コールハーンサンダル,モップはどこ?

7月26日に買ったコールハーンのサンダルをおろす。数歩で脱げてきて歩き難い。
直してもらった方がいいかな。
靴擦れになりながら上池袋→池袋→椎名町→落合南長崎→椎名町。
光化学スモッグ警報発令の中6kmぐらい?歩く。

引越でリビングの扉の影にモップを忘れてきたのでピックアップするつもりが見当たらず。
大家さんに聞く。まだ部屋を見に行っていないらしい。鍵を返して、敷金を返してもらう。
モップ、無いと困るなあ。部屋の管理会社に行って聞く。まだ見ていないとのこと。

と思ったらO君がピックアップしておいてくれたらしい。良かった。
私もO君の各種取説やらリモコンを持ってきてしまったので彼の新居に届けた。

新居2晩目。3日で慣れるというが、車の騒音、排気ガスが気になる。喉、お肌に悪い。

買ってきたISDNのTAをつないだら部屋がコードだらけ。コードレスは高いんだもん。
27:00までメールの返信など。

2001年08月01日(水)

引越,魚しん,Sさん送別会ドタキャン,慰謝料交渉妥結

9:00の予定だが8:30にビッグ引越センターが来る。まだ荷造りが完了していない。焦る。
9:00過ぎO君が手伝いに来てくれた。

10:45、全ての荷物を積み終える。帰ろうとするO君。
彼は「出」だけ手伝えば良いと思っていたらしく
「引越手伝いっていうのは『入』までが常識でしょう。一人では無理だよ」
と言ったら驚きの表情。

ISDNのTAを彼の新居に置いて来ると言うので
「何時に戻るの?昨日みたいに何時間も後になると困るよ。私の新居の方にすぐ来て」
と言って住所・行き方を書いているうちに行ってしまう。

引越を手伝うと言ってくれた人は他にもいたが、O君がいるからと断った。
ちゃんと来てくれるのだろうか、と不安になる。

新居に着いて間もなくO君登場。住所をろくすっぽ聞かないで、かなり迷ったらしい。

とりあえず全ての荷物が入って、O君とお昼。近所の「魚しん」。
お昼はカード使えず。それぞれ千円位しか所持金がなく、コンビニにお金を下ろしに行く。

2人で揃えた家具・家電のほとんどを私が引き取った。狭い部屋に入れるのに四苦八苦。
家具屋の倉庫状態。洋服ダンスが高すぎて和室に入らず、玄関開けたらすぐクローゼット。

椎名町の家の出窓に合わせて、作ったばかりのベッド台は粗大ゴミか。勿体無い。
3万で作ったすのこベッドを、O君に1万で売ってくれないかと言われて断った。

O君も太古八から引き払って新居に移るため夕方はそちらへ。私は一人で作業続行。
実は今日はずっと前から飲み会の予定が入っていた。
荷物の整理は後回しにして行きたいが、無理そう。

19:00過ぎに太田君が戻ってきて、20:00過ぎに何とか収まりがついた頃、
飲み会の主役、辞めた会社の元先輩Sさんから「来いよ」と電話。

O君に「お疲れ様」をしなくちゃいけないし、慰謝料交渉のリミットなので涙を飲んで断る。
楽しみにしていたのに残念、申し訳ない。

暫くしてまたSさんから電話。
「お前、『す』がつく名前の人と付き合ってるの?」
「須佐美君ですか?付き合ってないですよ」
「今、須佐美君といるの?」
「違います。今O君といるんです」
「あ、そうなの。わかった。じゃ」

海外天は宴会が入って賑わっている。O君にお礼を言って乾杯。
「O君がいなかったら大変なことになってたよ」

「金の話だけど」とO君が切り出す。

私と付き合っているという噂らしい須佐美君が元妻に払った慰謝料金額を言ったら
「俺はそんなに払えない、俺はそれほどの価値ない」
とのことだったが、もちろん私もそんなの期待していない。

彼はやたらお金がないと訴えるが、私はいくら欲しいと言ったこともない。
「踊りの発表会をやめれば百万円は払えるよ」とO君。
この踊りの発表会はもともと私が、出ることを強く奨めた。
だから私が発表会をやめて金を払えと言うわけがないとわかっていて、そういうことを言う。
情けない。本当に悲しい。

私が「金額が足りない」と言っているわけでもないのに、
彼が肺炎になったときの私の看病が行き届かなかったことを再び持ち出したり。

「二人でずっとパートナーとしてやっていこうという約束を反故にした
お詫びの気持ちを表現して欲しいだけだよ」
「そんな約束は新聞と同じだ」
「新聞?」
「朝日新聞の購読契約と同じ」
これには切れた。客は私たち2人だけになった店で大泣き、猛抗議。O君は発言撤回、謝罪。

何で慰謝料を払う側にさらに傷つけられなくちゃいけないのか、メチャクチャな話だ。
Sさんたちと楽しく飲んでいるはずの時間に。飲み会を断ったことを激しく後悔した。

そして分割で払うと言うので「一括で欲しい」と言ったら
「絶対イヤだ。それなら徹底的に闘おうぜ、裁判しよう」。
あほか。そんなことしたらあんたの言う金額で済むかよ。

「一括払いにしたらそれっきりって事にしたいんだろう」と言うので
「違うよ。これで一切のわだかまりがなくなるの。恨み言も言わない」。
私は早くすっきりしたい。毎月きちんと支払われるか悶々とするのが嫌なだけ。
しかし無い袖は振れない、私は追剥ぎではない。

金額、支払方法が決まったので「一筆書いて」と言って和紙と筆ペンを出す。
するとO君は立ち上がって飲み終わった紹興酒のビンを掴んで、
「血判を押すよ」と言って去り、人差し指から血を流して戻って来た。

血判というより、ただ血がついただけ、みたいな和紙を泣きながらふぅーふぅーと乾かし、
店の前で別れたのが22:00過ぎ。涙声でSさんに電話入れるも留守電。泣きながら帰る。

新居は明治通り沿いの交差点近くで、夜も車の騒音が予想以上。
明日もいろいろやらなければならないことがある。暑さもあって眠れない。
2001年07月31日(火)

引越荷造り,ダイエットクイズ結果発表

12:00過ぎにO君から「もうすぐ行くよ」と電話。13:00近くになっても来ない。

エイブルで正式契約。鍵をもらって新居へ。
23日に見たときは前の住人が出たばかりで汚れていたが、すっかりきれいになっていた。

O君に採寸を手伝って欲しかったのだが、連絡がないので一人で。
どうやらほんの数センチの違いで洋服ダンスが予定の場所に置けそうにない。困った。

15:00にやっとO君から電話、「少し前に着いて掃除してるよ」。
おいおい。留守電にメッセージ入れても要領得ない、納豆会社と一緒だ。

浄水器の取り外し、移動・取り付けで再び新居へ。戻って荷造り再開。

O君と近所のラーメン屋「中川」でラーメンを食べ、24:00一通り終わってビール。
慰謝料について聞くも「まだ考え中」。

疲れて、不安になったところで宮崎学選挙ダイエット体重予想クイズの結果発表。
なんと0.1kg違いで賞品ゲット。希望の著書にサインを入れてくれるらしい。
ピタリ賞はぶかぶかになったスーツ、との事だったので最も近いところで外したのは大正解!

宮崎さんのおかげで少し元気になった。
これからも宮崎さんの遊び(タタカイ)について行こうと決意を新たにした夜。
2001年07月30日(月)

参院選投票,引越準備はかどらず

掃除・洗濯の後、突破者Tシャツを着て投票。
帰宅後荷造りをするつもりだったが、やる気が起きない。

選挙速報番組が始まって、自民強しでますます脱力。
みんなほんとにそれでいいわけ?痛み?超OK!ってなもんか。

家で一人ビール。眠い。
2001年07月29日(日)

TBS放映予告,池袋,早稲田,小日向,高田馬場,新宿駅南口,センチュリーハイアット,檸檬屋

先日取材を受けたTBSの番組は、
デジタル放送「BS-i」の選挙特番「検証・参議院選挙2001」。
オンエアは30日6:00〜9:00、番組中盤ごろの10分程度のコーナー、
題して「作家・宮崎学 突破者のデジタル選挙論」とのこと。

本日街宣は早稲田に15:20集合、との情報。
不在者投票を済ませておこうと池袋に行ったら戦車がいた。
早速ビラ撒き。今日も涼しい。ビラを受け取ってくれる人は少ないが、
「もう投票してきましたよ!」と声を掛けてくれる人も。

早稲田大学生門前。宮崎さんの出身校(中退だけど)なので反応良い。
警備員が来て「今、試験中ですから音を小さくして下さい」と注意される。放送打ち切り。

宮崎さん登場。個人情報保護法案を作成した官僚、
内閣官房 個人情報保護担当室室長 藤井照夫氏の官舎、文京区小日向へ向かう。
閑静な住宅街。

「文京区の皆さん、私は参議院選比例区に立候補した宮崎学、本人です。
私は藤井さんの作られた法案個人情報保護法と断固として闘います」

運動員たちはどこが藤井氏の家?と辺りを探す。
なんと戦車の停まっている路地の、戦車のすぐ横1階、開いている窓の部屋が藤井宅。
演説はほんの短い間だったが、終えた宮崎さんは
「これがやりたくて立候補したようなもんだ」。
右翼みたい。わはははは。藤井ちゃん、びっくり?

高田馬場。他候補とかち合い、話し合いで時間調整。
電脳キツネ目組関西総本部の面々も合流。

新宿駅南口、新党自由と希望の白川勝彦代表の支持者たちが詰め掛けている。
ビラ撒きの合間にちょっとさぼってパンを買い食い。

高島屋のデッキの方に行くと新宿の街全体が唸りを上げている。
新宿東口・西口・南口にいる全ての選挙カーが最大音量で街宣。
混ざり合って反響してサイレンのようにも聞こえる。これが選挙戦最終日か。

電脳キツネ目組の掲示板への私の書き込みをめぐって、トラブル発生。配慮不足を反省。
人に迷惑をかけておいてなんだけど、選挙運動・選挙報道のルールってすごく変だ。
そこに風穴を開けようと言う宮崎学を、だからこそ応援する。

センチュリーハイアットで白川勝彦主催のご苦労さんパーティー。
みんな腹ぺこで臨むもお茶缶のみ。さっきこっそりパンを食べておいて正解。

22:30近くに漸く檸檬屋でビール、枝豆、刺身など。みんなで暑かった選挙戦を振り返る。
宮崎さんの体重予想クイズに参加。賞品はサイン本とぶかぶかになった青山のスーツ?
2001年07月28日(土)

クラタニさんじゃない,宮崎学命

朝7:00過ぎ、「クラタニさんですか」と電話。
「違います」「え?」「違います」「クラタニさんですか?」「違います!」
またすぐ電話が鳴る。もう出ない。

起きて留守電メッセージを聞くと
「クラタニさんですか、納豆の件で電話しました。また電話します」
昨日の夜聞いた食品会社のメッセージと同じ声。
納豆のクレーム電話はしたけど、私はクラタニじゃない。

40g入り2個で140円の無農薬納豆は私にとって高級品。しっかりしてほしい。

宮崎学氏参議院選挙戦も終盤。いよいよ東京の陣。
光が丘、西荻、そばや「春日」でお昼、中野、中野新橋、新宿。
京都に比べると涼しいもの。快適。

シルクの長い紐のついたブラジャーにジーンズの私を見て、
「腹に汗疹が出来てるじゃないか、汚ねえな」「そんな格好しても全く色気がねえな」
とタヌキ目の男Mさん。

宮崎さんの体重は下げ止まったようだが、日に焼けて精悍な笑顔。

ウグイス嬢に挑戦。「キツネ目の男、宮崎学です。この顔にピンと着たらすぐ一票!」
頼りなかったのか「新党自由と希望」の女性候補者にマイクを取り上げられてしまう。

合間に宮崎さんとお話。
「桜井は落ち着いたか」
「いえ、引越もあって落ち着かないです」
「別れたのか。さっぱりしたか」
「はい。今は宮崎学命ですが、選挙が終わったら寂しくなると思います」
「なんか書いてるのか」
「いえ、今は宮崎学一筋ですから」
「書いてないって事じゃないか」
「でも企画はあるんです」
宮崎さんはこうしてご自身が大変な時にも、人の事を気に掛けてくれる。本当に優しい人だ。
私も頑張ろうっと。

電脳キツネ目組の人たち5人で歌舞伎町の焼き鳥屋。お腹ぺこぺこ、バクバク食べる。
2001年07月27日(金)

納豆クレーム,関真喜子展,写楽

目白の田中屋で買った納豆パックの封が開いていた。
昨日は田中屋は休みだったのか、食品会社も留守電対応で連絡無し。
どちらも水曜休みなのか?返金してもらって「食品会社の対応は疑問」と話す。

大家のAさんに電話。
敷金はクリーニング代を差し引いて返金すると言うので見積をもらうことにする。
4〜4.5万円て相場?

匿名希望Aさんに誘われて「関真喜子展」、下北沢の「ギャラリークラフトスペース」。
Aさんとは入れ違いで会えず。
数年後に再開発を控えている下北沢の街並みの水彩画。和紙に描いた裸婦、赤が印象的。

敷金から引かれるクリーニング代を少なくするために、
新宿TOKYU HANDSでメンテナンス用品を買う。
帰りに通りがかった高島屋でセール中のコールハーンのサンダルを発見。
前に見て欲しいと思っていた。高いので買わなかった。
サンダルは何年も前から探していた。なかなか良いサンダルがなかった。
これは素敵、いかしてる。3割引なので買ってしまった。

辞めた会社のNさん、私より先に辞めたMさん、後に辞めたSさんと新宿「写楽」。
もう一人先に辞めたSさんも仕事を終えて来る。近況報告。

「サンダル見て。かわいいでしょう。素敵でしょう」と自慢。金額を聞かれたて答えると
「たっかーい、ばかじゃないの」とSさん。
「いいんです、一生履くんだから。歩けなくなるまで履く」
2001年07月26日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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