『真理さんへ』,上池袋図書館,『檸檬屋新宿』

 名原さんから電話。先日の読み合わせ残り部分をチェック。
名原さんのあとがきを巡って激しい口論になる。
「このままでいいじゃねえか、真理さんは自分のあとがきで言いたい事言ってくれ」
「言いますよ。でも今は名原さんのあとがきの話をしているんです。このままではダメです」
となんとか説得。

 上池袋図書館に都立図書館から取寄せてもらった本を取りに行く暇が無くて
取り置き期間を過ぎてしまった。無駄な事をしてしまったと思っていたら
「2、3日延長しますか」と電話。親切だ。「必ず伺います」と言って取りに行く。
良かった。

 家を出る前から雷が鳴っていたが、銀行に寄ったら激しい雨。
風も強くて傘は役に立たなさそう。本も重いし一旦バスで家に帰る。
化粧をして家を出る時には雨は上がっていた。
しかし田町駅に落雷で山手線ストップ。避雷針はないのかよ?
ダイヤは乱れ駅は人が溢れ大変なことになっている。

 宮崎学さんと電脳キツネ目組の人たちと都内某所。
宮崎さんに会うのは久し振りで楽しい。

 『檸檬屋新宿』に行って住枝さんにお誕生日会のお礼を言う。
Yさんもいて、頂いたブランデーを飲みながら日記の話など。
2003年09月03日(水)

『ギャラリーSt.Ives』

 かなりの二日酔い。気持悪くて辛い。
しかしSt.Ives本の原稿を直して、昨日のパーティー関係者にメールして、
S社社長T氏に礼状を書いて、など頑張る。

 19:00の予定を少し過ぎて『ギャラリーSt.Ives』。
第1回の原稿を読み合わせ、第2回の取材21:00ぐらいまで。
しかし、毎回一人ずつでは時間がかかり過ぎ。
来年2月には本にしたい。って事はもっとハイペースでやらなくては。

二日酔いで取材は結構きつい。メモを取る手が思うように動かない。
字もヘニョヘニョになる。

 Fちゃんに電話。昨日は失礼が無かったか聞く。大きな失敗は無かったらしくホッ。
2003年09月02日(火)

『chez DAIGO』,『K's Bar』,スナック?

 7月はかろうじて2,000アクセスだったが、8月はお休みだし更新も遅れがちにも関わらず2,100ぐらい。皆様ありがとうございます。
8月いっぱいで辞めた会社の人たちが新たな読者になってくれるかな?

 St.Ives本の第1回原稿の目処がついたところで、ゼミ仲間Fちゃんの友人の古沢めぐみさんが『成功する男の服装戦略−ビジネスマンの服の揃えかた』という本の監訳をして、出版記念パーティーがあるというので飯田橋のカジュアルフレンチ『chez DAIGO』。

私は古沢さんとは面識が無いのだが、Fちゃんに教えてもらった東京ライターズバンクの児玉進氏が主催のパーティーでもあるし、行ってみることにした。

ダーク・ビッケンバーグの茶色のパンツスーツに母からもらったベージュの帽子。
本日はおとなしめの格好にしてみた。

Fちゃんが古沢さんを紹介してくれ、古沢さんが児玉さんを紹介してくれる。
古沢さんは元朝日新聞写真部で、今は合資会社エグゼクティブポートレートの代表。
私が前に勤めていた会社の社長も撮ったことがあると言っていた。

イメージコンサルタントの仕事の一環で本を出すことになったらしい。
仕事のこと、東京ライターズバンクのことなど親切に教えてくれる。

児玉さんは次から次へと編集者、パーティー参加者を紹介し、企画の持込や企画書の書き方のアドバイスまで、非常に面倒見の良い感じ。
いろんな人と名刺交換。

 パーティーが終わってもう一杯、とFちゃんと店を探しているところへ古沢さんが通りかかって一緒に飲むことになる。
パーティーに来られなかったエグゼクティブ、出版社社長のTさんと合流し、The Agnes Hotelの『K's Bar』。神楽坂にこんなホテルがあったとは全然知らず。

私は既に結構酔っていたらしく、大きな声でベラベラ喋ってバーの雰囲気を壊していた。
ブラディ・マリィと他にも何か飲んだのは覚えている。
ご馳走してもらって非常に楽しかったような気がする。

 この後もう一軒カラオケがあるスナックに行ったらしいのだが殆ど記憶なし。
Fちゃんが言うには、この店で私は急に喋らなくなったとのこと。
眠かったのか、うるさくしたのを反省したのか、具合が悪かったのかは不明。

 気がつくとパンツ一丁に靴下をはいて、布団もかけずに寝ていた。
2003年09月01日(月)

St.Ives本

中学の同級生Aちゃんに会いに行くのも、ささきもと子さんの作品展に行くのも諦め
現代イギリス陶芸本の原稿。
翌朝6:30まで。
2003年08月31日(日)

良い会社考

 9時間眠ってすっきり。1日中日記、メール、3:00まで。

 日記を書きながら1年2ヶ月働いた会社のこと、会社の人たちについて考える。
2000年末まで11年間働いた会社は本当にいい会社だと思っていたけど、
いい会社って他にもあるんだ、と驚いたぐらい。私はラッキーだったと思う。

前の会社で新人事制度が導入される1996年に書いた文章の一部。

「職場の大多数を占める普通の社員は激化する能力主義、厳しい人事考課、高度な専門性を競い合うことに強いストレスを感じないだろうか。ごく普通の社員にとって仕事のやりがい、職場の働きやすさとは、仕事上の決定権、共に働く中間たちとの関係、生活・健康状況に合わせて仕事ができるゆとり、によって生まれるのではないか。」

この3条件は元々朝日新聞の記事にあったのだが、「そうそう」と思った。
あれから7年経って、ますます状況は厳しくなっているように感じるが、
仕事のやりがい、働きやすさの条件は変わらないのではないか。

昨日まで働いていた会社で私はアルバイトとして末端の業務をしていた。
決定権こそなかったが、無理なノルマや意見・質問も出来ない、ということもなかったし
職場の人間関係はとてもいい雰囲気で活気があったし、体を壊すような事も無かった。

業績は厳しいようだからゆとりもなくなっていくのかもしれないが、
従業員をギリギリ締め上げるようにはなってほしくない。
トップのOさんがどう舵取りしていくのか、期待をこめて注目したい。

って、人の会社はいいけど私の今後はどうなる?
ゼミ仲間Fちゃんから聞いた「東京ライターズバンク」に登録してみようかしら。
「東京ライターズバンク」について何か情報をお持ちの方、教えて下さい。

合資会社マリバールは今は「全くダメな会社」だけど「これからの会社」ってことで皆様よろしくお願いします。
2003年08月30日(土)

遅刻三昧,最終日

 8月は遅刻が異常に多い。ちょっとの遅刻も15分遅刻とみなされた。
「エー、そうだったの。言ってよ。」と思うが、本来そうするべきだし
甘く運用してきた私は何も言えない。

私の遅刻は我ながら酷い。最終日くらいはまともに出勤したかった。
勤怠管理のMさんもさぞ腹立たしいことだろうと思うのだが淡々と処理をしてくれる。
ますます申し訳ない。

 7月末に会社を辞めて、最近何回メールしても音沙汰の無かったYさんから
「今日で最後?」とメールが来る。「はい」と返信。
「今頃北海道ですかね」と皆で話していたら昼休みにYさん登場。
なんとW君にコロコロ焼きというカステラと、私とKさんに花束を自ら届けて下さる。
感激。しかもKさんには赤いバラ、私にはオレンジ。
私の好きな色がオレンジだって知っていたのか?

なんか、みんなにご馳走してもらってプレゼントやメッセージもらって、すごいなあ。
会社を辞めるのもいいもんだ。毎年辞めようかしら。

Mさんは遅刻のことには一切触れず、暖かい送る言葉をくれる。
それだけでも涙ものなのに、「俺からだって、あるんだぜー」と言って
3人の好みをそれぞれに考えてくれたプレゼントを手渡される。
私にはシビラのハンカチタオルセット。素敵。
W君は「ヤバイ」と言って走り回る。彼は涙腺が緩いらしい。

 怒涛のお別れメール返信、挨拶周り、PC整理、机の片付け、を終えると8時近く。
とても読みきれなかった『民主と愛国』を豊洲図書館に返して帰る。

 久し振りの自炊。胃腸はかなり疲れているが頑張って食べる。
睡眠不足もあって1時過ぎには寝る。
2003年08月29日(金)

母娘記憶力比べ,『仏蘭堂』,『チャイハネZAMZAM』

 母から電話。「吉衛門の舞台の最高の席があるんだけど、行かない?」
吉衛門には興味無し。だけどどういう芝居で他に誰が出るの?と詳しく聞いていくと
吉衛門ではなく松本幸四郎の舞台だった。なんだよ!幸四郎も興味無い。

「もうね、足が痛くて。やっぱり車椅子だわ」と話を変える母。
「そうなんだ。じゃあかっこいい車椅子を買わなきゃね」と私。

しかし私は母を責められない。記憶力はどっこいどっこいだ。
先日飲んだFちゃんから「お話した件です」とメールが来るが覚えていない。
慌ててFちゃんに電話。「結構飲んだもんね」と笑われる。

ノートには『太古八』の羽賀さんが書いてくれた「認定状」が挟まれていた。
「太鼓判 マリちゃん 貴方は一皮むけて素敵な大人の女に又、一歩近づきました。
世界美女鑑定団 団長 羽賀英夫」
これももらったことを覚えていない。
しかも母とあんな会話をしていた私のどこが認定に価するやらわからない。
だけど大変嬉しい。光栄。

 「明日俺会社来ないから今日が最後」と言って次長のNさんが私とW君とKさんに『仏蘭堂』のケーキを下さる。感激。
食文化乏しき豊洲で唯一美味しい店、仏蘭堂のケーキを最後に頂けるとは。
ブルーベリーがこれでもか、とのっているフルーツタルトは、目が痙攣するほど疲れている私にまさにピッタリ。嬉しかった。

 17日から続く私のお出掛け&宴席の最終イベントは日暮里のトルコ料理『ZAKURO』。
ここは檸檬屋谷中本店があったビルの地下にある店で、何年も前から気になっていた店だ。

会社のMさんが幹事でいろんな部署の人たち9人のお食事会。
『ZAKURO』は2,000円でお腹一杯と聞いていた。
檸檬屋谷中本店が閉店して、いまや2階も『ZAKURO』になったと聞いていた。
以前からその進出振りには目を見張るものがあったが、すっかりZAKUROビルという感じ。

『ZAKURO』は地下で、2階は『ZAMZAM』というウズベキスタン&イラン料理の店、らしい。
でもメニューはほぼ同じとか。私たちの席は2階。

タバコのヤニだらけのきたなーい檸檬屋の壁や天井が、布やシートやタペストリーでうまく装飾されて、靴を脱いで絨毯に座って食事をするようになっている。
手作り感覚だけどきれいに出来ていて感心する。
しかし檸檬屋の汚さを思い出すと、虫に刺されそうで落ち着かない。

確かに2,000円「食べきれないコース」は食べきれなかった。
私はラムやマトンが苦手で、みんなが「臭くないですよ」とか、間違って「牛です」と言うものを食べてしまい閉口。ナッツ類も湿気ていた。

美味しいトルコ料理店はいろいろあるが、ここの売りは味ではない。
水タバコあり、民族衣装の強制着用あり、店主のハイテンションギャグ攻撃あり、
民芸品のジャンケンプレゼント大会あり。私は見なかったが、ベリーダンスショウもあった。

トルコなのかイランなのかウズベキスタンなのか?
店員なのかダンサーなのか大道芸人なのか?
訳のわからなさと、客にワインのコルクを抜かせたりグラスを取らせたりは檸檬屋風でもある。
笑って写真をとって、皆さん満足したようで良かった。

なんとまたしてもご馳走になってしまう。
先日送別ランチでご馳走してもらったのに、何回も申し訳無い。

「又来てねー!」と手を振る店員を振り返りながら日暮里駅に向かって歩いていると
「桜井さぁん」と呼ぶ声が。偶然通りかかった檸檬屋新宿従業員のMさんだった。

それにしても食べ過ぎでお腹が苦しい。連日の宴席でかなり太った。
2003年08月28日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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