お歳暮

 月を跨った旅行だったこともあって、11月日記のアクセス数が不明。
このところ更新が遅れがちなのに、それ程数字は変わらないように思う。
皆さんが「まだかな?」と思って複数回チェックを入れるからだろうか。

 洗濯、少しだけ掃除、2日分だけ日記を書く。
テレビで映画『GO』を見る。やっぱり山崎努はカッコイイ。
名古屋のMさんはよく言ってなかったが。

 夏に、ある人に物を贈ったら「お中元と思い頂戴します」と言われた。
今回は初めてお歳暮として贈る。そうなると止めたら何かの意思がありそうでややこしい。
私は旅行に行ってもお土産はめったに買わない。
結婚披露宴には出ないし、お葬式にも行かない。
ちょっとした贈り物なのにうじゃうじゃ考えるのは私がケチで貧乏性だから。

物を贈るのは「私は役に立ちたい喜んでもらいたいと思っています」というメッセージだ。
全然嬉しくないかもしれないけど、迷惑でなければいい。
2002年12月04日(水)

『SNAPPER & GROUPER』,『人間(じんかん)到る処、修羅場在り』

 宮崎学さんから電話、「意見陳述を7日までにN君と相談してまとめて」とのこと。
お昼にN君に電話すると「もうHPにアップしてますよ」。すごーい。早い!
HPを見るとほとんど完璧ではないの。彼は私よりずっと後に大津を出たはずなのに、偉い。
そしてホッとする。今週は予定がギュウギュウだ。

 会社の同じチームの人たち&旧メンバーで忘年会。銀座の『スナッパー&グルーパー』。
お店のコンセプトは「ラテン&カリビアンリゾート風の内装の中で
ロブスターを味わいながらラテン系のノリで熱い夜を!」とのこと。
音楽はレゲエ、ロブスターは本日のメニューには無かった。
メインの「ポークチョップのオリジナルB.B.Q.おにぎり添え」は人気薄。
私はスモークものが苦手で、一口で降参。

天然ボケ女王のFさんはお酒が全く飲めない。
しかし知らない人が見たら、誰よりも酔いがまわっていると思うだろう。
飲み放題メニューのソフトドリンクを全種類飲み、一人で笑い転げている。

 たがたさんから原稿が届く。『人間(じんかん)到る処、修羅場在り』というタイトルの
「脱サラ後今は気ままに魚料理店を営む初老の男、名原と、
同じく脱OLで作家を目指す若い女性、真理さんとのメール交換の記録」である。
若い女性?というのが気になるが、その方が面白いだろう。
たがたさんより二十歳以上年下なのだから、嘘ではないし。
2002年12月03日(火)

肉丼,大津地方裁判所,帰京

 10:30頃起きる。
Yさんは朝食はいつもヨーグルト1パックを食べるらしい。私も少し頂く。
西本願寺や浄土真宗の話等しながら京都駅に向かう途中の喫茶店。私は肉丼。
お金の話になって、私が「遊んでばかりいるからお金がない」と言ったらご馳走してくれた。
そういうつもりではなかったのだが。

 薬を忘れたYさんは家に戻って、私は一人で大津地方裁判所に向かう。
だいぶ時間が余ると思ったが着いたらキツネ目組の人たちが建物の前に集合していた。
大阪のMさんがタイ旅行で撮った写真を見せてくれる。楽しい気分になってきた。

 本日は宮崎学さんが滋賀県警にトークショウを妨害されたと訴えている民事訴訟の、
原告による意見陳述。
大津地裁の一番大きな法廷が満席。キツネ目組は20人ぐらいか。Yさんも間に合う。
(宮崎さんの陳述はhttp://www.zorro-me.com/2002-12/021202-2.html)

私が痺れたのは
「警察が宮崎学の言論活動を妨害しないと言うのであれば、(宮崎学がこれまでやってきた)
一連の警察批判の講演会を滋賀県警の管理する建物の中で行いたいと思います。
そして妨害しないというならばそれを認めるべきであろうと思います。
私はその申し入れをただちに行うつもりであります。」
というくだりだ。
「よし!」と合いの手?を入れた人がいたが、私も「素敵!」と叫びたかった。
かっこいー。おもしろーい。
「こうやって闘うんやでえ」と見せてくれた宮崎さん、だーい好きだ。

続いて高山登久太郎さんの一問一答形式の意見陳述。
やくざが悪いと取締りを装い、やくざの飯の種を巻き上げているいる警察の矛盾をつく。
真中に座っている裁判官は無表情。
脇にいる若い女性の裁判官は眉間に皺を寄せて聞いていた。

終了後拍手が起る。この裁判自体がエンタテインメントだった。来て良かった。

 宮崎さんとみんなで『ロイヤルホスト』に向かう。
席に着いたら宮崎さんに「桜井、陳述まとめといて」と言われて焦る。
「えっ?いや、私聞き入ってしまってメモもとってないし。あ、でも、はい、やります」
ああ、失敗。メモとっておくんだった。困った。そしてもう帰らないと…。

Sさんに大津駅まで車で送ってもらって、キツネ目組の人と京都まで一緒に帰る。
職業を尋ねたら浄土真宗のお坊さんだった。
丁度今朝Yさんが「親鸞は浄土真宗の教えを『自分は信じてない』って言ったのに、
今も何十万もの人が西本願寺に集まってくるんやね。
左翼が『綱領なんか自分は信じてない』って言ったら誰もついてこんね」
と言っていた話をする。

京都駅に着いたら指定のこだままで30分も時間が余る。
萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』を読了。22:00ぐらいに帰宅。
早速意見陳述をまとめなくちゃいけない。しかし2:00過ぎまで雑事。
2002年12月02日(月)

『六味』,銀閣寺,『おめん』,Y氏邸,『安加郎』

 くのいちMさんとMさんの部屋に泊まったキツネ目組の人たちと
名古屋駅セントラルタワーズのきしめんの店『六味』。私はとろろきしめん。

 キツネ目組のRさんと(くのいちではない男性の)Mさんと3人で新幹線で京都に向かう。
京都に住んでいて、宮崎さんを「兄弟」と呼ぶYさんに京都の紅葉の見所を聞く。
銀閣寺から哲学の道、「おめん」でうどんがええよ、とのことで行ってみる。

実はそのコースは何回か経験している。
RさんもMさんも銀閣寺は行ったことがないというので
「私は何回も見てますから、外で待ってます」と言ったら
「じゃあ、やめようか」となったけど結局Mさんが私の拝観料を出してくれる。
済みません。
日曜日でものすごい人。銀閣寺はひっそりとしたイメージなんだが。

 哲学の道の紅葉は既に終わっていた。
「おめん」を見つけて入ってみると、ここも前に来たことがあった。

本日の宿をYさんに相談したり、Rさんの会社の保養所にあたったりしながら、京都駅に戻る。
京都駅のインフォメーションで、RさんとMさんは4,800円の駅近くのホテルに決定。
私は節約のためサウナにして、今日は映画の日だから映画でも見ようかな、
と思いつつYさんに電話。
「一人ならうちに泊まれるで」とのことでお世話になることにした。

Yさんの家は西本願寺の裏手の方。
駅から歩いて20分ほどの、築70年だかの古いお家だった。
近くの居酒屋『安加郎』でご馳走になる。私がワインとおつまみを買って家で飲む。

Yさんは体調を崩していたらしく「わし死にかけたんや」。病気と薬の副作用について話を聞く。
名古屋と最近の宮崎さんの話、「モラリストのフリーラヴ宣言」の話、京都の話など。

結構飲んだみたいで服のまま寝てしまう。
2002年12月01日(日)

なごや博学本舗,『BUTTU TRICK BAR』,喫茶店,忍者屋敷,駅前モンブランホテル

 10:33発こだまで名古屋に向かう。
「ぷらっとこだま」という割引チケット+ビール1缶+名古屋ホテル1泊で14,200円也。
こだまは指定席で、絶対に乗り遅れてはいけない。途中乗下車は認められない。
途中で降りてもいけないっていうのは非常に不思議だ。
前夜は緊張してなかなか眠れなかった。

10:00に池袋駅に着く。ぎりぎりだ。
「ぷらっとこだま」はJR東海の商品のため、
東京駅のJR東海の改札から入場しなくてはいけない。
それがどこだかわからない。荷物を持って全速力で走る。やばいやばいやばい。

正規の改札は結局わからない。ぶっちぎる。駅員に「ここまでの切符は?」と聞かれる。
汗だらだらの必死の形相で「ハァ、丸の内線で来て、10:33発のこだまで、ハァ」。
間に合った。咳が止まらず、放心状態になって、
汗が引いて落ち着くまで30分ぐらいかかった。

なごや博学本舗のトークライブ会場マノアホールのある栄駅に着く。
駅からの行き方がわからない。出口もわからない。
迷っていたら電脳キツネ目組の人に出会って一緒に行く。

 植垣康「博」さんと宮崎「学」さんだから「博学本舗」。
本日のテーマは「拉致事件、よど号犯、『理想』が生みだしたものとは?」

よど号ハイジャックは「規模の大きな自転車泥棒にすぎなかった」と宮崎さん。
これも私はよく知らないけれど、時間が経つにつれてどんどん間抜けになっていく感じ。  

拉致被害者として帰国した5人は北朝鮮の51に分かれている成分表(階級)の
どこに位置するのか?という疑問は次から次へと広がる。
彼らの子供が実は日本人だったということで成分は下がるのだろうか?
北朝鮮の人々はみな自分の成分を知っていて、それは一生変わらないものなのか?
功績や懲罰で上がったり下がったりするのか?

鈴木宗男にくっついてロシア利権を貪っていたと言われる外務省のノンキャリアだった
佐藤まさるについて、マスコミとは違う視点で取材をしている宮崎さんの話など。

 2次会は店内の巨大大仏がサンタクロースの帽子をかぶりクリスマスツリーを持っている
『BUTTU TRICK BAR』。
宮崎さんや植垣さんへの質問は有料(名古屋っぽい?)。
1問100円。前回は1,000円だったらしい。どこかに寄付したそうだ。
ある男性の「理想の社会はないんですか?」という質問には
みんなから「ないない!」と声があがる。

 次はブッツ・トリック・バーのビルの前にある喫茶店でみんなでお茶。N君と話す。
「さっき、宮崎さんの話聞いて私泣いちゃったんだ」
ブッツ・トリック・バーで私は宮崎さんの後ろの席に座っていた。
宮崎さんは、タイのお土産を買った人が、それを渡す約束の前日に亡くなった話をした。
「覚悟の上だったんだな」と言っていたが、
タイで宮崎さんは「お土産はタイシルクのパジャマにしたんだ、いいだろう?」
と楽しそうに言っていた。
宮崎さんがお土産を買う、それほどの仲の人が、殺されてしまった。
「じゃあ、お土産は明日持っていくよ」と言ってたのに。
その話をする宮崎さんの後姿を見ていたら涙がポロポロ。

全然そんなこと知らなかった私は、タイから帰ってきて宮崎さんが
「疲れたなあ、年かな」としみじみ言うので
「高円宮みたいにならないように、休んでくださいね」
なんて言ってしまったのだ。ああ、本当に嫌な事言っちゃったなあ。

「そんなこと気にしなくて大丈夫ですよ」とN君。

 東京と静岡から来たキツネ目組の人たち6人で、「くのいち」Mさんのお家に行く。
静岡の植垣さんのアジト?に泊まった時に一緒だったMさんは「忍者」だ。
翌朝ドロンと消えていた。

このMさんはものすごく面白い人だった。
忍者で女優。出演した『マルサの女』や『猟奇娘』のヴィデオや写真集を見せてくれる。
ブラジルの、観光客や報道も入り込めないスラムで2年間暮らした時に撮影したヴィデオや
フランス人の元夫と四国でお遍路さんをやった記事も。
「忌野清志郎にほら貝の吹き方教えたのは私よ」とか。 

ガクトやオイカワミッチーのようなナルシストの若者が好きらしい。
ガクトのヌード写真と宮崎さんの選挙ポスターが並んで貼ってあるのが可笑しかった。

Mさんが「近所迷惑だから静かに」と何回も言ってるのに、植垣さんやRさんは
酔っ払って大きな声を出す。Mさんの魅力に興奮気味?

Mさんは泊まっていったら、と言ってくれたが、私だけタクシーでホテルに戻る。
2002年11月30日(土)

『BRIDGES』展,『MILLIBAR』,『檸檬屋谷中本店』

 30分遅刻。Uさんにあれほど「心を入れ替えて」と言われたのに、1ヶ月も持たなかった。

 檸檬屋の常連Yさんと、檸檬屋従業員で芸大先端芸術表現科日比野克彦ゼミの学生
OAちゃんの作品を見に中目黒『SPACE FORCE』。OAちゃんはおらず。
F君というゼミ生がYさんと顔見知りで、いろいろ説明してくれる。

目黒川と目黒川にかかる橋がテーマらしいが、よくわからない。
「初めて橋の上で立ち止まったのは何処ですか?」と問われても、わからない。
「欄干」とか「まんなか」とか?「水道橋」とか「吾妻橋」とか?

 Yさんと『ミリバール』。
最近は一人で飲み歩かないし、水曜日の映画も渋谷に出る事が少ないので久し振りだ。 
アルバイトのG君に、Yさんを「檸檬屋の常連で井上陽水の親戚」と紹介。
Yさんが「嘘ですよ」と言って、単に出身が隣町なだけと知る。数年間信じていた私。

 眠いので帰ろうかと思ったが、Yさんが『檸檬屋谷中本店』に行くとのことなので、
私も行ってみる。谷中店は『檸檬屋新宿』の開店前の大掃除以来。
「きれいになった、見違えるようだ」と聞かされていたが、そんなことはない。
いよいよ閉店の危機が迫っているとも聞いているが、今日は大賑わい。

住枝さんは「今日は桜井とYはデートだった」とず−っと言っている。
このようにして人は私とYさんをカップルだと思い込み、
私はYさんを井上陽水の親戚だと思い込んでいたわけね。
2002年11月29日(金)

『スーパー写真塾』,『SPA!』

 冴島奈緒さんのインタヴュー記事が出ている『スーパー写真塾』を探している。
コンビニにあるらしいのだが未だに(これを書いているのは12月5日)発見できず。
コンビニや本屋のそういうコーナーで、じーっとエロ雑誌を見つめたり、
タイトルを確かめるため手にとっているのはなんとなく気恥ずかしい。
どなたか持ってませんか?

 『スパ!』は写真家の北野謙さんが山崎努を撮ったとのことで見てみる。かっこいい。
66歳とは知らなかった。私が小学生の頃から好きだから、そのぐらいか。

北野さんからは

> あちこち地方に行ったので我が家のお酒が増えました。
> 日曜日に「落ち葉焚き会」をするので空けようと思ってます。
> 我が家の周りは雑木林。落ち葉が凄いんです。飲みに来ます?

なんて素敵なお誘い。しかし日曜日は名古屋か京都だ。残念!

 昨日も今日も4:30まで。眠い。昨日も今日も遅刻。まずい。
2002年11月28日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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