| 『太古八』 |
会社のW君とMさんもスカパラファン。学生時代の皆の写真と、青木パパが青木君の一周忌に作ったブックレットを持って行って見せる。 W君はムードメーカーズもセンベロも好きでCDを持っていると言う。 帰りの地下鉄でブックレットを読み返して涙ぐむ。
母と、母の友人で私の高校の恩師のS先生と3人で『太古八』。
着くなり母が「私は車椅子になるから、真理、新座に戻っておいで」と言うので面食らう。 膝の痛みがひどいらしい。 「青木君のお父さんと同じ老人ホームに入ったらいいんじゃない?」 空振りパンチをする母。隣の席でなくて良かった。
青木パパの作ったブックレットを見せて 「私が死んだらお母さんもこういうの作ってね」。 「あんたが先に死ぬの?」 「わかんないじゃない。死んだら作ってよ」 「作る作る」 と話しながら青木君の写真を見て「これがお父さん?」 「違うよ!青木君のお父さんの写真をそんなにでっかく載せるわけないでしょう!」 「ああそうか。どれ?これ?これは青木君の子供?可愛いわねえ」 「違う!それは青木君の子供の頃の写真だよ!ちょっと、もっと丁寧に見てよ」 と激しくやりあう母娘。間に座るS先生はたまったもんではなく「席替わりましょうか?」 「いいえ、離れていたほうが殴られないので」
何を話していても「私は私は」の母。 独身を貫いたS先生に恋愛話を聞いているのに「私が聞いてるのはねえ…」と母。 「本人から聞くから」と私。 「はい。黙ってます」と言っても長くは続かない。 S先生に身体を向けて顔を寄せて腕を突っつきながら「ほら!なんとかでしょう!」 ってS先生タジタジ。
母は私が言ってもいないことを「真理がこう言った」と言い、 自分が言ったことを「私はそんなことは言わない」と言う。 2年前男と別れた時に「新座に帰らせて下さい」と言ったのは私で 「帰ってこなくていい、あんたが東京にいたほうが便利だから」と言ったのは母だ。 それは大変良かったのだが、人に「真理は『新座になんか帰りません』と言い放った」 と言うのはやめてほしい。 22日も今日もみんなに言っていたから、よっぽどそういう話にしたいのだろう。
実家の近所の話など。「だから帰ってきてほしい」ってそんな揉めてるところに帰りたくない。 「下宿屋すれば?寂しくないじゃん」と言ってみたものの、今の部屋の家賃を援助してもらっているからには母が「帰れ」と言ったら帰るしかないのだろうか。困った。
かなり飲んで、最後の方覚えていない。 松茸のフライ、しめた新さんま、イカの炙り焼き、茄子、どれも美味しかったのは覚えている。
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2003年08月27日(水)
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