ヴィデオ「マルコヴィッチの穴」「FACES」

 昨日紹介された仕事は「英語をかなり使う仕事」との事で断られてしまった。
代わりに紹介された仕事は製薬会社の書類製作やら庶務で、やはり英語力が必要らしい。
一応打ち合わせに行ってみることにする。

散歩屋の方が全然楽しそうだ。銀行に張り紙でも出すか。

久し振りにレンタルヴィデオで「マルコヴィッチの穴」。
話題になっていた頃には見る気がしなかったが、まあまあ面白かった。

高橋玄監督の敬愛するカサヴェテスの「FACES」は、よくわからない。
カサヴェテスは随分前に3本ぐらい見たことがあって好きだった。
だけど「FACES」は何が可笑しくて笑ってるの、単なる酔っ払い?とか
なんで急に怒り狂って喧嘩し始めるの?とか、
と思ったらまた笑ってる、でも不機嫌そう。どうして?と混乱。
夫婦の事は夫婦にしかわからない、ってことか?
2002年04月10日(水)

お仕事?,坊乃

 人材派遣会社(前回契約短縮になったところとは別の会社)からお仕事紹介。
なかなか良い条件。「また電話します」との事なので未だわからないが。

 高校からの友人6人で銀座日航ホテル地下の「坊乃」。雰囲気の割には安い。

10歳と8歳の2児の母であるAとは何年ぶりだろうか。素敵なお母さんだった。

Yは仕事に行き詰まっているようで「何か別の仕事がしたい」というので
「それはやばいよ、私みたいになっちゃって、後悔するよー」と忠告。
私は全く後悔していないが、生活は非常に不安定。
この時期会社を辞めるのは危険。少し休んでリフレッシュしたらいいのでは。

 女性同士の飲み会は物足りなくて、必ず帰ってから何か食べてしまう。
菓子パンとか、デザート系、スナック菓子など。太るよな。
みんなは食べずに寝てるのだろうか?
2002年04月09日(火)

「見附」,首都高ドライブ,「ベトウィグ・アンド・アングリーインチ」,K3パーティー,WIRED DINER

 実業家Mさんと、(た)ちゃんとお昼ご飯。赤坂東急ホテル改め「赤坂エクセルホテル東急」のレストラン「見附」で見附御膳をご馳走になる。

Mさんはダイエット中で、(た)ちゃんは初対面の緊張からか、2人ともほとんど食べない。
私は1人でビールを飲み、卵焼き以外完食。

(た)ちゃんはMさんの皮のスーツを作ることになる。

食事が終わって「緑さんの個展を見に行きませんか」と誘ってみたのだが
「今度にしましょう」と断られる。
「Mさんのお知り合いでお金持ちでアートに興味があって、最近家とかビルを建てて
飾るものを探してるっていう人はいないですか?」と聞いてみたが、「どうかなあ」。

 北の丸公園をぐるっと周って首都高一週ドライブ。予想に反して道は混んでいない。
暖かくて天気が良くて気分がいい。
「私散歩屋をやろうと思うんですが」とMさんに相談。
「需要があるのかな。あるとすればお年寄りだろうね。」
「ボランティアじゃなくて、商売としてやるんです」
「それってエスコートクラブみたいなもんじゃないの」。
(た)ちゃんにも「やってみれば?顔写真出して」と言われる。

 15:30前に別れて、新宿で実践ジャーナリズム講座のH君と待ち合わせて
テープレコーダを借りる。
ICレコーダを買わなくちゃいけないし、テープ起こしをしなくちゃいけないしで
困っていた。助かる。

 (た)ちゃんに誘われたファッションショウまで時間があるので久し振りに映画、
「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」。
引き裂かれた自分の片割れ(=愛)を捜し求めて傷ついて、それでも歌い続けるのよ!
というロックミュージカル映画。切ないが可笑しい。音楽もいい。
英語の歌詞が画面に出て訳も出て、実写とアニメーションの分割画面でと、
何処見りゃいいの状態。
毎週金曜日はカラオケナイトらしい。楽しそう。舞台でも見てみたい。

 20:00から「KSD」のファッションショウと聞いていた。
KSDなんて変な名前のブランド、と思ったら「K3」だった。
場所は猿楽町の「air」。PPQとG.V.G.Vの秋冬コレクション。
(た)ちゃんの元彼N君がヘアメイク、DJは友人のMOODMANだった。

久し振りに会ったN君に「なんか逞しくなったねえ」と言ったら
「肩パッド入ってんだよーん」。肩パッド入りのGジャンか…。
ピンク×白のストライプパンツにピンクのスニーカーのN君。

 JR線路沿いのカフェ「WIRED DINER」でマーボナスパスタ。
麺はベトナム風焼きうどんと同じだった。

 (た)ちゃんがデザインしたTシャツが間もなく量販されるらしい。楽しみだ。
(た)ちゃんに渋谷駅まで送ってもらって帰る。
2002年04月08日(月)

EXCELSIOR CAFE,GALLERY ST.IVES,永谷園

 実践ジャーナリズム講座のムック制作でテープ起こしをすることになった。
テープ受渡しのためH君と連れのIさんと池袋でお茶。
これが合資会社マリバールの初仕事になるのだろうか。

 大学の同級生I君のお兄さんが経営する「ギャラリー・セントアイヴス」は
日本で唯一の英国陶芸作品専門店。
本日は「堀順子 木口峰夫 作陶展」のパーティー。作家のお二人とも話す。

I兄にお店の広報宣伝やらHP更新やらを是非手伝わせて下さいとお願いする。
I兄は私が辞めた会社で大変お世話になった、労働組合委員長のIさんと
高校の同級生だったと判明。早速メールを書かなくちゃ。

 I兄弟らと5人でファミリーレストラン「永谷園」。
お茶漬けの永谷園の店で、看板も暖簾もスタッフの制服もあの「永谷園カラー」。
ご飯には「大人のふりかけ」がついてくる。私はお茶漬けご膳を注文。

I君にお金を払おうとしたら「社長の奢りだから」。I兄は「夫婦みたいなもんだから」。
「兄弟だけど夫婦みたいなんですか?」と聞いたら
「違うよ、桜井さんと弟が」と言うので
「やめて!きっちり払わせていただきます!」と声を大にして主張。

結局ご馳走になってしまったのだが、学芸員のOさんが
「私もそう思っていました」
と言うので
「やめて!私は今日来ていた鉄を作る男の子がいい」
と言ったらOさんも
「ああ、彼は私もいいと思いました」
とのことで、一頻り鉄を作る男の子や好みのタイプ話で盛り上がる。
2002年04月07日(日)

散歩屋,涵梅舫(カンメイホウ),死にました

 先日思いついた「(犬のじゃない)散歩屋」について考える。
知人の連れ合いである北尾トロさんが「寝室覗き屋」という怪しい職業体験を書いていて、
北尾さんがやっているブックカフェに行ってみようと思ったら、昨年閉店していた。

 決算も終わったし、誰かと飲みたい気分。ロンドン時代の友人Tから
「詩子の包丁欲しい!食事会しよう」とメールが来たので、
緑さんとMも誘って北京宮廷料理「涵梅舫」。

着いたのが21:00過ぎで、ラストオーダが22:00。しかし目移りしてなかなか決まらない。
烏賊の黒豆炒め、筍とアスパラ炒め、海鮮湯麺、やっぱり美味しい。
そのほかいろいろ頼んで、みんなも喜んでくれて嬉しい。

 ある時点から私と親交の途絶えた人が「『真理ちゃんは元気?』って言ってたよ」とT。
「連絡してみれば?」とも言われたが私は「死にました」と伝えて欲しい。
そんな役目はご免だろうからTにはお願いしないが。

この話で朝日新聞に九鬼伸夫という医者が書いていた文章を思い出した。

「仕事であれ、大切な人であれ、そしてそれが自分の意志によることであれ
反したことであれ、人が何かと別れるとき、失われるのは仕事や愛する人だけではない。
大切な仕事や、愛する人によって生きていた自分もまた、失われる。
それまでの自分が死ぬのだ。

 この死は肉体の死よりずっとゆっくり進み、その間、人は、古い自分でも、
生まれ変わった新しい自分でもない、あぶなっかしい何かであり続ける。
このプロセスをより深く体験し、再生するために、人は旅に出たり、
どこかへ身を隠したり、祈ったり、昔からしてきたのだろう」

意志を持って親交を絶つ、というのは相手を「殺す」ということではないだろうか。
言葉や行為に反応しない、無視するというのは存在を消すことだ。
殺された相手に「元気?」と聞かれたら「きちんと死にました」と答えたい。

九鬼氏の文章はこう続く。
「でも、時がくれば、きっと生命は新しい芽を吹く。
そのようにして生まれる新しいあなたを、必要とする人が必ずいる。
そう信じて、静かに待つしかないのではないか。本人も、また周囲も。」

そして私は高橋玄監督のくれた言葉を思い出す。
「新たな出会いの継続、別れの継続こそが生きる価値のある人生。どうもありがとうね。」

だから恨んじゃいないのさ。私はしっかり生き返ったから。ん、まだあぶなっかしい?
2002年04月06日(土)

豊島税務署,豊島都税事務所,害無能省

 朝起きて、決算書類を見直しているとまたしても疑問点が浮かんでくる。
あちゃー、またやり直しか?と思って税務署に電話。
「パソコンの耐用年数4年を5年で計算してしまったんですが」
「それは構わないです」
とのことでそのまま持って行く。

ところが計算方式も間違っていて、償却不足金が生じてしまった。
その金額の来期の処理方法をまた早口の職員Nさんが次から次へと説明してくれるが
さっぱりわからない。もういいや、来年の事はまたその時に悩もう。

別表は職員Nさんが鉛筆で書いてくれた数字をボールペンでなぞって、
コピーを取って、提出。

 都税事務所は3分もかからず終了。
ああ終わった。開放感でいっぱい。小説が書きたくなる。
家に帰ってゆっくりお茶してから久し振りに掃除。

 先日、海外青年協力隊である国に行っている友人がメールをくれた。
「赴任先からある島に行った体験をレポートしたら、
そこが外務省の指定した危険度3の地域で行ってはいけないところだった。
外務省職員から呼び出され、現在処分待ち状態。
知ってたら旅行記を月報に載せたりしないが、職員はけんか売っていると思ったらしい」
とのこと。

「くだらん。情報提供、情報公開するほうが大事だろうにねえ」と返信したら、
今日のお昼「外務省の海外危険度指定は9.11テロ以降意味がなくなったので廃止する。
これからは自己判断、自己責任で」とのニュース。
こんな意味なし指標によって彼は処分を受けるのか?と慌てて赴任先に電話。
つかまらず。

しっかし外務省はプール金を職員からのカンパで国庫に返納しようとしたら、
集まりすぎちゃって「また何かあった時のためにプールします」とか、バカ丸出し。
2002年04月05日(金)

出来たかな

今日こそは税務署へ、という決心で起きる。
しかしまた出直すのは嫌なので電話で確認してからにする。

会計ソフトのサポートセンターに電話。
「『事業主借』は個人事業の科目です。
法人の場合現金がマイナスなることはあり得ません」
そうなのか。でも税務署の人はマイナスの並んだ元帳を見ても何も言わなかったけど?

サポートセンター:「創立費と開業費を損金に上げるのですか?」
私:「上げる?税務署の人は『損金で落とせる』と言っていたのですが」
サポートセンター:「落とす?科目は何にするんですか?」
私:「わかりません。それを教えてもらおうと思って電話しているんですが」
サポートセンター:「税務署に聞いて下さい」
♪上がってんのー?下がってんのー?みんなはっきりいっとけー、ってな感じ。

税務相談室に電話。
「科目は『創立費償却』と『開業費償却』にして、別表16-5を出して下さい」
別表はいっぱいあるのだが16-5は手元に無い。
先日税務署に行ったとき、そんな話は聞かなかった。何か違う。

やはりあの早口の職員にもう一度聞くしかない。
「4月1日のお昼休みの時間帯に窓口で対応してくれた、
背が高くなくて痩せている眼鏡をかけた女性をお願いします」
と言ったら直ぐわかった様子。

私の事は覚えていてくれて、パソコンの減価償却について
またしてもメモも取れない速さで一気に説明してくれる。
私:「それはこういうふうにすればいいのですか?」
職員:「そうではなくてこうこうこうこうこうこうこうです」
私:「えっと、まず、こう。そしてこう?」
職員:「はい、そうするとこうなってこうなってこうなる。
それをこうしてこうしてこうして下さい」
うう、難しい。とりあえず電話を切ってやってみる。
なんとかこんな感じでどう?と言えるような表ができた。

もう一回電話してもう一つの疑問点
「創立費と開業費は特損で落とすのですか?」
「いえ、決算表には出てこない費用に横滑りさせて下さい」
上げるでもなく落とすでもなく、横滑り?なんのこっちゃ?
電話を切って暫く考える。ああ、わかった。
わかったけど何でこれを「横滑り」と言うんだ?

漸く決算書が出来上がるが18時を過ぎていた。別表は明日、税務署で記入しよう。
しかし売上があったり、従業員がいたり、物を作ったり売ったりする場合は
もっともっと面倒臭い作業になる。
それに比べたら2か月分だし全然楽なはずなのに、1週間もかかってしまった。
2002年04月04日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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