うんざり,ナインアンダー,新高円寺居酒屋,サーバダウン?

 ジャーナリズム講座のHさんから「もっとちゃんと考えてほしい。」というメールが来る。
ああもう、彼には何回「それはこっちのセリフだよ」と言ったことだろう。
思わず笑ってしまう。本当に珍しい人だ。

それにしても消耗する。彼の言っていることに「ちゃんと」答えて、こちらが質問しても
その質問には「ちゃんと」答えず、また同じ事(嫌だ、迷惑だ、やめろ)を違う言い方で言ってくる。前に進まない。
でも、私は優しいから「ちゃんと」お答えして差し上げる。更に問い続ける。
相手はわけわからん状態になる。この先は多分、ブチッ。絶交。かな?

その間に見えるものもいろいろあって面白い、と考えることにしよう。

 風邪。頑張って出勤するも仕事のペースは大幅ダウン。まずい。

 フラフラだけど、辞めた会社の後輩で現在脚本家の卵のMさんがベーシストとして参加しているバンド「ナインアンダー」のライヴを見に新高円寺のライブハウス『RITZ』。

着いたときには高校生のパンクバンドが演奏中で混んでいた。
みな制服で跳ねまくっていて楽しそうで可愛い。
聞いたことがない曲だったが、オリジナルだとしたら結構いい感じだと思った。

「ナインアンダー」は初見。Mさんが前に参加していたバンドより全然いい。
「ひたすら明るく楽しく押しまくる直球バンド(?)です。」
とのことだったが、ボーカルのMCも可笑しいし、歌も聞かせる。
目を閉じて歌うのは良くないと思うが。

 辞めた会社の後輩のNさんが見に来ていた。帰りに新高円寺駅近くの居酒屋。
Nさんも体調が良くないらしく、烏龍茶。私はワインを一杯だけ。

会社の情報、彼女の参加している研修の話。勉強が大変らしい。

 帰ってメールチェック。あれ?どうやらサーバダウンらしい。HPも見られず。
2002年10月09日(水)

ダメじゃん,風邪?

 昨日の私の一喝がどう作用するとそうなるのかわからないが、
ジャーナリズム講座のHさんが

> 他にあとがきを書く人を募集しますので、どんどん書いちゃってください。
> んで、いいものをのっけましょう(あるいは、全部没にするか)。

などと言い出す。なんじゃそりゃ。しかし私は優しいので

「これは、今決まっていることと違うから、勝手に進めちゃダメです。
会議で提案してそういうふうにやろうってことになったら、にしましょう。」

と返す。全く世話が焼ける。

 夜になって、Hさんと組んでやる次の仕事のレジュメが送られてくる。彼は前に

> ぶっちゃけていえば、自分が担当編集だったら、
> あなたがよほど自分の琴線に振れる良い文章を書くか、
> あるいはポジションが確立された人気作家ゆえに
> 確実に儲かる見込みがない限り、
> 絶対に組みたくないですね。自我が不必要に固すぎて、
> やりにくくってしかたありません。

と言ってたから、この仕事は断るのかと思ったら
「アポ取りとレジュメの送付はよろしくお願いします」
「資料集めは桜井さんにお願いしたい」だと。
雑用係としてなら使ってやるって事か。ふざけんなよ。

 鼻水つるつる。お風呂に入って早く寝ようと思ったが、今日も3時。
寝不足が体調不良の原因だとわかってはいるのだが。
2002年10月08日(火)

終りなき対決

 ジャーナリズム講座本の編集後記に端を発したHさんとの対決は
事務局Yさんの「メールでの議論は禁止」の一声で終わったかと思ったら、さにあらず。

Hさんが「感情的に荒れるばかりの桜井さんと、この件で話すことはなにもありません」
などと仰るので、
「Yさんの言に従うと言うなら人の名前を挙げてうじゃうじゃ言ってないで
すぱっと止めて下さい」と返す。

 編集後記に関する私の提案に、唯一人反応してくれたKさんにはお礼を言って、
続きは会議で、ということにする。
2002年10月07日(月)

『矢沢永吉 終りなき旅』,ラヴリィ・メール,ML対決終息

 ジャーナリズム講座本のMLに昨日のメール下書きをほとんどそのまま送信。

 テレビ朝日『矢沢永吉 終りなき旅』を見る。かっこ良かったけど、
やっぱりツアーの合間にリラックスしている永ちゃんより、
音作りをしているときのめちゃくちゃテンション高い状態とか
何かをつかんでやるって意気込んでいる瞬間とか、ステージ直後の姿とかが見たい。
今までにもそういう番組はあったが、そっちの方が面白かった。

 女優で歌手のNさんから「愛について」と「仕事の相談」の素敵なメールが届く。
ジャーナリズム講座本の件で殺伐とした気分だったのが、
すぅっとするような、新たな力が湧くような気持ちになれた。

 夕方、ジャーナリズム講座事務局Yさんから
「メールではなく直接会って話し合ってください」というメール。
それって私とHさんと2人で会えって事か?それで解決するのかね?と思ったところへ
Uさんから「皆で会って徹底して議論しましょう」という提案。

そして結局Yさんが

> 編集後記の件は、桜井原稿とH原稿を版元に提出し、版元に一任すると、すでに結
> 論が出た話です。いったん決定したことに異議がある場合は、私が参加する会議で再
> 提案してください。これ以上は編集作業を混乱させますので、このML上での議論を禁
> じます。

と漸く言ってくれた。Yさんは議論しましょうと言ったのに議論を避け、
版元が判断するからと逃げられた感じもしていたので、
私はYさんにビシッと言ってほしかったのだ。

Uさんの提案にも感謝。2人のドロドロのやり取りが続いて
「もう誰か止めてくれー!」という状態だったのでホッとした。

MLでは議論を禁じられたのでUさんにお礼のメール。

「前に講座に沖縄のおじいさんが見えたとき
原稿がボツにされた話をずーっとしていましたよね。
彼の気持ちがすごく良くわかりました。
やっぱり原稿ボツの危機には身体を張って抵抗したくなります。

生意気ですが、Uさんはさすが、先生。そして年長者。
丁寧な思いやりのあるメールありがとうございました。本当に嬉しかったです。

P.S
Hさんともこういうポジティブなやり取りができればいいと思うのですが
どうも私は突っかかってこられると応戦してしまうのでした。ははは。」

結局掃除も他の仕事も出来ず。次期ジャーナリズム講座の講師依頼の手紙だけ書いて寝る。
2002年10月06日(日)

慶応義塾大学病院,自分語り対決

 朝帰り。3時間眠って、二日酔い気味ながら必死の思いで慶応義塾大学病院。
先日の子宮ガン検診の結果、「問題ありません」。
また1年後に「紹介がないから」といって5,000円取られてはたまらないので
「1年後の予約を取りたいのですが」と言う。
すると「子宮筋腫をやっているなら半年毎に見たほうがいいですよ」。
そんなこと初めて聞いた。もう。

で、会計が終わって、受付からの所要時間15分。
早くてよいが、先日の検査は同じ土曜日で3時間半かかった。
何故ここまで差が出るのか、不思議だ。

 帰って寝ようと思ったらジャーナリズム講座のHさんから、「語っても仕方ないけど」
というちょっと弱気の心情吐露メールが来る。

> 内心、後書きもいらないと思ってます。

とのこと。だったら書かなきゃいいんじゃないの?
と、よく見たら私個人へのメールではなく、MLへの投稿だった。

「ん?後書きは書かないって事?必要ないと思うけど、決まったことだから書く?
わからん…。何が何でも私の原稿は載せて欲しくないって事か?

よーく考えてから、はっきりと、ものを言えよ。」

と返信。夕方になる。
夜、Hさんから「不毛です。これ以降は、無視します。」という投稿(抜粋)。

> だからね、それは別の場所でやってくれと言ってるの。
> あなただけがいるわけじゃないでしょう? この場所には。
> それ以上に、地味な作業をいやがって、非協力な人には、
> そういうことを、あんまり語って欲しくないんだよ。
> 欲望の剥き出しは、あまりにもみっともない。
> まったく共感できない。>桜井さん
>
> ぶっちゃけていえば、自分が担当編集だったら、
> あなたがよほど自分の琴線に振れる良い文章を書くか、
> あるいはポジションが確立された人気作家ゆえに
> 確実に儲かる見込みがない限り、
> 絶対に組みたくないですね。自我が不必要に固すぎて、
> やりにくくってしかたありません。

私の返信(抜粋)。
「何の権限があって私を追い出すのでしょうか。

私も共感できません。
他の人のこと考えていないのは、みっともないのはどっちだよ、と思います。
欲望剥き出しと、欲があるくせにストイックぶってるのと、
どっちがよりみっともないのか。
他の人たちは『どっちもどっち』と思っているんじゃないかしら?
ぎゃあぎゃあ騒いでとっちらかって、あげく『無視します』ってのもすごい。

あなたは地道な作業を自分で選択したんでしょう。
私も後書きを書くという作業を依頼を受けて選択しました。
私を非協力で自分の欲望のことしか考えてないと見るのも勝手だけど
私はいい本を作りたい、売れてほしい、と思って
皆で一緒に作ろうよという姿勢で作業しています。
皆はそれをわかってくれたから私の後書きを認めてくれたのだと思います。

『自我が不必要に固い』という言葉は、そのままお返しします。
『無視する』と決めた相手に向かってなんのためにそういうことを言うのかわからないけど、
やりやすい人と楽しく仕事ができるようになるといいですね。

> ところで、誰に対してもそういう感じで話してんですか?
> 自分だから、軽く見られて、そういう無粋な云われ方をするのは心外です。

無粋?よくわからない。

幼児じゃあるまいし、誰に対してもな同じなわけないです。
受講生という同じ立場で、同じ年だけど、ライターとしては先輩のHさん。
これから先も仕事を一緒にする人だと、大事に思っています。
私はそういう相手を無視などしないし、真剣に話します。
軽く見るなんてとんでもない。

『みっともない』とか
『あなたの問題意識は陳腐だと思います』とか
人に発したネガティブな言葉は自分に返るものです。
『お前はこうだ!』という部分は自分の中にもあるんです。

軽く見られていると感じるということは
『内容を変えることを諭しているわけで、できるだけ角が立たないように気を
使ってるんだ、ということに気がついてください。』
とかの、上に立ったもの言いが自分に返ってきただけのことじゃない?

心外なら、言い方変えてもいいですが、内容は変わらないです。」

そして、はたと気付く。

Hさんは自分語りをした。
私はそれを聞いて「そりゃあ大変ねえ」と言って
私の感想、意見・解決策を述べた。私も自分を語った。

それがいけなかった?「そうですかそうですか」で終えてほしかったのか?
だから私の語りは無視するわけね?

そういう失敗はよくある。
私は言われたら言い返す、語られたら語る、
言ったら言い返してほしいし、悩み相談は聞いてほしいより意見がほしいタイプなので。
「黙って聞け」は苦手だ。

この二人の「自分語り」の性格の違いが、
後書きにしていいものか、いけないものかの違いかもしれない。
Hさんの自分語りは人の感想意見を無視する言いっぱなしだ。

> 自分の内面で回っているような、問題意識から
> でた文章なんて、読者は読みたくないんだよ。

確かに。「自分の内面の問題を解消できないってだけなのではないのでしょうか」
っていう言葉もそのままお返ししとこう。

と、ここまで書いて、恐ろしく睡眠不足だし
わりと激しい内容なので、頭を冷してもう一回読んでからにしようと思って、
送信しないで寝る。
2002年10月05日(土)

9/28日記訂正,club asia,ミリバール

 関西突破塾に参加して4次会まで一緒だった、『あの日から世界が変わった ニューヨーク Good Bye 物語』の著者、たけちよさんからメール。

> 日記で編集後記をお好み焼き屋でNさんが読んで、みなに聞かせたとか。
> で、ぼくもいたとか? ん?、記憶にないんですけど・・・。

> でもまあもう解決したならそれでいいんですけどね。
> これからも真理ちゃん流で楽しゅうどうぞ。

あー、そうだった!隣にいたのはEさんだった。お好み焼き屋ではなくてバーの方だが。
失礼しました。Eさんにも悪いことしてしまった。
Eさんは私のことを褒めて下さったのに、勘違いするなんて酷い。ごめんなさい。
以上お詫びして訂正いたします。

 3時間半睡眠でふらふらだけど、家に帰って1時間だけ寝転んで、club asia。
VJで建築家修行中のyuhi君を紹介しようと思っていた、女優で歌手のNさんを誘う。

待ち合わせに現れたNさんは男の人を連れていたので、お友達?と思ったら
電車の中からついてきた人だと言う。酔っ払っていたみたいだが、
Nさんに吸い寄せられてしまったらしい。

前に高橋玄監督がNさんのことを
「クラブや音楽シーンにあいつと行ったら、どれだけ『顔』か判るよ。」
と言っていてけど、本当だった。というよりNさんのことを知らない人も惹きつけてしまう。
始めの、ついてきちゃった音楽業界会社員や、遠巻きに何か言いたそうにしている人。

Nさんはyuhi君のVJをすごく気に入っていた。音楽もチルアウトで、良い感じ。
「もう、yuhi君かわいくて才能があって大好きです」とNさんに言ったら
「あれぐらいの年はかわいくないぐらいのほうがいいのよね」とのこと。
ナルホド。でも私はyuhi君を見てるとニコニコ顔になってしまう。

ライヴが始まって、ちょっと見て「なんだかね」。

道をはさんで隣の建物もclub asiaで、こちらはHIP HOP。若い。
混んでてステージのダンスショウも顔しか見えない。Nさんの知っている人だったらしい。
私はDJが「みんな!俺たちなんとかだぜ!yo-!」とか喋るのはどうも恥ずかしい。

 お茶でもしようか、ということでミリバール。Nさんはコーヒー、私はビール。
Nさんと一緒に何か出来たら面白いと以前から考えていたベゴニアさんのブックを見せたり、
いろいろな話で盛り上がる。

他にお客さん4人。彼らが帰るときに「Nさんですね」と一人が話し掛けてくる。

清野さんもNさんのことをよく知っていた。
3人で話していたが清野さんがコックリし始めたので帰る。
5時半だった。4時閉店なのに悪かったかな。

yuhi君のVJは終わっているかなと、もう一回club asia。
フロアには7人ぐらいしかいないがまだまだ終わりそうにない。
webデザインを依頼するyuhi君にベゴニアさんのCD-Rを渡そうと思ったのだが、持ち帰る。

Nさん、素敵な人だ。華やかで情熱的で優しくて鋭い。すごく楽しい夜だった。
2002年10月04日(金)

檸檬屋新宿調査,母ウキウキ

 宮崎学さんから「檸檬屋はどうなっているのかな」と電話。
「いや、ぜんぜん行ってないし、突破塾の時にみんなに聞いたんですが、
みんなも行ってないみたいで」
「生きてはいるんだろうな」
「まだ生きてるみたいです」
それにしても友達思いで優しい宮崎さん。

ということで宮崎さんに聞かれて「わかりません」と答えるわけにはいかないので
調査開始。
お金がないから飲みには行けないと思ったが、
最近1,500円だか2,000円のセットメニューがあるらしい。
近く偵察に行くことにする。どなたかご一緒しませんか?

 本日所持金130円となったところで、母から家賃援助をもらう。
池袋PARCOの「ガネーシャ」。

 私が2回ほど行って、母に薦めた温泉津(ゆのつ)温泉の旅館「のがわや」が酷かったとの話。
「朝食の鯵が半ぺたなのよ!むこうの習慣なのかしら。
大きな旅館じゃないのに女将が部屋に来ないで電話で挨拶してきたの。考えられないわ」
私が行ったのはもう何年も前だけど、そんな印象はなかったので驚いた。

 ジャーナリズム講座本の話を母に訴える。母親は我が子の味方である。有難い。

 母は世話焼き婆で、何組もカップルを生んでいる。
「私にはなんか話ないの」と聞いてみる。
「あんたはねえ…難しいんじゃないの。会社員は嫌なんでしょう」
「お母さんは浮いた話はないの?」
「あるのよ!」
あるのか!くっそー。その瞬間の母の表情の輝きといったら。
写真に撮っておきたいほどだった。

母は早朝体操に参加している。
「体操で?」
「そう、体操で。すごいいい男なの。10歳年下よ」
なにー?「携帯の番号くれたのよ、こうハートがあってね」
ハートかよ!母が見せてくれた紙切れには、番号の上にハートが描いてあって、
しかも大きな矢が刺さっている!おいおい!すごく嬉しそうである。
「電話してみようか」とけしかけたが、母なりの計画があるらしい。
うーむ。ものすごく羨ましい。

ご馳走してもらって帰る。1時から4時半まで眠って、目が覚めてしまった。

ジャーナリズム講座本について、ある提案。
皆には理解してもらえるか、呆れて却下されるかわからないが
「我慢と後悔をしない」がモットーなので、とりあえず言ってみる。
2002年10月03日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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