実践ジャーナリズム講座

昨日の「三浦和義論」の人からメール。

> いやー、真理さんの一つ物事の深い調査には感心しました。一般市民にとってマ
> スコミ報道の影響の強さの一端にふれた感じがします。彼に対する印象が貴方の
> メールでかなり変りましたよ。

良かった。嬉しい。

実践ジャーナリズム講座、本日の講師は元「週刊金曜日」編集長代理で
現在フリーの山中登志子さん。

女子学生が作る就職情報誌「私たちの就職手帖」を作っていた(私は読んでいた)とか、
六本木にある日本脚本家連盟のライター教室に通っていたとか、
今後やりたいことはフリーで表現者(アーティスト)の応援とか、
山口百恵ファンだとか、共通点があると思ったら同じ年だった。

ここでも三浦和義さんの話になる。山中さんは良枝さんが大好きだと言う。

台南担仔麺で2次会。

受講生のHさんも同じ年。「夫婦別姓は頭では理解できても感情として嫌だ」とのこと。
嫌な人は同姓でよろしいのでは。

山中さんは30歳を期にひとり戸籍にしたそうで、
私も興味を持っていたのだが面倒なことも無いらしいのでやろうかな。

来期のジャーナリズム講座の講師を依頼した人2名に断られてしまった。3連敗だ。
山中さんの書いた「編集者からの手紙」(現代人分社)を参考に、頑張って口説かなくちゃ。
2002年02月20日(水)

緑熱,激論「三浦和義」,決算お勉強

緑さんと連絡が取れなくて、どうしたかなと思ったら風邪で寝込んでいたらしい。
我が家で「風邪予防に」と飲んだ梅肉エキスは効かなかったか。
熱は少し下がったそうだが、まだかなりきつそう。

ある人に「三浦和義さんと少しお話しました」とメールに書いたら、
心配してくれたのか、次のような返信が来た。

> 社会の中で自分の人生や立場を成り立たせる為には三つの方法と云うか生き方が
> 在る。
> 1.真に自律して大地に根を張る如く自分の能力と智恵で生き、常に独創と進歩前
> 進進化する心と姿勢をやがて来る死まで持ち続けそれを貫く生き方。こう云うヤ
> ツは必ず周りを幸せにするしまたそうなる。つまり俗に云う徳とゆうモノが積ま
> れていくのである。
> 2.は自分を中心にして前や上を行くヤツの足を引っぱる。
> 3.は自分の立場を守る為に出る杭を打つヤツ。
> 2.3.の人間は在るようで無い主体性を中心に置き、周りに在る数々の要素を利用
> するヤツ。
>
> 気になったら許して下さい。
> もう過去の出来事で忘れかけていたが、条件反射で三浦和義氏の名が出ると直ぐ
> に以下のような思いになる。
> 彼はつまり、他人を利用して自分を成り立たせる2.3.タイプの人間である。こう
> 云うヤツは一見頭が良さそう(悪智恵)で華々しくて魅力的だ。若くて元気な時は
> 良い、しかし、晩節から死に至る時期はその皺寄せが必ず来る。こう云うヤツは
> 家庭は持たぬ方が良い。周りがいずれ不幸な思いをする。金廻りが良い内は問題
> 無いが、万一逆廻りになったら危ない。だがそれでもそんな事以上に彼の魅力に
> 惚れたり今が良ければそれで良いとするならば余分なおせっかいになるが。
> 人、各々いろんな生き方があるので彼のそれはそれで良い。

(中略)

> 三浦和義氏は真理さんが感心するくらいだからかなりの「まめ」らしいね。小生
> はその「まめ」をもっとまともな方向に向けたらどうだ、と言いたい。
> 狛江市に、既に鬼籍に入ってしまったが学生時代とラグビーの尊敬する大先輩が
> 居られた。その先輩が、ロス疑惑報道中のTV.画面の三浦和義氏に向かってパン
> チを食らわせた姿を今でも鮮明に思い出す。
> 当時、小生も含めて娘を持ち育てている同じ親にとっては、こんな男に利用さ
> れて殺されたんではたまったものではないなと。多分小生の彼に対する思いと同
> じだったのだろう。
> 小生のみでなくある世代の日本の男は結構彼の半生を他山の石として参考にはし
> ていると思うよ。

私の反論。

「仰りたいことはよくわかります。三浦さんは相当胡散臭い人に見えます(失礼!)。
それは疑惑当時の派手な生活とナンパな印象、育ち、キャラクターから来るものでしょう。
だけど、当時から彼には興味を持って見ていますが、
私は三浦さんの生き方は1タイプだと思います。

当時のテレビ報道を見て殴りたくなるのは当然かもしれませんが、
三浦さんは殺してないです。2審は無罪です。
仮に最高裁で有罪になったりしたら、
この国の司法制度は完全に狂っているということでしょう。

三浦さんは疑惑の最中に入籍した良枝さんと、
拘留中の弁護士人選問題の行き違いで最高裁まで争って離婚したのに
殴打事件の収監前に再婚しています。今お二人は幸せそうですよ。

三浦さんの周囲の人間関係がバラバラになったとしても、
それはマスコミの影響が大じゃないでしょうか。

私は三浦さんと、松本サリン事件で犯人扱いされた河野さんと、
何が違うのかといえば時代とキャラクターだと思います。

河野さんがサリン事件の犯人じゃないとわかった時にマスコミは一斉に謝りました。
あれは三浦さんの時の反省が多少あったからだと思います。
三浦さんのときは裁判で判決が出るまで『放送流し放題、やりたい放題、書きっぱなし』。

河野さんは非常に冷静な、実直な、地味な印象があります。
妻を看病する様は涙を誘います。
三浦さんも妻を看病していましたが、何かと派手なんですよ。
ヘリコプター飛ばしちゃったり。
ですが二人の受けた報道被害、マスコミへの怒りは同じだと思います。
歯止めが全く無かった分、三浦さんの方がきつかったと思います。

彼は『当時の報道で"三浦は犯人じゃない"と思う人の方がおかしい』と
自分で言っています。それほど全ての報道が『三浦=真っ黒説』でした。

その後裁判が進むにつれて冷静な報道をするところも出て来ましたが
その扱いは疑惑当時の数%ではないでしょうか。
私は結構興味を持って見ていましたが、無罪判決が出ていることや
マスコミとの名誉毀損裁判で8割方勝っていることなど、あまり知られていませんよね。

彼が輸入業で成功していたのはその『まめ』さからだと思いますし、
一美さん、良枝さんという素敵なパートナーを得られたのも『まめ』だから。
マスコミへの抗議、刑務所の待遇改善など一つ一つ闘って勝ち得ているのも
『まめ』な人だからできるんじゃないでしょうか。

私は三浦さん個人については本を読んだりちょっと話しただけで、
本当のところはどういう人なのかよくわかりません。

ただ、彼のやってきたこと、半生は私たちに教えてくれるものがとても多いです。
これからも闘う三浦さんに注目していきたいです。」

私にとっては意外だが、未だに三浦さんが犯人だと思っている人は多いのだろうか。
報道被害の名誉回復は本当に大変だ。

「SOHO&個人事業者の『決算・税務』のやり方」という本を読み、
付録の「弥生会計」のトライアル版CD-ROMを使って勉強。一人で全部できるかな。
2002年02月19日(火)

超10000お礼,檸檬屋,決算お勉強

朝、三浦和義さんから電話。やっぱり「まめ」だ。

昼に見たら日記のカウンターが10006だった。
昨年2月1日から公開しているのでほぼ1年で10000。
皆様ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
感想、ご意見、励ましは掲示板、メールにてお待ちしております。

洗濯して、掃除しようと思っていたところへ檸檬屋のご主人住枝さんから電話。
週末静岡に行った電脳キツネ目組の人達が来るので「すぐ来い」とのことで出掛ける。

Fさんに会社を作った理由を聞かれて
「肩書きが欲しかったのと、勉強・実験の場と、辞めた会社への雪辱と、あとは話のネタに」
と答えたらMさんに「そんなことより仕事しなくちゃ」と言われた。「はい、そうですね」

TBS「ニュース23」で浅間山荘事件のことをやるらしいのでみんなで見ていたが
ブッシュ、ブッシュで終わってしまった。帰る。

3月末までに申告をしなければならないので決算のお勉強、朝7時まで。
2002年02月18日(月)

二日酔い,三浦和義著「Never」

Aさんが連れて行ってくれたお屋敷は用宗駅のすぐ側だったが、駅は線路の向こうで、
しかも踏み切りはかなり遠くにあった。
私は寒くてたまらないので一人でさっさと歩き、駅に着いたら電車が来たので
男性たちを置いて先に乗ってしまった。

昨日三浦さんに頂いた本「Never」を読む。面白い。
闘う精神、闘い方、ビジネス感覚、自分で「僕はおせっかい」というところ、かっこいい。
女性だけに優しいんじゃないのね。

新幹線も寒くて、頭痛がしてきた。風邪かもしれない。家に着いてお風呂に入って寝る。
今日は大学ゼミの「Sundayブランチの会」があったのだが断念。
普段飲み会に参加しにくい、子持ちの人達のための企画で
久しぶりに会うのを楽しみにしていたのに残念。

夕方起きてご飯を食べてボーっとしてしまう。
「Never」を読んで三浦さんの波乱万丈、壮絶人生に触れると、
私は何やってんだ?という気持ちになる。働かなくちゃ。
2002年02月17日(日)

たがた,立松和平講演会とスナックバロン1周年記念パーティ,バロン,?邸泊

緑さんに池袋駅まで送ってもらって、予定の新幹線に間に合う。

電脳キツネ目組N君、Hさん、Mさん、Fさんと静岡たがた。美味しい。
みんなも喜んでくれて私も嬉しい。後半記憶なし。
美味しくて楽しかった事は間違いないような気がする。

立松和平氏が遅れて登場した講演会の記憶もほとんど無い。
宮崎学さんが壇上にいたことは覚えている。

パーティーになって復活し、ロス疑惑の三浦和義さんとお話。
日に焼けてスマートでお洒落な印象。
「高校生の頃『不透明な時』(三浦さんの書いた疑惑反論本)読みました」
「そうですか。新しい本差し上げますよ」
さすが。三浦さんがもてるのはまめさが違うから、と思っていたがホントだ。

3次会はバロンに行く。バロンは元連合赤軍兵士獄中27年の植垣康博氏のスナック。
植垣さんとは何回かお話したことがあるが、バロンは初めて。満員立ち飲み状態。
カウンターにはきれいなロシア人の男の子が2人いて、不思議な店だった。

Aさんが「泊まるところ無いんだろう」と言って
キツネ目組のみんなをどこかへ連れて行ってくれる。
タクシーに暫く乗って、降りたところは真っ暗。女性も一緒だったので不安は無かったが、
もう一台のタクシーを捜しにN君と歩いた時は犬に吠えられて怖かった。

家の中に入ってみると広い古いお屋敷で、ドアや窓の飾りも凝っていて素敵だった。
キッチンとリビングはモダンで、床暖房入り。
ここは誰かの家なのか別荘なのか?

和服の女性がマットと毛布を出してくれて横になる。
結構薄着だったので寒くてたまらなかった。
熱心に議論をしていた男性たちが眠り始めるとものすごい鼾と歯軋り。

6時半に起きて帰る。昨夜はわからなかったが庭も広くて、旅館のようなお家だった。
2002年02月16日(土)

緑の日2日目

13:00頃来ると言ってた緑さんは、結局17:00前に我家に来た。私も13:30まで寝ていた。

コンビニで大量の食料を買い込んで来た緑さんは、私の写真を見ながら遅いお昼。
一度見だすと止まらなくなり、「これは誰?えー、これが須佐美君?想像と違う」
などと言って終わらない。

そうこうしている間に緑さんのPCの調子がおかしくなり入力したデータが消えてしまう。
私もデータの変換に手間取り、4時までやって2人合せて80件。なんたる仕事効率だろう。

緑さんは我が家にお泊り。初めての泊り客が緑さんというのは嬉しいな。
2002年02月15日(金)

St.Green Day

昨夜も人材派遣会社から連絡がなく、仕事にあぶれた。
それなら緑さんの個展のお知らせハガキの宛名入力をしようということで、
緑さんが我が家にやってきた。

近所の革製品修理の店に緑さんの財布を持って行く。
おじいさんが「すぐ出来るから」と言うので出来上がりを待つ。
仕上がりを車の中で待つ緑さんに持って行く。「ここも直して欲しいんだけど」と緑さん。
「もう、しょうがないなあ」と言ってまた店に持って行く。

おじいさんは「念のため、もう一本縫っておくかい」と丁寧な仕事ぶり。
「追加の御代は?」と聞くと「いらないよ」。
車に戻って緑さんに「いくらだと思う?驚くよ」と聞くと
「うーん、わからない。1,200円?」
「じゃあ、私に1,200円くれ。なんと、100円。」

次に図書館に行って、個展「Undulating States」の日本語タイトルについて検討。
驚いたことに車椅子用の駐車スペースが無い。
カウンターの職員に聞くと「かなり離れたところにコイン駐車場があります」。
「車椅子の人はどうしているんですか?」
「車椅子の方ご本人が運転する場合は、停められないですね」
区立の図書館が、そんなことでいいのか?

大塚駅近くの焼肉店「山水園」。明太子石焼ビビンバ、美味しかった。
食いしん坊の緑さんはビビンメンにオイキムチ、ナムルを追加。

我が家に戻って宛名入力、23:30まで。12時間一緒にいて、
結局2人合わせて160人分しか終わらず。
しかし楽しい一日だった。世間はバレンタインデイだが、私は「緑の日」。
今日も仕事依頼の電話は無く、明日も「緑の日」。
2002年02月14日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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