうだ。

「常に最悪の事態を想定する」宮崎さんは有罪を予想していて、Yさんに「賭けるか?」と言っていた。「宮崎に電話しとるんだが繋がらんのや」とYさん。

私が電話をしてみる。「アマゾネス桜井です」「後でかけます」。
ひえー、取り込み中だったか。

暫くして宮崎さんからかかって来る。「今日はいらっしゃらないんですか」「行きません」
アーン、悲しい。
しかし、無罪のお祝いなら宮崎さんが行かなくても盛り上がるという判断だろうと思われる。
賭けに負けたからではないだろう。

安田さん支援仲間でエイサーを一緒にやっていたNさんに挨拶。
「あなたはドンドンおかしなことになっていくね」と言われる。
私の格好のことか?赤い帽子を被っていたからか?
彼も無罪判決が嬉しくて相当飲んでいるらしく、バッグやらスカートやらあちこち触られる。

 Yさんと、Aさんと、Yさんのお友達と新宿ゴールデン街の『チャコ』。
お腹がすいていたので焼きそばを作ってもらって一人で食べる。

Yさん節炸裂。Aさんが「Yさんて優しいよね」と言う。
「ね。優しくて声がでかくて可笑しい。メールも面白いですよね」と私。

Yさんにも「真理ちゃん肥えたんちゃう?」と触られる。
ゴルチェの赤いスカートは触ってみたくなるのだろうか?
2003年12月24日(水)

『月桃』

 彼から朝も夜も電話。「まめなんですね」「好きだから」。きゃあ。

 ゼミ仲間のS君が頼み事のお礼でご馳走してくれると言うので近所の『月桃』。
沖縄料理の店。
普段は落ち着いた店なのだろうけど、20人近い宴会の隣の席で、喧しくて会話も困難。

具合があまり良くないらしいお母様の話。
S君が行く『吉野家』や『オリジン弁当』でのいろんな人間ウォッチングの話。

前にS君の若い彼女からのメールを見せてもらったことがあるので
「彼に言われて、色っぽいメールを書きたいんだけど、S君たちはどういうやり取りしてるの?」と聞いてみる。
「そういう時期もあったけど、最近は全然」
「どういうの?教えて」
ケータイをチェックしてくれるが「いいサンプルが無いなあ」。

「エロは千差万別で、無理だよ。俺の友達で外人の妊婦じゃなきゃダメ、っていうのがいたよ。子供の頃からロリコンとか。だから相手のメールの文字数と温度に合わせればいいんじゃないの」
「でも『なんとかしたい?』『ハイ、したいです』とかじゃつまんないじゃん。
S君も、彼女から意外な反応が返って来るのが面白い、って言ってたじゃん」
「まあねえ。難しいな」

隣の宴会グループが、締めの挨拶をしている。どうやらスポーツの全日本メンバーらしい。
2人で種目は何なのか予想するが、わからなかった。
「来年はフィンランドで世界選手権です。頑張りましょう!」私たちも拍手。

お開きになってS君が尋ねてみると「アルティメット」という競技だった。
アメフトとバスケットを合わせたような、フリスビーを使うスポーツって、どんなんだ?
記事が大きく載っているスポーツ新聞をくれた。
誰一人タバコを吸わない、爽やか系の人たちだった。

帰って家事、日記、メールで4:00。
2003年12月23日(火)

オリジン弁当,『Bistro Choros's D』

 『オリジン弁当』の中華弁当を買って来て食べていたらアルバイトのK君が「珍しいですね。オリジン弁当は美味しいっすよね」。
確かにコンビニ弁当よりは良いけれど、チンジャオロースーは薬っぽい味だった。

K君は過酷なダイエッターで「自分でも狂ってると思います」。
毎日同じダイエット麺を食べていて飽きないらしい。スニーカーの話など。

 母から電話。「今日何時?」「今日はダメって言ったじゃん」「知らないわよ」
「メールもしたし、何度も電話してメッセージも入れたよ」「見てない、聞いてない」
「ケータイ毎日チェックしてって言ったじゃん」
「ダメなのよ、できないの。何なのよ。もう用意しちゃったじゃない」
「知るか。じゃあ、auショップに行ってやり方聞いて来れば」
可哀想な母。

 神谷町の『Bistro Choros's D』に集まった高校の友人KMちゃんとNさんに話すと
「えー、お母様連れて来ればよかったのに」と言われる。
「いや、うちの母は大変よ。みんなに話する隙を与えないから、何も語れなくなる」
母がいては好きな人の話も出来なくなる。それに先立つ10月の失恋話も出来なくなる。

「10月に失恋して、もう他に好きな人がいるの?」とKMちゃん。
「あっという間に終わっちゃったから傷も浅かったんだよね」
10月の失恋の顛末を話すと、2人に「真理ちゃん男らしいね」と言われる。

Nさんは辛辣で「同世代の男はほとんど『バカ』よね。年上は『頑固』でしょう。
『好き』とか言うならもっと私をよく見てから言って欲しいわ」。

他いろいろな話。Nさんは明日突然の北京出張だというのに閉店で追い出されるまで飲む。

 今日は彼と電話繋がらず、ちょっと寂しい。
2003年12月22日(月)

まめな彼

 なんば駅で改札があくのを30分ほど待って、始発ののぞみで東京。
NANIOさんとバスで帰ろう、と言っていたが、2日徹夜でバス8時間は辛過ぎるのでやめた。

「東京駅ですよ」と知らない女性に起こされる。一つ置いて隣の席だったMさんも既におらず。

フラフラで帰って寝る。彼の電話で起きる。「また寝るの?何時に起きるの?」
「3時に目覚ましかけた」「じゃあ僕が3時まで1時間毎に電話してあげる」「やめてー!」
ってこれは冗談だが、彼は非常にまめな人だ。ほとんど毎日電話をくれる。

元内縁夫もまめに連絡をくれる人だったし、私はそういう人が好きだ。

 結局18時まで寝た。途中大学の同級生I君と電話。フィアンセのロシア人女性が来日して遊ぶ予定が、仕事が入ったんで相手をしてやってくれないか、って今日は無理。
なんとかなったらしいので良かった。

日記、メールで4:30まで。
2003年12月21日(日)

関西突破塾忘年怪

 お色気メールに悩んだり日記を書いたりで一睡もしないまま、12:56東京駅発こだま。
深川めし弁当を食べて新大阪まで爆睡のつもりが、興奮しているのかあまり眠くない。
途中激しく雪が降っているところもあって、不安になる。

 忘年怪の会場は「帝国ホテルの裏」ってことで、大きなホテルを探していたが、なんばの帝国ホテルは日比谷の帝国ホテルとは全く別ものだった。ビックリした。

受付にはNANIOさんがいて、「親分(宮崎学さん)来ないんだって」「嘘ばっかり」「ホント」「何でよ?!」「風邪でダウン」「えー、ショック―!」
デートの誘いも断って来たのに…。

主人公のいない、切ない、しかし悔し紛れに盛り上がる意外に無いじゃないか!
のなんともいえない忘年会。
幹事のTさんも困っただろうし、誰より宮崎さんは残念だったに違いない。

宮崎学カルトクイズの賞品はポーチ。
ビンゴゲームはほとんど最後の方に静電気防止キーホルダーが当る。
不憫に思ったのか、NANIOさんが温度計をくれる。
1位の賞品20万円相当等、豪華な賞品が盛り沢山だったのに、まるでダメだった。

一人ずつ今年の3大ニュース発表。
私は「会社員を辞めて3年目の今年は本を出したい、と思っていたのですが
共著者の魚屋のおっさんと大喧嘩になり、企画が潰れてしまいました。
あと、会社員時代にもらっていた給料を超える、というのが目標の一つだったのですが
今年も終りになって12月だけはクリアしました」、ってしょぼい2大ニュースだなあ。
今ひとつは恋の行方だけど、まだ微妙すぎて発表できず。

 2次会は『R's HALL』。精巧なおまけフィギアを観賞しつつ、男の魂と女の甲斐性について等。

 3次会はお馴染み『TOP RANK』。九州男児の取っ組み合いが始まりそうだったが、みんなに止められて、抱き合って、腕を絡めてイッキ飲み。
私ももう何を話したか覚えていない。

 締めは『つぼ八』。突っ伏して寝ている人もいたが私はNANIOさんとEさんとトーク、だったような気がする。

 いろんな人に「NANIOさんと桜井さんはどうなのよ?」みたいな事を聞かれた。
「やだぁー」と声を合わせる二人。
「幸せになりたいの、私」「好き嫌い多い人イヤなの、俺」
「そうなの?ええやん、髪の色も合ってるし」と皆さん。
「俺、好きな子いるし」「フン、私だっているもん」てな調子。

出会い系サイト広告のコピーなど作っているNANIOさんなら「色っぽいメール」もお手の物かと思ったが、そういうやり取りはしていないらしい。
2003年12月20日(土)

『日本料理 日月庵』,お色気メール?

 職場から一番近いランチ処は『日本料理 日月庵』だが、1,000円で茶碗蒸がつくのがいただけなくて今まで行かなかった。
メニューが変わって、ちらし寿司のセットは茶碗蒸はつかない。美味しかった。
落ち着いた店できれいだし、良かった。

 家に帰って『北の国から』を見ていたら、13日にデートした彼から電話、メール。
メールの文章がそっけないね、もっと色っぽいことを書いてきて、と言われて戸惑う。

そういうの、こっぱずかしい。でも好きな人が望むなら応えなければ。
もの書き志望の私としては何か気のきいた事書かなくては(ジャンルが違うような気もするが)、と思うとますます困る。
2003年12月19日(金)

『La yema』,ジャーナリズム講座,『魚がし日本一』

 だいたいいつも12時半頃お昼休みに出るのだが、ポルトガル菓子の店『La yema』のランチは満席のことが多い。13時頃行くと売切れ。

今日は12:00に職場を出てみる。座れた。12:06には満席。
隣の予約席のグループは会社の創業何周年記念か何かで、両腕で作る丸ぐらいの大きなパイを囲んでいた。特注品か。

 ジャーナリズム講座。私の「いい男シリーズ第3弾」は三浦和義さん。
ベージュのジャケットに黒いニット、黒のマフラー、ブルーのグッチのサングラス。金髪。
宇多田パパみたいな怪しげな雰囲気。かっこいい。

「報道される側から見えたもの」というテーマでロス疑惑当時のマスコミとの攻防や名誉毀損裁判の話、刑務所の待遇改善の闘いについてなど盛り沢山。

受講生の中にはミニコミ誌を発行している人もいるので、本当はフリーペーパー立ち上げから会社売却までの話なども聞きたかったのだが時間切れ。

三浦さんの話は面白い。マスコミの作ったイメージと三浦さん自身が随分違うことに驚く人は多い。
来年はロス疑惑20年てことで、映画化の話などもあるらしい。楽しみだ。

 『魚がし日本一』で懇親会。女子中高で社会科の先生をしているUさんとH君と4人。
H君は講座中質問もせず口数が少なかったが、三浦さんの報道された人間像と実際の人柄のギャップに言葉を失っていたらしい。
Uさんは「当時は犯人だと思っていました。ごめんなさい」と謝っていた。
三浦さんは「いや、当時の報道で三浦は犯人じゃない、と思う方がおかしいですよ」。

良枝さんと三浦さんの復縁エピソードを聞く。いい話だった。素敵なカップルだ。

酷かったのは、『魚がし日本一』のテーブルの裏にガムがつけられていて、三浦さんのパンツにガムがくっついてしまったこと。イタズラなんだろうけど腹が立つ。
「ガムは冷して取るんだっけ?熱いおしぼりの方がいいのかな?」と大騒ぎ。
2003年12月18日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

My追加