金澤栄コンサート,『円らく中野荘』

 時間通りに会社に着くためにはもっと早く起きなきゃいけなくて、
そのためには早く寝なきゃいけなくて、
家でもやらなければならないことがいっぱいあるから、
会社を早く出なくちゃいけない。だけど残業がある。だから無理。

 津軽三味線奏者の金澤栄さんのコンサートで、母と中野ZEROホール。ほぼ満席。
母とはもう何年も前に『地酒屋』という飲み屋で金澤さんの演奏会があったときに
初めて一緒に見た。
指先までよく見える距離で、美味しい日本酒を飲みながら聞く津軽三味線は
大変贅沢だった。

 今回のコンサートではモンゴルの女性歌手や、中国の楽器二胡も登場してまた贅沢。
金澤さんは小林よしのりにちょっと似ているのだが、演奏している姿はカッコイイ。 
芸歴40年の貫禄。母もすごく良かったと喜んでいた。

 コンサートの前に帽子を衝動買いしてしまってお金がない、と言う母。
一昨日も中国料理をご馳走になったし、今夜は私が払うことにする。
古い民家(蔵?)を改装した居酒屋『円らく中野荘』。
刺身もさんまとトマトのちらし寿司も美味しい。
店員は皆若いけど、親切。雰囲気もいいし、お酒もいろいろ揃っている。意外に安い。
いい店だ。
2002年10月16日(水)

遅刻,資料チェック

 先週の会議で注意されたので絶対遅刻しないつもりだったが、ダメだった。

 昨日家の近所の図書館に行ったら17日まで休みだった。
昼休みに会社の近くの豊洲図書館。『アウトロー・ジャパン』の仕事の参考資料を予約。
他にも目を通さなければいけない文章いっぱい。

家に帰って資料読みのつもりが、北朝鮮拉致被害者帰国のニュースに見入ってしまう。

> この五人の人たち、一体、どんな思いなんでしょう・・・。
> この問題について考え聞かせて!

というメールも来て、考え込む。想像するのは難しい。
返信を書いても、どこかで誰かが言っていたようなことになってしまう。
2002年10月15日(火)

『枉駕』,新座

 12時間ぐらい寝てしまう。先週は睡眠不足で風邪ひいて、この連休は寝まくりだ。

 掃除をして、新座へ。母と東久留米駅で待ち合わせて、自然食野菜の中国料理店
『枉駕(おうが)』。美味しい。東久留米も店が増えてきたが、ここは素晴らしい。

 ジャーナリズム講座のHさんが「家にあるなんてすごい」と言った
松本清張の『日本の黒い霧』と『昭和史発掘』全巻を実家でチェックする。
ついでに母にジャーナリズム講座本の編集後記と
Hさんからの「あなたの問題意識は陳腐だと思います」というメールを見せる。
「なにこれ、バカじゃないの」と母も怒る。身内贔屓は当然だが。

『噂の真相』の連載で高橋春男が
「人をけなすってのは、下手をすると自分の無知をさらけだしてしまうことがあるんですわ」
と書いていて、本当だなと思う。
2002年10月14日(月)

サーバ復活

 プロバイダのIさんに電話。設定の変更を教えてもらって、メール、インターネットが復活。
ダイアルアップもサクサク繋がっていい感じ。

 久し振りに日記を更新してメールを書いて連休2日目が終わる。
2002年10月13日(日)

サーバダウン中

 久し振りにゆっくり起きて、お昼を食べてまた寝る。風邪は直ってきた。

 昨日宮崎学さんに電話番号を教えてもらって、
あるジャーナリストに次期講座の講師を依頼する。是非会ってお話を聞いてみたい人。
電話に出たのは美しい声の女性。結婚しているのかな?

 インターネット接続を試みるも失敗。まだ調整中なのだろうか。私の設定ミスか。
プロバイダのIさんには連絡つかず。 

 ジャーナリズム講座のHさんから電話。次回の仕事について。
サーバがダウンしていると言ったらインターキューとかいう
短時間の接続はタダのプロバイダがあると教えてくれる。緊急用として使ってみようか。

日記を書いて、連休初日が終わる。
2002年10月12日(土)

激怒,注意,檸檬屋新宿

 昼休みにジャーナリズム講座のHさんから電話がかかってくる。
「次の仕事に必要な本が手に入らないんだよ」
「私持ってる」
「何処で手に入れたの?」
「家にあるの」
「それってすごくない?コピーさせてよ」
「……あのねえ、人のこと『非協力的』とか言っといて、冗談じゃないよ!」
「それは、違う話でしょ。その話は置いといて、この仕事は冷静に感情抜きでやろうよ」
「置いておかない。置けない。人間なんだから感情抜きでは出来ない」
「そんなこと言うなら、この仕事は無理だよ。出来ない」
「出来ないならやめな。私はやるから、出来ないあなたが断ればいい」
「そんなに怒ってんの?」
「当たり前でしょう!」
「……。じゃあ無理じゃんか」
「『非協力的』という言葉を取り消しなさいよ。その上で一緒にやりましょうって言えないの」
「わかりました。取り消します。一緒にやりましょう」
「よし」
ということで、後は相談に乗って差し上げる。私って本当に優しい。
久し振りに怒り狂ったけど。

 昨日の飲み会でUさんに「桜井さんの私用電話、皆聞いてるで」と言われたので
「また聞き耳立てちゃいました?」と聞いたら
「昼休みだからいいけど、勤務時間中は部屋の外でやってな」と注意されてしまう。

 毎週金曜日は午後一番でミーティング。なんとUさんが出向を解かれ、異動とのこと。
「僕が言ってもあまり説得力がないですが、遅刻はせんように。勤務時間中の私用電話は部屋の外で。このチームは他より年齢層が高いんだから、そんな基本的なことは言われんようにして下さい」と置き土産に会議でも注意される。とほほ。

私を面接して採用してくれたのはUさんだし、矢沢永吉ファン仲間としては、異動は寂しい。

 2ヵ月半ぶりに檸檬屋新宿。
常連のYさんと、電脳キツネ目組のコウモリMさんと大きいMさんにも久し振りに会う。
編集者のコウモリMさんに例の編集後記を見てもらう。
「いいじゃない。これがなんで問題なの?」
「でしょー!」
Yさんは私の日記を読んでくれているので、今日の電話のことも含めてみんなにぶちまける。
「なんだそいつは、そのHをここに呼べ」と言ってくれる。

大きいMさんは寅さんの真似で「でもな、さくら。そんな奴を相手に怒ったんじゃお前さんも同じレベルになっちまうよ」。
「同じレベルなのよ、お兄ちゃん。同じ年で、受講生で、別にどっちが上でもない。だからむかつくのよ」
なんて言ってるMさんと私も同じ年。

 そして、20:30過ぎに宮崎学さんが見える。
宮崎さんもかなり久し振りの檸檬屋じゃないだろうか。
私も宮崎さんとゆっくりお話するのは、アウトロー・ジャパンの仕事以来。
次の仕事も決まっているので「よろしくお願いします」とご挨拶。やっぱり緊張する。

新しく出る本の話、北朝鮮の話など。
今度北朝鮮についての勉強会をしよう、ということになる。
大きいMさんが「会場はやっぱり『北の家族』だよな」。ハイハイ。
さて、準備をしなくては。面白そう。

住枝さんは谷中店にいて具合が悪くなったとかで来なかった。
谷中店は金曜日のみ営業しているらしい。状況は厳しく、良くなる気配もないけれど、
住枝さんがお客さんや従業員を怒鳴りちらしたり、酔って暴れたり
買い物ブギや更なる新店舗オープンの欲を出したりといった無茶苦茶なことはなくなったらしいので、細々やればよいのでは。

私としては、宮崎さんに会ってお話できるかもしれない空間が無いのは寂しい。
檸檬屋でもいいし、檸檬屋じゃなくても、そういう場があればいいと思う。
2002年10月11日(金)

サーバ停止中,『土風炉』

 プロバイダのIさんに電話。メールをウェブメールに変更作業中とのこと。
本日深夜までのメールは読めなくなるかもしれないらしい。

 昼休みに会社のPCから、ジャーナリズム講座のHさんのメールに返信。
体調のせいもあるが食欲が減退する。

> 申し訳ありませんが、本を無事に形にするために、
> これ以降、このMLではあとがきのテーマはご法度にしてください。

ハイハイ、よろこんで。

> 後書きのテーマは、このテーマだけに特化した
> 別の期間限定隔離MLを作成して、そこで行ないます。

要らん、っちゅうのそんなの。私は参加しない。

 会社を辞めたアルバイトのO君の送別会。銀座一丁目『土風炉』。
大きな店で店内に小川が流れるなど凝った作りだが、通路にビール瓶のケースが置いてあったり本来厨房やバックヤードに置くべきものが個室の客席に置いてあるのが見えて、雰囲気ぶち壊し。

 O君の次の仕事は月給50万円だそうだ。9時にスーツで出勤しているらしい。
Yさんて、昭和天皇の若い頃に似てるよね等と皇室話をしていたら
「ヒロノミヤって誰っすか?」とO君。へえ、知らないのかと驚く。
「人の金で暮らしやがってムカツク」というので
「その感覚は正しいよ」と私。

 家に帰ってIさんに教えてもらったとおりにPCの設定を変えてみるが上手くいかず。
メールも読めないので早めに寝る。
2002年10月10日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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